16. 生きるための儀式

文字数 2,104文字


 やしろが完成しても、悪天候が続いたせいで、結局はそのままの日々が過ぎていった。これまで気丈に身辺整理をしてきたしっかり者のレネだが、その間はやはり、婚約者のリアンとできる限り一緒に過ごす時間に使った。

 二人共、まるで余命宣告を受けた者と、その恋人の気分だった。

 そうしているとムードに呑まれて、のちに(ひか)えているものが、あくまで〝生きるために自由を取り戻す儀式〟であることを忘れがちになってしまう。よって本当のところは、余命宣告を受けて一か八かの手術に(のぞ)む者と、その恋人の気分という方が正確だ。だからリアンは、その度に忘れそうになる希望を、あわてて奮い起こすのだった。

 そして、いよいよ儀式の日。

 それは幸か不幸か、リアンとレネ、二人の結婚式を予定していた日の前日に行われることになった。レネにとっては人生最後の日となるかもしれないので、もしそうなれば、残されたリアンを一生苦しめる皮肉な日でしかなくなるだろう。危険だと判断した場合、サムジは中断することも考えてはいるが、何がどうなれば良くて悪いのか、初めてのことなのでその判断は非常に難しいと思われ、(あやま)る可能性も高い。

 この儀式を見届けるために村人が集まったのは、奥行きのない大きな洞窟の前だった。やしろはその中・・・というより、その下に造られた。ざっくりと(えぐ)られたような岩山の大きなくぼみに、それは建てられたのである。

 この日は快晴で近くには清流が流れており、そこから幸先の良い強い陽射しがいっぱいに届いて、やしろの前を明るく照らしてくれていた。

 集まった村人は全員ではなかった。場所のスペースが限られているので人数が制限され、また、衝撃的な儀式となることが予想されるために、十五歳以下の少年少女と、子供には許可が下りなかった。さらに、見届ける勇気が出ない者も残った。

 それ以外の者たちは一緒になって、改めてやしろを眺めていた。

 屋根と柱だけの、大工たちが大急ぎで完成させたものだが、浮かし彫りの装飾も丁寧(ていねい)(ほどこ)され、基礎から心を込めて造り上げられた立派な建築物だ。

 木彫りの神像を手掛けた者が、それを抱えて、やがて中へと入っていった。そして、奥に設けた台座にしっかりと安置して出てくると、集まった者はみな、村長の合図でそろって祈りを捧げた。

 レネはその村長、つまり精霊使いでもあるサムジと、神妙な面持ちで向かい合って立った。

「これは、わしが導き出した方法で確証はない。命を賭けることになるが、覚悟はできるか。」

「ええ。このままでは、どちらにしろ同じことです。」

 レネの口調は決然としていた。だが声の微妙な違和感が、リアンには分かった。それというのも、肌が触れ合うほど彼女のそばにずっといたリアンは、気づいていたからだ。彼女が震えていることに。

 リアンはずいと身を乗り出して、言った。
「僕も一緒に。君をこんな目に()わせたのは、僕だ。本当にごめん。死ぬ時は・・・。」

 一人残されても、どうせ死にたくなる。そう思うリアンに一切(いっさい)迷いはない。

「ダメよリアン、そんなことさせられない。」
「君がなんと言おうと一人にはしない。僕の気が済まないよ、お願いだから。」

 レネは、リアンの両親に目を向けた。
 父親も母親も、ただ強く(うなず)きかけてくれている。

 レネは、いつになく真剣な表情のリアンを、愛し気に見つめ返した。
「ありがとう・・・。」
「無事に済んだら、明日は僕たちの結婚式だ。」
「ええ。」
「でもほら、もしダメでも、あの世で結婚しよう。式は何が何でも()げるよ。」
「いいわ、約束よ。」 

 不安で緊張していた両親も友人たちも、この場においてのリアンの冗談に、苦笑いを交わし合う。

 いくらか和らいだ空気の中で、二人は次々に親しい者と抱き合い、その一人一人に勇気づけられた。

「明日はここで祝杯をあげるからな。あの世じゃなく。」
「私たちに祝わせないなんて、許さないわよ。」

 ノリの良い友人たちは、無理に明るく二人を見守る。彼らもまた、内心では怖くて仕方がないながらも。

 そして、最後は家族の番。レネは、もうべそをかいている母親を(なぐさ)めながら抱きしめ、リアンも、自分の罪を()びながら母を抱きしめたあと、父とも軽く抱き合った。

「必ず成功する。そして、お前が苦しんだ日々の記憶を、ここに(ほうむ)ろう。」

 父がかけてくれた言葉にリアンは泣きそうになり、下唇を噛みしめた。
 その涙を(こら)えられるようになると、リアンは父を放して、レネの手を取った。

「行こう・・・。」

 手を(つな)いでやしろへと入っていく二人。

 どんな結果になろうと神が決めた運命・・・そう(いさぎよ)く受け入れると誓い、その御前で壊れるほど抱きしめ合った。

「怖くない。」
 言い聞かせるようにして、レネの耳元で力強く(ささや)きかけるリアン。
「僕が守る。」

 いつも子供っぽい彼の、こんなに男らしくて・・・甘い声をレネは聞いたことがないと思った。切なくて・・・愛おしくて涙が(あふ)れた。

 吹き抜けだったやしろに、この時は緑の(かべ)が張り巡らされていた。

 まず現れたその中で、バッと燃え上がった紫色の炎。メラメラと躍動(やくどう)し、一瞬のうちに二人を飲み込んだ。

 淡い紫色の、綺麗な炎が。





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