6. 無念・・・

文字数 1,140文字

 職場へと戻ってきたバルトは、守衛室のドアを開け、シフト勤務の表を壁から外して自分のデスクに落ち着いた。これをもとに数日の用心棒代理を選び、あとで相談しなければならない。

 その時、室内には五人の衛兵がいた。たまたま休憩(きゅうけい)中の者ばかりだが、机について事務仕事を片付けている者もいる。朝に申し送りを行う二十四時間勤務の交代制であるから、昨日見た顔がいるのはおかしい。おかしいのだが、なんせ人手不足のため、仮眠で(しの)ぐ連続勤務も珍しいことではなかった。だから、用心棒代理の相談は、かなり気が引ける・・・が仕方がない。

 そして、過去にはその全員がバルトの部下であり、彼らの意識としては今もそうだった。用心棒とは孤独で特殊な職業かと思われがちだが、もとは衛兵たちをまとめていた、彼らの敏腕(びんわん)上司でもあったバルト。引き抜かれて用心棒になったのである。

 そして一人が目の前に珈琲(コーヒー)を持ってきてくれた時、バルトはこう言った。
「なあ誰か、昔ここにも来ていたスラバの村の術使いを知っ・・・」

 そこでバルトは、何か様子がおかしいことに気付いた。仕事仲間たちが、誰も目を合わせようとしないことに。嫌な予感が走り抜ける。

 バルトは、珈琲を置いてさりげなくそばから離れようとした部下の腕を(つか)んだ。

 そしてこの行動が、今そこにいる全員の視線をいっきに集めることになった。

 黙ったままのバルトは、その一人一人の表情を(うかが)い、最後に、腕を(つか)んでいる部下の顔を上目使いに見た。

「おい、ファトラお嬢様は。」

「バルトさん・・・。」

 その部下の顔は異様に強張(こわば)っている。

「お部屋におられるのだろうな。」

「ええ・・・ただ・・・。」

 やにわに腰を上げたバルトは、飛ぶような勢いでファトラのもとへ向かった。

 すると、扉にカンヌキが無い。

 バルトは、「お嬢様!」と叫んで部屋へ入り・・・そして、(ひざ)を折った。

 ファトラは遺体となって、絨毯の上に仰向けのまま放置されていたのである。服を染めている血は、もう他人のものだけではなかった。胸からの出血が、体の下にまで流れ出していた。

 震える膝を上げて、バルトは力無くそばへ寄って行った。その唇も、もはやみずみずしさを失っている。いつも(べに)をさしたように(あざ)やかだった唇が・・・。とっくに息などしていない首筋に(むな)しく手を当て、その(ろう)人形のような死に顔を見つめる。

 一滴(ひとしずく)の涙がすっと(こぼ)れ落ちた・・・。

 ファトラは、白昼(はくちゅう)堂々と、実の両親の命令によって刺し殺されたのだ。

 やがて、ファトラの遺体を抱き上げたバルトは、その体を丁寧(ていねい)にベッドに横たえてから、部屋を去った。そして、体調が優れないと、仕事仲間には丸分かりの仮病を使い、屋敷のすぐそばにある自宅へ、そのまま帰宅した。

 バルトはその夜、一晩中涙を流し続けた。




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