4. 家畜小屋の血痕

文字数 1,495文字


 西日が強くなり始めた頃、シャナイアとミーアを除いたほかの者は、さりげなくこの村の中を見て回った。 

 呪いは生きている。目的も果たせず、浄化もされずに。

 この時代の呪詛(じゅそ)に多いのは、まず祭壇などを介して、標的、つまり呪う相手をじわじわと衰弱(すいじゃく)死させる方法。ほかに手っ取り早いものとしては、霊を操って誰かに取り()かせ、標的を襲わせるというもの。これは単純明快だ。しかし今回のものは、カイルが知る限り例はなかった。

 とりあえず、その何らかの影響を受けて具合が悪くなっているという者は、今日、診察した中にはいなかった。リン本人も見たところ元気そうで、呪いにかかって体調を崩しているということもなかった。

 村人たちの話から何か分かりはしないかと、診察中にさりげなく質問を投げかけてもみたが、これといって怪しいものはなかった。印象に残ったといえば、患者でもあった村長から、この村について少し教えてもらったことくらいだ。我々は西の激戦地から逃れてきた者だと。ここへは二年前に移住してきたばかりだという。部分的に()ちてはいたものの、家屋(かおく)がみな立派に残っていたこの村跡を見つけて、これは幸運とばかりに住み着くに至ったのだそう。

 そして、トラウというこの村の名前。そんな話だ。

 そこでカイルは、こうして自分の足で調べる前に、占いによって、呪いがこの村に何らかの影響を与えたかどうかを確認していた。すると、この村のどこかで誰かが、もしくは何かが被害を受けている可能性は大いにある、という残念な結果が。それも、あの首輪はリンがたまたま森の中で見つけたものなのだから、その被害はもはや無差別にもたらされている。とにかく、首輪の呪いについて謎が多く、もっと情報が必要だ・・・と、カイルは考えたのだった。

 そのためにカイルは、数日にわたって治療が必要な病人などもいたことから、しばらく滞在できる理由を上手く作った。はっきりと本来の目的を口にできないのは、そのように一見、村人たちにおかしいところがないので、下手に言ってしまうと、リンとその家族がこの村を追われる恐れがあるから。何か起きたとしても村人たちが気付いていないのなら、呪いのことは、知らせるにしても最小限に止めておきたいと考えたのである。そのためにはまず、解決の見通しを立てなければならない。やはり、先にいろいろと調べる必要があった。

 そうして、ただ散策しているふりをしながら歩いていると、家々から離れたところに、家畜小屋があるのを見つけた。牛と馬の厩舎(きゅうしゃ)が隣合わせに、それからニワトリ小屋、そしてまた別の場所に豚小屋である。それぞれの動物の数は、それほど多くはない。十以上いるのはニワトリだけ。豚はたった二匹。

 その豚小屋へと最初に近づいて行ったのは、リューイだった。

 とたんに険しい顔になる。

 外から眺めるしかできないが、地べた一面に血痕。壁の羽目板にも血の(あと)がみられる。そして、獣の臭いに混じっている異様な血生臭さ。育ち(がら)嗅覚(きゅうかく)までも人より鋭いリューイは、それにも気付いた。

「カイル・・・ちょっと。」

 リューイに手招(てまね)かれて、カイルとほかの仲間たちも、そこへ足を向ける。

 そして、中を(のぞ)き込むなり、みな同じくしかめっ面になった。

「ただ事じゃない感じだな。」
 (うな)るような低い声で、ギルが言った。

 そこは、まるで殺戮(さつりく)現場。最近、狼でも出没したのか、それとも、この場で家畜を殺して食材にしたか・・・まさか。

 何かに襲われた跡ととれるこのことを、なぜ誰も話題にしなかったのだろう。

 それを不思議に思いながら、彼らは、夕映えで見え(づら)くなり始めたこの豚小屋の現場から離れた。


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