5. 救う手立てを探して
文字数 1,851文字
午前九時ごろ、ファトラの寝室から絶叫が上がった。遺体や魔物の死骸は、明け方、バルトが一度入った時に静かに運び出されたものの、多量の血痕はそのままにされていた。さらには、着衣も血で汚れているのである。自分のではない。ファトラの口周 りや、手に付いた血はバルトが拭 き取ってやっていたが、着衣の方はそのままにしておくしかなかった。
ファトラはたちまち腰を抜かして、錯乱状態に陥った。そして、もつれる足を無理に動かし、どうにか部屋を出ようとした。だが、扉が開かない。誰か助けて、ここを開けてと叫んでいると、やっと気配がして、扉越 しに姉の声が聞こえた。
「あなたがやったのよ。」と。
姉のラルダは、そのまま去ってしまった。
どういうことかと考えていると、ファトラは外せない首輪に嫌な予感を覚え、もしやと気付いた。恐ろしくなって、どうにか外そうと部屋にあるものを使い、首の皮膚を傷つけながらも必死に試みるファトラ。どうにもならない・・・。助けて欲しくて、再度扉を強く叩きながら、家族の名を呼び続けた。ずいぶん長い時間そうしているうち、言いようのない悲しみが次第に気力を奪っていく。
ああ、なぜこんなことに・・・。何か恐ろしいことが起こっている原因がこの首輪だとしたら、なぜ町の子供たちは・・・。何もおかしいところなどなかった。いつも仲良くしてくれた。子供たちがただ利用されただけだとしたら、誰が何のために・・・。
ファトラには疑問しかなかったが、とても考えられる心境ではなかった。
やがて絶望感だけとなったファトラは、絨毯 のそこかしこに血痕が広がっているおぞましい室内で、ベッドに座り込んだまま、虚 ろな双眸 を窓の外に向けた。
バルトもまた首輪のことを考えていた。
子供たちがくれたと言っていた。お嬢様は利用されたのだ。さらには、無邪気な子供たちも。モリス子爵の死亡、そうでなくても、この事件によって悪事が明るみに出、失脚することを望む住民たちに。決死の覚悟だったはず。こうでもしなければ、王や元老院議員の耳にまで届かない。領主やその家族が次々と不自然に死亡すれば、嫌でも上はそれを知る。この件で動いてくれれば、少なくとも動機を直接訴え、不満を聞いてもらうことができる。犯行に及んだ者たちは、そう考えたのだろうか。それに昨日は、視察に訪 れた侯爵が、町の高級旅館に宿泊していた。どこかで情報を得て、決行日まで狙ってやったのか。ファトラお嬢様自身は、住民から何の恨 みも持たれてはいないが、所詮 は殺意を覚えるほど憎 らしい子爵家の人間だ。
町の中で、すでに多数の死者を出した以上重罪だが、その犯行の動機が明らかになれば、彼らが望むようにせめて上層部に知らせることができ、捜査が行われ、例の噂の真偽をはっきりさせられるかもしれない。
だがとにかく、今はお嬢様をお救いする方が先だ。
早速 行動を起こしたバルトは、術使いのもとを順番にあたっていた。
幸い彼は、並みにだが乗馬ができる。ただ歩かせるだけでも人間の足で行くより速いし、乗り合い幌 馬車(いわゆるバス)を利用するより時間もかからない。この町や近郊に、信頼できる術使いの住居は三軒あった。全て回っても、夜までには戻ってこられる距離だ。
そして、その一件、一件に詳しく状況などを説明すると、一様 に、首輪が外れないのは呪いのせいだと教えてくれた。バルトは首輪から魔物が生まれたのを見たので、ファトラが気を失っている間に外そうとしたのである。しかしその通りで、ならば外して欲しいと頼むと、また口をそろえて、浄化はできるが首輪は取ってもらいたいなどと、とんちんかんな返事をする。そのままでは何かマズいことがあるのだと悟 ったバルトは、遠回しに断られたことを理解した。
バルトは肩を落とし、今日のところは諦 めて帰ることにした。
これで近くのあては全滅。ほかにまだ一人だけ心当たりがあるが、昔たまたま見かけたり、少し聞いたことがあるだけで、関わったことはない。それは、東の森の岩山にある、スラバという村から来ていた術使いである。しかし、やや老いていたその人は、もう何年もすっかり見なくなったので、すでに引退した可能性が高い。それでも迷っている余裕などなく、望みがあるなら実行すべきだ。ただ、往復に何日もかかるため、その許可をもらい、準備をし、仕事の調整も必要である。今すぐ屋敷へ戻らなければ。
そう奔走 しているバルトを、もはや血の気も失せ、絨毯 の上で冷たくなっているファトラは知らなかった。
ファトラはたちまち腰を抜かして、錯乱状態に陥った。そして、もつれる足を無理に動かし、どうにか部屋を出ようとした。だが、扉が開かない。誰か助けて、ここを開けてと叫んでいると、やっと気配がして、
「あなたがやったのよ。」と。
姉のラルダは、そのまま去ってしまった。
どういうことかと考えていると、ファトラは外せない首輪に嫌な予感を覚え、もしやと気付いた。恐ろしくなって、どうにか外そうと部屋にあるものを使い、首の皮膚を傷つけながらも必死に試みるファトラ。どうにもならない・・・。助けて欲しくて、再度扉を強く叩きながら、家族の名を呼び続けた。ずいぶん長い時間そうしているうち、言いようのない悲しみが次第に気力を奪っていく。
ああ、なぜこんなことに・・・。何か恐ろしいことが起こっている原因がこの首輪だとしたら、なぜ町の子供たちは・・・。何もおかしいところなどなかった。いつも仲良くしてくれた。子供たちがただ利用されただけだとしたら、誰が何のために・・・。
ファトラには疑問しかなかったが、とても考えられる心境ではなかった。
やがて絶望感だけとなったファトラは、
バルトもまた首輪のことを考えていた。
子供たちがくれたと言っていた。お嬢様は利用されたのだ。さらには、無邪気な子供たちも。モリス子爵の死亡、そうでなくても、この事件によって悪事が明るみに出、失脚することを望む住民たちに。決死の覚悟だったはず。こうでもしなければ、王や元老院議員の耳にまで届かない。領主やその家族が次々と不自然に死亡すれば、嫌でも上はそれを知る。この件で動いてくれれば、少なくとも動機を直接訴え、不満を聞いてもらうことができる。犯行に及んだ者たちは、そう考えたのだろうか。それに昨日は、視察に
町の中で、すでに多数の死者を出した以上重罪だが、その犯行の動機が明らかになれば、彼らが望むようにせめて上層部に知らせることができ、捜査が行われ、例の噂の真偽をはっきりさせられるかもしれない。
だがとにかく、今はお嬢様をお救いする方が先だ。
幸い彼は、並みにだが乗馬ができる。ただ歩かせるだけでも人間の足で行くより速いし、乗り合い
そして、その一件、一件に詳しく状況などを説明すると、
バルトは肩を落とし、今日のところは
これで近くのあては全滅。ほかにまだ一人だけ心当たりがあるが、昔たまたま見かけたり、少し聞いたことがあるだけで、関わったことはない。それは、東の森の岩山にある、スラバという村から来ていた術使いである。しかし、やや老いていたその人は、もう何年もすっかり見なくなったので、すでに引退した可能性が高い。それでも迷っている余裕などなく、望みがあるなら実行すべきだ。ただ、往復に何日もかかるため、その許可をもらい、準備をし、仕事の調整も必要である。今すぐ屋敷へ戻らなければ。
そう
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