14. 新しい浄化方法
文字数 2,406文字
その日からまる三日間のあいだ、レネはそのまま、不安と恐ろしさに耐えながら過ごすことになった。そのため、煉瓦 小屋には簡易ベッドも運び込まれた。その様子を付きっきりで見ていたサムジは、彼女が怨念に支配されるのは、午前 零 時を過ぎた真夜中であると考え至った。ただし、それまでは安心していいなどと断言はできない。
そこで、レネの家にはサムジもいるようにし、眠る時間になるまでは普通に過ごしながらも、夜が更けると小屋に入る・・・ということを、レネは毎晩余儀なくされた。
リアンもできる限り彼女のそばにいて、明るく振る舞い、励まし、そして慰めた。
ただ、原因が自分にあるだけに、これは抵抗を感じることだ。人によっては神経を逆撫 でする行為だろう。いくら彼女が気丈で優しくても、きっと耐えきれなくなる。酷 い言葉でなじられても仕方がないと、リアンは覚悟していた。むしろその時、壊れた彼女を抱き締めて真っ向から全て受け止めたいと思っていた。
ところが、そんなリアンに対して、レネは逆に気を使い、見事に恨 み言一つ零 さなかった。
午後十時。今夜もレネは、煉瓦小屋の寝床へと向かう。
毎晩、リアンもそこまで彼女を送り届け、別れ際 には、謝罪の気持ちを込めて強く抱きしめた。そして極力音を立てないように、自分の手でゆっくりと扉にカンヌキをかけていく。
自分のせいで、こんな惨めな思いを彼女一人だけにさせられない。そう自責の念に苦しむリアンは、実は、小屋から少し離れた場所で野宿をしていた。村人たちからは危険だと反対されたが、何が起こるか知れないので見張りも必要だと主張して、どうにか許可を得ることができたのである。
毛布にくるまって焚き火の炎を見つめていると、真夜中のある時聞こえてくるのは、将来を誓い合った愛する人の獣じみた唸 り声。リアンは悲しくて仕方がなく、その度に人知れず咽 び泣いた。
実際のところ、リアンのそんな姿には友人たちも気付いていた。そっとしておいてやるべきかと最初は密かに窺 っていた彼らだったが、一人また一人と、野宿に付き合う者の数は、気付けば五人になっていた。
一方、レネの様子に注意を払いながらも、手当たり次第に精霊術の書を読みあさっていたサムジ。まず考えたのは、レネだけを何かに守らせるという方法だった。しかし首輪がぴったり付いているのでは、やはりどれも上手くいくとは思えないものばかり。悪いのは、炎が炎であるということ。術使いの間で一般的なのは、浄化する側とされる側の両者が激しく争った末に、強引 に邪気を抜き取る浄化方法。その際に発生する黒紫色の炎は、本物と変わらない性質を持つものだ。怨念が上げる悲鳴と言ってもいい。
そうであるから、浄化する側の精霊たちに、炎を上げないように上手くやれと命令するのも無茶というもの。ならば発想を転換して、炎を炎で無くせばいいのではと気付いたサムジは、応用力を働かせて、人体に危険なものを発生させない浄化方法を編み出した。
つまり、強引に抜き取るのではなく、言わば説得して分からせるのである。これが人類の話なら、最も理想的な、まさに浄めるやり方だ。その時、浄化と呪いの両者は興奮状態にあるので、ここに第三者を投入して共に説得に当たらせ、仲裁させる。
その役に向いている者たちを、サムジは迷わず決めることができた。いや、むしろそれによって、この方法を思いついた。
抜群にふさわしいそれは、森の精霊。
それには、和 み、癒 しを与えるといった特徴がある。攻撃する力もあるが、一方で独特な高い防御 力を持つ。荒々しく激しいものを宥 め、穏やかにする力に優れている。
サムジは、この点に注目したわけである。広大な森に囲まれているという環境も、非常に恵まれていて有効だ。
さて、ようやく考えがまとまり、先が見えたが、これではざっと計画しただけに過ぎない。詰めは甘くないかと慎重にみていきながら、完璧な新しい浄化方法を確立するつもりで臨 まなければ。
そう意気込んでいる間にも、さっそく、問題が浮上した。浄化と森の精霊の投入、この二つのことを同時にするだけでも難しい。技術において失敗することは許されない。
そこで次に考えたのは、そういった森の精霊が宿る植物で、専用の建物を造ることだった。そこにあってくれれば、最も効果が高い精霊をピンポイントで呼び出し、瞬間的に発動させることができる。さらには、それらにとっていい環境で待機させておくことができるため、自身にかかる負担も軽減できる。なにしろ、高齢のお爺さんが、前代未聞の呪術に挑戦するのである。体力不足も考慮すべき問題だろう。
幸い、この村には、腕のいい優秀な大工が何人もいる。代々伝わる伝統の高い技術は、村の人口が年々減ってきているとはいえ、今に至るまで、当然のことのように受け継がれてきた。
では、何をどう使ってそれを造ればいいのか。森と一口で言っても、それは多種多様な植物で成り立っている。そこに宿る精霊も同様、同じ森の精霊とはいえ、その一つ一つに個性がある。微妙に性質が違っていたり、同じでも強弱があったりするのである。
そうして悩み、考えぬき、たどりついたのがある樹木。森の神ノーレムモーヴが、大陸に森というものを与えた時に、最初に生み出したとされる木だ。もちろん一本を言うのでなく、その種類を指すのだが、神が最初に創ったというそれだけで格が違う。
この木の精霊をピンポイントで召喚 して、その威厳 を見せつければ、興奮している両者も冷静に応じ、話し合いの場は保たれるはず。ここはそう願い、祈るしかない。
サムジは、思いきったように席を立った。
スラバは大工がそろう村。精霊のことは分からなくても、木には詳しく、種類豊富に見分けられる。この広大な森の中でも、精霊占いによって場所を絞り込めば、そう時間を必要とせず探し当てることができるだろう。
そこで、レネの家にはサムジもいるようにし、眠る時間になるまでは普通に過ごしながらも、夜が更けると小屋に入る・・・ということを、レネは毎晩余儀なくされた。
リアンもできる限り彼女のそばにいて、明るく振る舞い、励まし、そして慰めた。
ただ、原因が自分にあるだけに、これは抵抗を感じることだ。人によっては神経を
ところが、そんなリアンに対して、レネは逆に気を使い、見事に
午後十時。今夜もレネは、煉瓦小屋の寝床へと向かう。
毎晩、リアンもそこまで彼女を送り届け、別れ
自分のせいで、こんな惨めな思いを彼女一人だけにさせられない。そう自責の念に苦しむリアンは、実は、小屋から少し離れた場所で野宿をしていた。村人たちからは危険だと反対されたが、何が起こるか知れないので見張りも必要だと主張して、どうにか許可を得ることができたのである。
毛布にくるまって焚き火の炎を見つめていると、真夜中のある時聞こえてくるのは、将来を誓い合った愛する人の獣じみた
実際のところ、リアンのそんな姿には友人たちも気付いていた。そっとしておいてやるべきかと最初は密かに
一方、レネの様子に注意を払いながらも、手当たり次第に精霊術の書を読みあさっていたサムジ。まず考えたのは、レネだけを何かに守らせるという方法だった。しかし首輪がぴったり付いているのでは、やはりどれも上手くいくとは思えないものばかり。悪いのは、炎が炎であるということ。術使いの間で一般的なのは、浄化する側とされる側の両者が激しく争った末に、
そうであるから、浄化する側の精霊たちに、炎を上げないように上手くやれと命令するのも無茶というもの。ならば発想を転換して、炎を炎で無くせばいいのではと気付いたサムジは、応用力を働かせて、人体に危険なものを発生させない浄化方法を編み出した。
つまり、強引に抜き取るのではなく、言わば説得して分からせるのである。これが人類の話なら、最も理想的な、まさに浄めるやり方だ。その時、浄化と呪いの両者は興奮状態にあるので、ここに第三者を投入して共に説得に当たらせ、仲裁させる。
その役に向いている者たちを、サムジは迷わず決めることができた。いや、むしろそれによって、この方法を思いついた。
抜群にふさわしいそれは、森の精霊。
それには、
サムジは、この点に注目したわけである。広大な森に囲まれているという環境も、非常に恵まれていて有効だ。
さて、ようやく考えがまとまり、先が見えたが、これではざっと計画しただけに過ぎない。詰めは甘くないかと慎重にみていきながら、完璧な新しい浄化方法を確立するつもりで
そう意気込んでいる間にも、さっそく、問題が浮上した。浄化と森の精霊の投入、この二つのことを同時にするだけでも難しい。技術において失敗することは許されない。
そこで次に考えたのは、そういった森の精霊が宿る植物で、専用の建物を造ることだった。そこにあってくれれば、最も効果が高い精霊をピンポイントで呼び出し、瞬間的に発動させることができる。さらには、それらにとっていい環境で待機させておくことができるため、自身にかかる負担も軽減できる。なにしろ、高齢のお爺さんが、前代未聞の呪術に挑戦するのである。体力不足も考慮すべき問題だろう。
幸い、この村には、腕のいい優秀な大工が何人もいる。代々伝わる伝統の高い技術は、村の人口が年々減ってきているとはいえ、今に至るまで、当然のことのように受け継がれてきた。
では、何をどう使ってそれを造ればいいのか。森と一口で言っても、それは多種多様な植物で成り立っている。そこに宿る精霊も同様、同じ森の精霊とはいえ、その一つ一つに個性がある。微妙に性質が違っていたり、同じでも強弱があったりするのである。
そうして悩み、考えぬき、たどりついたのがある樹木。森の神ノーレムモーヴが、大陸に森というものを与えた時に、最初に生み出したとされる木だ。もちろん一本を言うのでなく、その種類を指すのだが、神が最初に創ったというそれだけで格が違う。
この木の精霊をピンポイントで
サムジは、思いきったように席を立った。
スラバは大工がそろう村。精霊のことは分からなくても、木には詳しく、種類豊富に見分けられる。この広大な森の中でも、精霊占いによって場所を絞り込めば、そう時間を必要とせず探し当てることができるだろう。
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