24. 妖魔との戦い

文字数 2,718文字

 妖魔が飛び跳ねながら襲ってくるので、リューイもバク転の連続で()けた。そしてタイミングよくその下を滑り抜けると、不意を突かれて動きが止まった相手の背後から、回し蹴りによるハイキックを食らわせる。

 気味が悪くてあまり接近したくないと思うリューイは、このあとも、自然と足技(あしわざ)(たよ)る戦いになった。(やり)でもあれば棒術が使えるが、丸腰のリューイは致命(ちめい)傷を与えるのも難しく、圧倒的に不利である。

 リューイが素手で応戦している一方で、二本の片手剣を同時に引き抜いたレッドは、驚異的な早業(はやわざ)に加えて狙いも的確。敵が身の周りのどこにいようと、深手を負わせることができた。大陸最強を(ほこ)る組織の肩書きは伊達(だて)ではなく、回避・防御(ぼうぎょ)力においても全てがパーフェクトだ。

 しかしレッドは直感で、この戦いは普通にはいかない気がした。この巨体と、剛毛(ごうもう)に覆われている頑丈そうな肌を見て、切り傷程度では痛みを感じないのではと。急所は人間と同じなのかと(いぶか)りながら、相手の(すき)をついた一瞬、(ふところ)に飛び込むようにして、レッドはそこへ二本の長剣を同時に突き入れた。すると意外にも、それは悲鳴も上げずにじたばたしたあと、停止した。

 確信したレッドは、死体を()倒して両手の武器を引き抜き、「シャナイア!」と叫ぶや、一本を彼女のそばへ放り投げた。「護身用だ、ミーアを頼む! だがその時は、できるだけ急所を狙って突き入れろ!」

 そう命令したレッドだが、戦える者たちは最初から、武器を持たない者たちのことを忘れてはいない。暗黙の了解で、連携プレーを()かせれば、基本的にその全員を守れる配置についている。

 この混乱の中で、リン一人だけは、いつもとは違い動きがなかった。ただ鬼のような形相(ぎょうそう)で血走った目を下へ向け、身を震わせながらじっと地面を(にら)みつけている。そこには無い何かが見えているようだ。それは恐らく、遠い昔の(にく)しみにまみれた記憶。

〝お前などもう娘ではない。この化け物が。〟

 すると突然、リンがひと声発狂したかと思うと、いきなり洞窟の岩壁へ向かって駆け出した。さらには、そこをガンガンと殴りつけ、岩屑(いわくず)が飛び散る威力(いりょく)破壊(はかい)しだしたのである。

「誰も助けてくれなかった。私は殺されて、首を斬られて・・・!」

 少女のまだあどけない声。だが、憎悪に満ちた文句。それを聞いたカイルは言葉を失った。考えてみればそうかと納得の悪霊の正体。同時にレネの言葉を思い出し、これまでのことが一瞬のうちに整理された。

 やしろに埋めに行った。気になることがある。

 気になることがあるから、神のやしろに埋めに行った・・・それは、そう封印だ!

 さっきその霊は、もう土の中は嫌だと言っていた。ただ隠しただけでなく、そこで今度は封印の儀式をしていたんだ。浄化しきれなかったから。首輪の呪いは浄化されても、頭部を斬り落とされた娘の強烈な怨念は残り続けた。定かではないが、復讐のためか、彼女は呪いの首輪の強力な力に執着(しゅうちゃく)するあまり、離れずにいたのだろう。ところが封印されて、離れたくても離れられなくなり、土の中で身悶(みもだ)えていた。それをリンが掘り起こし、首に()めて解いてしまった。だが土の中に戻されるのを恐れているので、まだ何かが邪魔をして完全ではないらしい。完全に自由になりたければ一つ単純な方法があるにはあるが、容易ではない。

 それは、怨念を(しず)めて昇天すること。悲運の末の悪霊化なのだから、導いてやれば、彼女の気持ち次第で天にも昇れるはず。

 だがまずは、やはり・・・。

「リンをやしろへ連れて行って!」

「今っ⁉」と、リューイとシャナイアが思わず声をそろえ、「簡単にはいかねえぞ!」と、レッドも怒鳴(どな)った。おいコラ、無茶ぶりだと。

 それでも従順に言うことを聞いてやり、レッドはやぶれかぶれな捨て身のタックル。それに、このままではリンの腕の方が壊れかねない。

「止めろ、リン!」

 しかし結果、腕をガブリとやられる羽目に。

「ぐあっ、くそっ!」

 ()きだしの牙で腕に噛みつかれているそのまま、レッドは根性でリンをやしろへと引き摺り込んだ。

 リューイもすぐに転がり込み、レッドの腕から少しでも引き剥がそうと、リンの頭を懸命に(つか)んでいる。しかし無茶をするわけにはいかない。リューイは化け物じみた筋力の持ち主なのである。引き離すことができたとしても、勢い余ってうっかり首の骨を折ってしまうかもしれない。それをリューイ自身も自覚していた。

「カイル、早く!レッドが腕を食いちぎられちまうぞっ!」

 一方、カイルが儀式の体勢に入り、さらにレッドとリューイの二人が抜けたため、次々と襲いくる妖魔を退治するのは、大剣使いであるエミリオとギルの役目となった。二人は縦横無尽に武器を振り回し、剣を一閃(いっせん)させるだけで何体もの化け物を斬り殺していく。

 エミリオとギル、共に大剣の使い手だったが、その剣は幅、刃渡り、重量において大剣といえるものに仕上げられた特注品。つまり、最も出回っている片手剣よりも刃広(はびろ)で、重量も刃渡りもあるが、肩に担いだり、背に負う典型的な両手剣である大剣に比べると小振りで、腕力が優れていれば片手で扱うこともでき、鋭さもあるもの。しかし、その威力は上手く使えば大振りの大剣並みにあり、それを二人は十二分に使いこなして、ただの細身剣のごとく軽々と操ることができた。

 戦士としての鋭い感覚が、いち早く背後からの攻撃を察知(さっち)。サッと(かわ)しながら振り向いたギルは、一刀両断のもとに妖魔を斬り裂いた。その黒い巨体からたちまち溢れ出した液体は墨汁のように黒く、血液らしきそれまで人間のものとはかけ離れている。

 エミリオもまた一振りで魔物の腹を切断し、立て続けに今度は右側にいる一体、後ろの一体と、重い刃広の剣を華麗に振り回しては次々と仕留めていく。バタバタと倒れた妖魔はしばらく痙攣(けいれん)したように悶絶して、息絶えた。

 その頃、やしろの中にいるレッドとリューイも必死でいた。

「何も知らずに手を出すだろう孫子(まごこ)の代まで(たた)ってやるつもりだったのに!」

 リューイに頭を引っ張り上げられたリンが、血まみれの口でそう(わめ)いた。

「この子も俺たちも関係ねえだろ、八つ当たりするな!」

 説得どころか、リューイは喧嘩を売る始末。

 その時、悪霊にとり憑かれたままのリンが、一瞬の(すき)に二人を振り(ほど)いて、逃げるようにやしろから飛び出してしまった。

 森の精霊に呼びかけていたカイルも、これでは中断せざるをえない。

「浄化すればいいわ、そしてこの首輪をあの町へ戻しなさい!」

「だから、この中に居てくれないとそれもできないんだよ、バカ野郎。」

 血に濡れた腕の傷を押さえながらレッドもそう呟き、リューイと共に一旦やしろから出た。


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