7. 無情の一家

文字数 3,273文字

 しかし遺体が放置されていた理由が、この時のバルトには分からなかった。ファトラお嬢様は殺人を犯したが被害者でもある。呪いによる犯行では、操られた者にはその間の記憶がないというのが普通なので、実行犯についての罪は軽い。不幸な彼女の死も(いた)み、(とむら)ってやるべきだろう。まさかその気がなく、扱いに困っている・・・などということは・・・。

 不可解に思われたバルトは、ファトラがどのように命を絶たれたのか気になり、翌日、それに関わった者を見つけ出して追及した。

 胸が詰まるような話だった。

 手にかけた者たちは、逃げ惑う彼女を無理やり押さえつけ、辛さを忘れるため無心で刺したというのである。

 それを聞いているうち、みるみる表情が険しくなるバルトを、(おび)えるようにそう報告する男のある一言が愕然(がくぜん)とさせた。

 泣きながら命乞いをする彼女に向かって、「お前などもう娘ではない。この化け物が。」と、閣下は吐き()てたという。

 これには、さすがにバルトも煮えたぎる怒りを抑えきれず、ぞっとするような凄まじい形相(ぎょうそう)と、蹴りつけるような大股で廊下を渡り、執務室へ乗り込んだ。

 この日はそこに、昨日と同じくダリアの姿はあったが、秘書はいなかった。これから聞かれてはマズい話 ―― 本音を隠すのが難しい誤魔化(ごまか)しようのない話 ―― をしなければならないため、ダリアが適当な理由をつけてしばらく追い払ったのである。

 他人が誰もいなくなったところで、ダリアは早速(さっそく)こう口にした。
「一族の中から化け物が出たなんて上に知られたら・・・。」

「首輪を何とかしないと。」

 妻がいる表舞台などでは(しゃべ)るのを任せ、口を(つつし)むモリス子爵。しかし身内、とくに夫婦だけになると、遠慮なく言いたいことを口走る。そんなのこの発言は、先日の自分たちの考えを(あらた)めたもの。バルトに同意したものである。ただし、バルトに言わせれば手遅れだ。今頃恥もせず非を認めだした理由は、そうせざるを得ない騒動(そうどう)が昨夜また起こったからだ。

「仕方ないわね。適当な術使いに預けて、浄化してもらいましょう。」

 そう言ったあと、ダリアは、ドアの向こうからみるみる近づいてくる気配に気付いた。それが穏やかならない様子であるのは、ダリアには案の定という展開。むしろちょうどよいタイミングである。

 間もなく執務室の前で立ち止ったその気配は、少々乱暴にノックの音を響かせた。本来なら一言注意もするが、その理由は明らかであるし、心中を察することもできるので、ダリアもここはあえて聞き流して入室を許可する。何より原因は自分たちにあるのだから、そこまで無神経ではないダリアは、どちらかといえば愛想よく振る舞おうとしていた。

 ドアを開けて姿を見せたのは、やはり怒り心頭に発した様子のバルト。その見幕(けんまく)は、さすがのダリアも一瞬たじろいでしまったほどだ。

「体の方はもう良いのですか。」
 済ました表情で、ダリアは白々(しらじら)しくそう声をかけた。

 もはやそれに返事をする気にもならないバルトは、何の前置きもなく、いきなり声を荒げた。
「時間をくださいと、お願い申し上げたはずです。」

「亡くなった兵士や召使いの親族から、詳しい説明を求められたのよ。でも化け物に食い殺されたなんて無惨なこと、気の毒で言えるわけないでしょう?だから、あの子は実は精神の病を(わずら)っていて、急に狂い出したところを助けようと・・・」

 用意していた返事のはずが、この男には通用しないと分かり、ダリアはもごもごと口籠(くちごも)った・・・が、堂々たる表情を変えはしなかった。

 そんなダリアに、バルトも負けじと鋭い目を向け続ける。

「無差別に三人もの命を奪ったのですから、極刑は免れないでしょう。私たちだって、愛する娘を手にかけるなんて苦渋の決断だったのよ。でも遺族の怒りを治め、納得させるには仕方がなかったのです。」

 待て待て。途中から本当にそうであるかのような物言いになってきたが、呪いによる犯行という原点を無視しての、完全な自己防衛だ。そんな見え透いた狂言で言いくるめられてなるものか。(しょ)(ぱな)から我が子を化け物よばわりし、簡単に殺害しろと命令してきたのはどこの誰だ?と、バルトは(がら)にもなく胸中で一挙に(ののし)り、最後は(あき)れ果てた。

 それでも、あえてきいてみる。
「本当ですか。」と。

 言葉と気持ちの両方を問うたバルトに、ダリアは、ふんと鼻を鳴らすようなため息を返した。

 我慢をきかせ、床を(にら)みつけるバルト。

 そんな険悪な空気も、このあとの沈黙が両者の熱をいくらか冷ました。

 応接ソファーに座って話をしていたダリアは、バルトがやって来る前に飲んでいたティーカップを手に取り、一口すすった。

「それより・・・。」と、落ち着いた声で、ダリアは本題に入る口をきった。「昨夜あなたがいない間に、また現れたのです。例の化け物が。結局、あなたが言う通り解決には至らなかった・・・ということです。」

 なんたることか、やはりという予感はあったものの、ファトラお嬢様の死が無意味に終わり、バルトはやりきれなさで目を閉じた。

「そこで、あなたにやってもらいたいことがあります。死体の首を斬り落としてちょうだい。」

 一瞬、また衝撃で言葉を失ったバルトの胸に、たちまち(いきどお)りが引き返してきた。

「首を・・・斬り落とす?」

「そうよ。あの子の頭を斬り落として、首輪を外して欲しいの。もう仕方がないので、術使いの手を借りることにしました。死体についたままではマズいでしょう。」

 あまりに(ひど)い。血を分けた娘だというのにまるで人間扱いせず、どこまで(はずかし)めるつもりか。それに、まず娘への愛は(いつわ)りだと、今、本性を現したようなものだ。

「大変申し訳ございませんが、お断りいたします。」
 バルトは語尾を(にご)しもせずに、はっきりとそう答えた。

「何ですか、その態度は・・・また。」

 バルトは再び堂々と顔を上げたまま、さらに(すさ)まじい目つきでダリアを見据(みす)えていた。

 その反抗的な目つきに、もはや開き直っているダリアも嫌悪感(けんおかん)でカッとなった。
「そうですか。では出ておいきなさい。あなたを解雇(かいこ)します。」

 バルトが主人に目を向けると、モリス子爵は特に顔色を変えることもなく、()ました表情で視線を()らした。なるほど、辞表を提出する手間が(はぶ)けたというものである。

「分かりました。失礼いたします。」

 バルトは(すみ)やかに執務室から出て行った。

 そして、淡々と離れて行く足音がすっかり消えた時、ダリアは急に我に返ったような顔をした。さっき、それこそ自分で首を切ったのは、決して愚痴(ぐち)を零さず、腕も都合もいい従順な(しもべ)。自分は今、何かとても損をすることをしてしまったのではないか・・・と。

 だが認めるのは(しゃく)である。それに、義弟やほかの親族に爵位と領地を奪われるようなことは、絶対にあってはならない。その損失がもたらす転落人生を思えば、個人の犠牲や都合のいい用心棒を失うことは比ではない。

「まったく・・・一族の恥だわ。」
 ダリアは、密かに強がりを(つぶや)いた。





「バルトさん!」

 職務中、執務室のそばでさりげなく待っていたレイジは、部屋のドアが開いてバルトがすっと出てくると、今だとばかりに声をかけた。

 ところが、いつでも何事も丁寧に対応してくれるその上司は、少しも足を止めず、真っ直ぐに下り階段へ向かう。

 レイジは(あわ)てて駆け寄った。

「バルトさん、あの・・・。」

 レイジは追いかけるようにして、速足で引き離そうとするバルトのあとを、しつこくついて歩いた。

「あの、バルトさん・・・よければ今度、一緒に・・・」

 そしてエントランスホールまで出た時、やっとバルトが立ち止った。しかし、明らかに気を使ってくれているその部下の顔を見ようともせず、視線も下へ向けたままである。 

「もうついていけない。あの人たちに守る価値はない・・・。」

 バルトはためらいもなく歩き出した。

 突然の別れを(さと)ったレイジだったが、これ以上は何もできずに、黙って見送るしかなかった。苦い口調でそう吐き()てた彼の背中は、その静かな声とは裏腹に、悲しみよりも怒りで震えているように見えた。


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