5. 見張るべきは・・・

文字数 2,403文字


 カイルと、それにレッドとリューイの三人は、腕を骨折した少年の家にいた。少年を只で治療した恩人がいるので、これは当然、真っ先に決まった。夕食の席では、三人は、少年の家族と楽しいひと時を過ごした。

 そして今は、これからしばらく、彼らの寝床となる客間にいる。この家の者たちがそろそろ眠りに()こうかという中、三人にはまだその気が無く、起きていた。

 眠るのが躊躇(ためら)われた。

 ここトラウの村には、広場にさえ街灯らしいものが何一つ無い。家々の門燈(もんとう)が、その役割を(にな)っている。だが、燃料の節約のために、夜が()けると次々と消されていくので、寝室に浮かび上がる人魂(ひとだま)のようなキャンドルグラスの灯りだけでは、月光が輝く夜でも、村は何だかおどろおどろしい雰囲気に包まれる。

 風が()いだ不気味なほど静かな夜は、カイルの胸にいっそう不安を(つの)らせた。この村の習慣に合わせて、自分たちのランプの灯りも弱めているため、余計にそうなる。

「大丈夫かな・・・今夜。」

「そう思うなら、何で、今ここで暢気(のんき)にしてる。」
 レッドが理解できないという顔で言った。

「だって・・・どこで何が起こるか分からない。」

「占えばいいだろう。」

 カイルは、ひとつ派手なため息を返した。
「占ったよ。それで分かったことは、呪いによる何か良くないことが確かに起こったことと、今夜また起こるってこと。この村で。こんなに小さな村なんだから、これ以上は特定できないよ。」

 知りたい結果をピンポイントで出せるなら、今日、村中を歩き回る必要も無かっただろう。なるほどそれは愚問(ぐもん)だった・・・と、レッドも納得(なっとく)して話を続けた。

「なら、やっぱりあの豚小屋か? だが、それらしい話は、夕食の時にも何も出てこなかったが。豚は関係なく、村人たちもまだ気づいてないってことか。」
 
「じゃあ、たいしたことないんじゃないか。」と、リューイ。

「たいしたことない呪いって・・・。」
 カイルは(あき)れた。

 首輪の怨念(おんねん)矛先(ほこさき)が本来誰なのかは知らないが、つまり、たいしたことない(うら)みなら呪われないだろうと、レッドも思った。

「だけど、豚小屋が被害を受けたとして、リンの首輪の呪いがどう影響すれば、豚が血を流して死に至るんだろう。呪いをかけられた者は、衰弱(すいじゃく)死するケースが多いのに。家畜を殺すことを目的とした嫌がらせの呪いだとしても、何であんな綺麗な首飾(くびかざ)り? 村長さんの話から、いろいろ推理もしてみたけど・・・。」

 はっきり喋るもはや独り言に、レッドは待ったをかけるようにして口を挟んだ。
「だいたい、そんな事件が起これば、一人くらい誰か話題にする者がいるだろう。お前は今日、ここの多くの人と接していたんだから。」

 リューイはいきなり、ソファーからすっくと立ち上がった。考えるのが面倒だと言わんばかりに。
「もう豚小屋を見張ろう。キースを呼んでくる。ヤバくなったら、いち早く何か気付いてくれるだろ。」 

 そしてリューイは、さっそくドアへ向かう。

 レッドはあわてて、灯りをテーブルのキャンドルグラスに変えた。暗い夜道を、リューイは何の用意もなく出掛けようとするのである。

 頭を掻きながらランタンを受け取ったリューイは、音を立てずに玄関から外へ出た。

 軒先(のきさき)に吊るされていたり、掛けられている門燈(もんとう)は、一つと残らず見事に消されて、夜空に浮かぶ満月がやけに際立(きわだ)って見えていた。 

 綺麗だ・・・と、しばらく見惚(みと)れていたリューイは、持ち出してきたランタンの灯りを強くした。 

 村は岩山にありながら、その一軒一軒が無理なくゆったりと建っている。道も昔からのものか整備されていて歩きやすい。

 キースを呼び戻しに雑木林(ぞうきばやし)へと向かっていたリューイは、途中、不意に妙なものを見た気がした。それは、たまたま通りかかった、ある家の窓から見えたもの。

 三歩戻って、その窓越しからそっと中を(のぞ)いてみるリューイ。

 リンの家だった。

 向かいの壁際(かべぎわ)にあるベッドに、リンは横たわっている。もう夜も遅い。とっくに子供は寝る時間だ。そばには、リンのおじいさんらしい人の姿もある。

 だが、キャンドルグラスのぼんやりした灯りの中に見えるそれは、異常だった。

 リンは、両手を胸の上で縛られていて、次は両足というところを、リューイは目撃したのである。まるで生贄(いけにえ)にされるような恰好(かっこう)だ。

 見たままを率直に受け止めるリューイは、感情的になって、急いで玄関へ回り込んだ。鍵はかかっていない。リューイは、かまわず中へ飛び込んで行った。 
  
 そして、見たものを間違いなく確認すると、あまりのことに一瞬言葉を失った。

 突然のことに驚いた老人の方も、すごい剣幕(けんまく)で現れたリューイを、ただ目を大きくして見つめるばかりである。 

「何やってんだよ・・・。」  
 いくらか冷静になれた声で、リューイはやっと言った。 

 さらに不可解なことがあるからだ。それは最初に見た時も感じたことだったが、リンはまだ起きていて、おとなしくされるままなのである。

「お恥ずかしいところを・・・。」
 視線を()らした老人は、少しうつむいた。
「実は、夜中になると、この子は外へ飛び出していき、家畜を襲いだすのです。それで仕方なく・・・。」

「家畜って・・・あの豚小屋・・・。」

 老人は黙って(うなず)いた。

 リューイは信じられないというように、少しの間そのまま(たたず)んだ。話を聞くと同時に、何かの間違いだろうと思いたくなる、あまりにも衝撃的な場面が見えた。豚を惨殺(ざんさつ)している少女の姿。それが頭に浮かんだのである。

 見張るべきは豚小屋ではなく、リンだ。

 本当かどうか確かめてやるという気持ちで、我に返ったリューイは、老人に目を向け直した。

「じゃあ、俺が見てるから(はず)せよ。」
「え・・・。」
「俺が見ててやるから、外せって。そんなことさせねえから。」

 言っている間にも、つかつかと部屋の中へ踏み込んで行ったリューイは、縛り固められているリンの荒縄をほどき始めた。


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