2. 少女の首飾り

文字数 2,635文字


 まるでこの世とは別世界へと続いていそうな、穏やかで平坦(へいたん)な森が延々(えんえん)と続いている。木の吊り橋が()けられた川が一筋、この広大な森を縦断しており、計画的に植樹されたかのように整然と並んで見える木々が、柔らかい光と美しい影を落とす。色とりどりの野鳥が飛び交い、小動物が警戒もせずに駆け回り、小さな野生のお花畑に時々出会う。それらが幻想的な風景を創り出しているがゆえに、別世界へ・・・という気持ちにさせられるのだった。

 一行は、案内札もまばらで右も左も分からなくなりそうな、とにかく広大なこの森を、もう何日も歩き続けていた。

 そしてある日のこと・・・。

「お姉ちゃん、すごく綺麗だね。」

 そう声を掛けられたシャナイアは、一人の少女と笑顔で向かい合っていた。

 その子はなにも不意に現れたわけではなく、それまでは、浅い川のほとりで休憩をとっていた一行の対岸にいた。その場所で、桶に入った洗濯物を川の水で洗っていたのである。

 そして手が止まった時、「家のお手伝いをしているのね・・・。」と、やや遠目に眺めていたシャナイアの方へ、川をじゃぶじゃぶと横断して、少女の方から近づいて来たのだ。

 肩にかかる茶色の髪と、灰色がかった緑色の瞳。いかにも人懐(ひとなつ)っこそうな垂れ目が可愛いその少女が発した第一声が、思わず笑みも(こぼ)れるそんな()め言葉だった。

「まあ、なんて正直者で素直ないい子なのかしら。」
「お兄ちゃんも。」
「は⁉」

 シャナイアが変な声で驚いたのも無理はない。それもそのはず、次に少女は、綺麗なんて言葉とは最も無縁のレッドを見て、それを言ったのだから。

 言われた本人も、この子はひょっとして目が悪いのか?という顔をしている。

 すると少女は、そのあとも一人一人に同じことを言って回った。

「この子・・・見えてるんだ。僕たちのオーラが。」

 それは神精術師レベルの強烈な霊能力を秘めている証拠・・・である。

 そう驚いているカイルだが、少女が近づいてきた時点で、実はそれよりも気になることがあった。そのせいでカイルは、(まゆ)をひそめた深刻な表情になっていたのだが、同じ面持ちをしている者がもう一人いる。エミリオだ。この二人がそろってこうなると、理由はたいてい同じ。

 呪い・・・である。

「不自然に綺麗な首飾りをしているな。」

 ギルは、今隣にいるエミリオにだけ聞こえるように・・・要するに、少女には聞こえないように(つぶや)いた。似合うと思って気に入ったから着けているのだろうし、そうなら、見た感じ十歳未満の少女でも、心は立派な大人のレディーだ。不自然だなんてはっきりと言ったら、傷つけてしまう。

 そう、その少女は大人の首飾りをしていた。パールを編み込んだようなクリスタルリングの真ん中に、水色の天然石をあしらい、胸元にもそれが二つぶら下がっているのが魅力的な。肥満体型ではない子供ゆえ、首が細いのでじゅうぶんな余裕があるが、成人女性が着ければぴったり首に()まるという形になるだろう。つまりはチョーカーである。

 だが、まさにその首飾りこそが、カイルとエミリオの二人が、内心顔をしかめて強く引き付けられているものだった。怨念(おんねん)を感知すると決まって胸が悪くなる、このぞわぞわとした不快感があるばかりに、その綺麗な首飾りも言ってみれば魔性の美女、それとも宝石ではないので乙女と例える方が適当か、とにかく、今のところそんな風にしか映らない。

「これ・・・。」
「カイル・・・。」
「うん・・・間違いない。」
 鋭く(ささや)きかけてきたエミリオに、カイルは言葉少なに応じた。

 呪いを感じる・・・とは、少女の前では言えなかった。

 カイルは、腰を落としてその少女と向かい合った。それから、わざとらしいほど、にこやかにこう話しかけた。
「とっても綺麗な首飾りだね。それちょっと見せてくれる?」
「うん、でも・・・取れないの。」
「え・・・。」

 これは、ますます放ってはおけなくなった。そこでカイルは、少女に後ろを向いて髪を横へ()き流してもらった。そうして留め具を見てみると、それは何の複雑なこともない、ありふれた引き輪と板カンである。

 エミリオと目を見合ったカイルは、そこに指をかけてみる。
 なるほど・・・びくともしない。

 そうと分かると、カイルとエミリオの視線は、同じタイミングで仲間のうちの一人に向けられた。

 格闘家の青年に。

 そのリューイの握力(あくりょく)は、屈強(くっきょう)の戦士がそろう仲間たちの誰をも遥かに(しの)ぐ。それどころか極端な話、大陸中の人間で彼に(かな)う者などいないのではないか、いやもう人間ではないというくらい。それを物語る筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の体は、金髪 碧眼(へきがん)の気品ある顔立ちには不釣(ふつ)り合いだと、誰もが第一印象で思うだろう。

 その自覚がリューイにもあるので、リューイは(すみ)やかに前へ出て来て、さっそく引き輪のつまみを動かそうとしていた。

 ところが、結果は同じで、何度か試みたがどうにもならない。

 不思議なのは、リューイは短気でがさつなところがあるため、普通なら壊れそうなもの。しかし、天然石のその首輪は、可愛い見た目によらず随分と強情(ごうじょう)・・・というより、全く相手にしてくれないといった感じなのである。明らかに不自然だ。

 それを確かめた精霊使いのカイルは、知りたいことを少女に質問し始めた。
「これ、誰かからもらったの?」
「ううん、森の土の中で見つけたの。綺麗だったから首につけてみたら、それから取れなくなっちゃったの。」

 いかにも怨念の臭いがぷんぷんする答えである。

「ねえ、名前は?いくつ?」
「私はリン。八歳。」
「どこに住んでるの?」
「あっちの村。」
「遠い?」
「ううん。すぐそこ。」

 リンと名乗った少女は振り返って、渡ってきた対岸の向こうを指差してみせた。

 今日ここへ来るまではずっと、大した起伏(きふく)もない、見通しのきいた景色の中をやってきた一行。だが、少女が指している方角には、森の中から抜きんでている岩山があった。すぐそこだ。そちらへ進路をとると、山道に突入しそうである。川を挟んだ向こうは、森の様相が急に変わっていた。

 カイルは、地図を持っているエミリオに目を向けた。

 彼らは大陸全図と、行く先々で購入する地域図の二種類を持っている。エミリオはもうその地域図を広げており、ギルと確認していた。

()っていないな・・・。」と、ギルは(つぶや)いた。

 カイルは、リンに向き直る。
「あのさ、僕たち旅人なんだけど、いろいろ足りなくなってて大人の人に相談したいから、君の村に連れて行ってもらえるかな。」


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