9. ごっこ遊び
文字数 2,707文字
陽も高く昇り、抜けるような青空が頭上に広がったこの日の午前中。
大きな医療バッグを携 えて、カイルは歩くのが困難な老人宅などを往診 していた。本当なら、夜中の件で首輪の呪いについて知ったことで、すぐにでも解決へ向けて動き出したいところ。だが昨日、診療所まで来られなかったその身内からの要望があったのである。
真面目 に務めに従事するカイルに、エミリオとギルも助手として同行した。狂暴化すると分かって気になるリンのことと、子供たちの様子は、レッドとリューイが引き受けた。ちょうどミーアも一緒なので都合がいい。
レッドとリューイの二人は、切り倒した幹をごろんと寝かせてあるだけの丸太に腰かけた。そこから数メートル先に、子供たちは集まっている。遊びの相談をしている最中なのだが、かれこれ十分、いや十五分が経過している。リンより一つ年上の少女と少年が一人ずついて、そこにいる中では、この二人が最年長。これより上になると、もう家の手伝いで頼もしく働いている。男手がみな出稼ぎに行っているからだ。そして、下は五歳が最も幼く、これより下だと母親は目を放せないし、お姉ちゃんやお兄ちゃんと同じように遊ぶこともできない。
ほかにもいるあとの二人は、七歳の双子の男の子。この兄弟とは、事故があった広場で昨日も会ったが、レッドもリューイも、未だ顔だけで見分けることはできなかった。ちなみに、骨折した少年は家でおとなしくしているようだ。
そんな子供たちの近くには、煉瓦 で造られた小屋があった。倉庫として使われているこの中には、農具や燃料などと一緒に、子供たちが劇で使う小道具も収納されている。錠 の無いカンヌキ一つで簡単に開閉できるので、劇中ではお城になったり、要塞 になったり洞窟 になったり、海賊船に・・・と、建築物に限らず万能にこなしてくれる。
そして、ようやく何をして遊ぶかが決まったようで、退屈 そうに見物しているだけの二人の耳に、こんなやりとりが聞こえてきた。
「じゃあ、私は王妃様やるね。」
「リンはお姫様。」
今度は配役の相談。これはすんなり決まるか?と、子供会議に飽 きた見物人は、不安そうに眉をひそめる。
「じゃあね、じゃあ、ヘレナは術が使える人。」
「んーと・・・じゃあ、ミーアは女神様。」
それを聞いたレッドは、心配になった。想像でいくしかないものを出してきたが、大丈夫か・・・?
「俺、王様な。」
「俺は軍で一番強い大将。」
「今日は俺が大将の気分だったのにっ。」
「お前はいつもさすらい剣士だろ。」
「さすらい剣士じゃないやい、さすらう最強のアイアスの剣士だ。」
まさにそれであるレッドは、喜んでいいのか、がっかりすべきか分からない双子の言い合いを、複雑な苦笑いで聞いている。同じ顔同士で喧嘩 しているので、しかもややこしい。
ただ感心させられることには、脇役としての部下や、弟子 や召使いといった雑魚 がいないことである。無理強 いすることもなく、それを当然としている子供たち。やりたいことが被って取り合うことはあっても、全員が主役だ。子供はとにかく自由だ。
「じゃあさ、今日は二人とも大将やれば? 歩兵軍の大将と騎兵軍の大将。」
王様が言った。
「俺、騎兵軍!」と、二人そろって手を上げる双子。
王様もやれやれと困り顔だ。
「ねえ、それじゃあ王子様がいないわよ。リンがお姫様なんだから、王子様もいるんじゃない?」
最年長のルクレがお姉さん気取りでそう言うと、リンが迷いもせずに見物人二人の方を指差した。
「あのお兄ちゃんがいい。」
レッドは、リューイの肩に手を置いた。
「じゃあ、頑張って。」
間もなくリンが駆け寄ってきて腕を絡 ませた相手は、やはり、金髪碧眼 の美青年リューイ。中身はともかく、見た目だけなら品もあり適役だ。
そこで、レッドとリンの目が合った。リンは、レッドの精悍 な顔と鋭い瞳を食い入るように見つめている。
「お兄ちゃんは盗賊ね。」
「はいはい・・・。」
額 の布を外せば、たちまち崇 められること請 け合いのレッド。だが、名誉の象徴である組織の紋章 (額に施 した鷲 の刺青 )を、必要に迫られない限り、自ら見せることはない。戦場では別として、普段、人から尊敬されたり驚かれるのが苦手だから。
さて、王と王妃と姫と王子と二人の大将、術使いもまあ使いようがあるそこへ、盗賊と、最も曲者 の女神をどう投入するのか、子供たちの想像力に期待し始めたレッドの耳に、シャナイアの忙 しない声が聞こえてきた。
何か頼 まれるに違いない声が。
「ねえ、ちょっと。薪 が足りないんですって。今、力のある男手がいなくて困ってるみたいだから、手伝ってあげて。あなたたちなら、一人で十人分働けるでしょ。私もお昼の手伝いで忙しいのよ、頼んだわよ。」
たどり着く前にそう言いたいだけ言って残すと、鍋を火にかけたままなのだろうか、シャナイアはまた小走りで戻って行った。
「・・・って、わけだ。悪いな。」
わざとらしい苦笑いで辞退したレッドは、内心助かったとばかりにほっとため息。
「ええーっ。」
「せっかく今日は面白くなると思ったのにー・・・。」
次々と不満の悲鳴を上げる子供たちに手を振って、レッドとリューイは一旦そこから離れた。リンとミーアのことが気にはなったが、遊びはまだ始まってもいないし、薪割 りくらいならすぐに戻ってこられるだろう。そう考えてのことだった。
ところが、そのあと、ルクレとヘレナの姉妹も母親に用事を頼まれて帰っていき、そうなると少年たちも戦いごっこがしたいと言いだして、結局、今日のところはお開きとなってしまった。
つまらなさそうに肩を落としたミーアに、リンも気付いて顔を曇らせた。
母親を亡くし、父親も度々働きに出てしまう。祖父では寂しさは紛 れず、正直あまりに物足りない。友達を見て、せめて兄弟姉妹がいたらと切なくなることもしばしばだった。
だから三歳年上のリンは、出会ったばかりとはいえ、ミーアには友達というより、自然と妹のような感覚を持って接していた。
何とかしてあげたいと思う優しいお姉さんは、そこで一生懸命に考える。
すると、すぐに思いついた。
「そうだ、ねえ、森のおうちに遊びに行こ!」
リンはサッと腕を伸ばして、ミーアの手をとった。
「神様のおうちだよ。ミーアは女神様なんだから。」
面白いほどの変わりようで、ミーアの顔がパッと明るくなる。その笑顔で手をぎゅっと握り返してもらえると、リンも嬉しくて得意気 な気分になった。
姉妹のように仲良く手をつなぎ合った少女たちは、嬉々 として村の坂道を下りて行く。そしてそのまま雑木林 の遊歩道に入り、奥へ向かってどんどん歩いて行った。
大きな医療バッグを
レッドとリューイの二人は、切り倒した幹をごろんと寝かせてあるだけの丸太に腰かけた。そこから数メートル先に、子供たちは集まっている。遊びの相談をしている最中なのだが、かれこれ十分、いや十五分が経過している。リンより一つ年上の少女と少年が一人ずついて、そこにいる中では、この二人が最年長。これより上になると、もう家の手伝いで頼もしく働いている。男手がみな出稼ぎに行っているからだ。そして、下は五歳が最も幼く、これより下だと母親は目を放せないし、お姉ちゃんやお兄ちゃんと同じように遊ぶこともできない。
ほかにもいるあとの二人は、七歳の双子の男の子。この兄弟とは、事故があった広場で昨日も会ったが、レッドもリューイも、未だ顔だけで見分けることはできなかった。ちなみに、骨折した少年は家でおとなしくしているようだ。
そんな子供たちの近くには、
そして、ようやく何をして遊ぶかが決まったようで、
「じゃあ、私は王妃様やるね。」
「リンはお姫様。」
今度は配役の相談。これはすんなり決まるか?と、子供会議に
「じゃあね、じゃあ、ヘレナは術が使える人。」
「んーと・・・じゃあ、ミーアは女神様。」
それを聞いたレッドは、心配になった。想像でいくしかないものを出してきたが、大丈夫か・・・?
「俺、王様な。」
「俺は軍で一番強い大将。」
「今日は俺が大将の気分だったのにっ。」
「お前はいつもさすらい剣士だろ。」
「さすらい剣士じゃないやい、さすらう最強のアイアスの剣士だ。」
まさにそれであるレッドは、喜んでいいのか、がっかりすべきか分からない双子の言い合いを、複雑な苦笑いで聞いている。同じ顔同士で
ただ感心させられることには、脇役としての部下や、
「じゃあさ、今日は二人とも大将やれば? 歩兵軍の大将と騎兵軍の大将。」
王様が言った。
「俺、騎兵軍!」と、二人そろって手を上げる双子。
王様もやれやれと困り顔だ。
「ねえ、それじゃあ王子様がいないわよ。リンがお姫様なんだから、王子様もいるんじゃない?」
最年長のルクレがお姉さん気取りでそう言うと、リンが迷いもせずに見物人二人の方を指差した。
「あのお兄ちゃんがいい。」
レッドは、リューイの肩に手を置いた。
「じゃあ、頑張って。」
間もなくリンが駆け寄ってきて腕を
そこで、レッドとリンの目が合った。リンは、レッドの
「お兄ちゃんは盗賊ね。」
「はいはい・・・。」
さて、王と王妃と姫と王子と二人の大将、術使いもまあ使いようがあるそこへ、盗賊と、最も
何か
「ねえ、ちょっと。
たどり着く前にそう言いたいだけ言って残すと、鍋を火にかけたままなのだろうか、シャナイアはまた小走りで戻って行った。
「・・・って、わけだ。悪いな。」
わざとらしい苦笑いで辞退したレッドは、内心助かったとばかりにほっとため息。
「ええーっ。」
「せっかく今日は面白くなると思ったのにー・・・。」
次々と不満の悲鳴を上げる子供たちに手を振って、レッドとリューイは一旦そこから離れた。リンとミーアのことが気にはなったが、遊びはまだ始まってもいないし、
ところが、そのあと、ルクレとヘレナの姉妹も母親に用事を頼まれて帰っていき、そうなると少年たちも戦いごっこがしたいと言いだして、結局、今日のところはお開きとなってしまった。
つまらなさそうに肩を落としたミーアに、リンも気付いて顔を曇らせた。
母親を亡くし、父親も度々働きに出てしまう。祖父では寂しさは
だから三歳年上のリンは、出会ったばかりとはいえ、ミーアには友達というより、自然と妹のような感覚を持って接していた。
何とかしてあげたいと思う優しいお姉さんは、そこで一生懸命に考える。
すると、すぐに思いついた。
「そうだ、ねえ、森のおうちに遊びに行こ!」
リンはサッと腕を伸ばして、ミーアの手をとった。
「神様のおうちだよ。ミーアは女神様なんだから。」
面白いほどの変わりようで、ミーアの顔がパッと明るくなる。その笑顔で手をぎゅっと握り返してもらえると、リンも嬉しくて
姉妹のように仲良く手をつなぎ合った少女たちは、
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