第16話 初アポイント
文字数 1,204文字
初めてアポイントが取れた日から翌週の月曜日。東京都心から電車でおよそ30分。呉羽は埼玉県の川口駅からタクシーに乗り、アポイント先の会社に向かう。
タクシーは市街地の真ん中をしばらく走り続け、徐々に窓から見える車の種類はトラックが多くなっていくことに気付く。道沿いに構える建物は、ビルやマンションからだんだんと工場の割合が増え、車道もところどころで砂利が交じるようになっていく。やがて、煙突を構える建物が隣り合う工業団地の一角で、タクシーは止まった。運転手が言う。
「運賃で900円頂きます」
「これで」
「1000円のお預かり、100円のお釣りです。お忘れ物のないようお気を付けください」
「ありがとうございます」
呉羽が車を降り、ドアを降りようとした瞬間に気が付く。
「すいません、忘れてました。領収書を頂けないですか」
タクシーに乗って領収証をもらうのは生涯で初めてだ。この会社での日常行為になるんだろうな、これから忘れない様に、とつぶやく。
改めてタクシーを降りた場所から、すぐそばにある正門を抜け、アポイント先の会社に入場する。正門のそばに守衛所らしき小さなプレハブ小屋があるが誰もおらず、『御用の方は工場内の事務所にお越しください』という言葉と、事務所の案内図が書かれた看板が置かれている。呉羽はその案内図が指し示す場所に向かう。地面には歩行者用のラインが引かれており、そこから外れることがないように歩いていく。
工場の2階が事務所とのことで、工場の中に入ってすぐのところにある鉄骨階段を登る。周囲からは鉄が錆びたような臭いがほのかに漂い、時々生温かい空気が工場の奥の方から流れてくる。階段を半ば登ったところから下を見ると、大きな音を引っ切り無しに立てている薄緑色の機械があちこちにあり、一部では湯気が立っているのも見える。どれもこれも、初めて見る機械ばかりだ。従業員はフォークリフトを動かしている者が若干見えるだけで、そう多くないようだ。
2階に上がると、そこからすぐのところに事務所はあった。古びたべニア板で作られた扉を開け事務所に入る。小さなカウンターがある縦横10メートルほどの部屋に、制服を着た女子社員が2名と、その奥にゆったりと椅子に掛けている中年の男性が1名。工場の構内と違い、事務所のドアを閉めると非常に静かな空間だ。
「お世話になっております。キャリアソウルの呉羽と申しますが、小杉様をお訪ねする約束がありまして参りました」
「かしこまりました。そちらのテーブルの前に掛けてお待ちください」
女子社員はそう答えると、奥にいる男性を呼びに行く。男性はよいしょっと、というつぶやきと共に立ち上がり、呉羽の前までゆっくりと歩く。
「どうも、瞬光工業の小杉です。よろしくお願いします」
「キャリアソウルの呉羽です。よろしくお願いします」
二人は名刺交換をする。男性の名刺には「総務部長 小杉鷹雄」と書かれていた。
(つづく)
タクシーは市街地の真ん中をしばらく走り続け、徐々に窓から見える車の種類はトラックが多くなっていくことに気付く。道沿いに構える建物は、ビルやマンションからだんだんと工場の割合が増え、車道もところどころで砂利が交じるようになっていく。やがて、煙突を構える建物が隣り合う工業団地の一角で、タクシーは止まった。運転手が言う。
「運賃で900円頂きます」
「これで」
「1000円のお預かり、100円のお釣りです。お忘れ物のないようお気を付けください」
「ありがとうございます」
呉羽が車を降り、ドアを降りようとした瞬間に気が付く。
「すいません、忘れてました。領収書を頂けないですか」
タクシーに乗って領収証をもらうのは生涯で初めてだ。この会社での日常行為になるんだろうな、これから忘れない様に、とつぶやく。
改めてタクシーを降りた場所から、すぐそばにある正門を抜け、アポイント先の会社に入場する。正門のそばに守衛所らしき小さなプレハブ小屋があるが誰もおらず、『御用の方は工場内の事務所にお越しください』という言葉と、事務所の案内図が書かれた看板が置かれている。呉羽はその案内図が指し示す場所に向かう。地面には歩行者用のラインが引かれており、そこから外れることがないように歩いていく。
工場の2階が事務所とのことで、工場の中に入ってすぐのところにある鉄骨階段を登る。周囲からは鉄が錆びたような臭いがほのかに漂い、時々生温かい空気が工場の奥の方から流れてくる。階段を半ば登ったところから下を見ると、大きな音を引っ切り無しに立てている薄緑色の機械があちこちにあり、一部では湯気が立っているのも見える。どれもこれも、初めて見る機械ばかりだ。従業員はフォークリフトを動かしている者が若干見えるだけで、そう多くないようだ。
2階に上がると、そこからすぐのところに事務所はあった。古びたべニア板で作られた扉を開け事務所に入る。小さなカウンターがある縦横10メートルほどの部屋に、制服を着た女子社員が2名と、その奥にゆったりと椅子に掛けている中年の男性が1名。工場の構内と違い、事務所のドアを閉めると非常に静かな空間だ。
「お世話になっております。キャリアソウルの呉羽と申しますが、小杉様をお訪ねする約束がありまして参りました」
「かしこまりました。そちらのテーブルの前に掛けてお待ちください」
女子社員はそう答えると、奥にいる男性を呼びに行く。男性はよいしょっと、というつぶやきと共に立ち上がり、呉羽の前までゆっくりと歩く。
「どうも、瞬光工業の小杉です。よろしくお願いします」
「キャリアソウルの呉羽です。よろしくお願いします」
二人は名刺交換をする。男性の名刺には「総務部長 小杉鷹雄」と書かれていた。
(つづく)