第19話 キューポラ

文字数 2,290文字

呉羽は小杉に誘われ、会議室を出て鉄骨階段を降り、今度は工場の中を歩いていく。工場の奥へ進むほど、熱気がひしひしと伝わってくる。
やがて、工場奥の一角にたどり着くと、黒ずんだ壺のような形をした機械の中で、煌々と熱されたオレンジ色の液状の物体がたまっているのを目の当たりにする。少しずつ機械が下方へ傾くと、その液体は激しく火花をまき散らしながら、筒状の容器に流れ落ちていく。同時に、さらに強い熱気が呉羽の肌に吹き付けてくる。

「これが私たちのモノづくりを根幹をなしている、溶解炉や」

呉羽にとって、この光景を見たのはテレビ画面の中だけだ。バトルアクションを演出の中心の据えた映画の、主人公と悪役が工場の中で激しく戦うラストシーンで、こういう光景を見たことがあると思いだした。実際、機械から放たれる熱気と激しい音を間近にして、呉羽は息をのむ。

「これは金属が溶けた物ですか。一体何℃くらいあるのでしょうか」
「大体、1500℃前後になっている。もとはガチガチの金属も、ここまで熱くなればこんなにドロドロになる」
「1500℃ですか・・・」

周辺の機械の音がかなり大きいため、小杉は声量を上げ、続けて話す。

「この溶解炉は、コークスという石炭を原料にして作った燃料を使って、高温で鉄を溶かすことができる。溶けた鉄は溶湯と言って、砂で出来た鋳型に流し込まれる。溶湯が冷えると鋳型通りの形で固まるのでそれを取り出し、あとはバリという端っこのトゲトゲした部分を研磨すれば、製品が完成する。我々のものづくりをかいつまんで言うと、そんな感じや」
「いったい、どんな製品を作っていらっしゃるのですか」
「それは本当にいろんなものがある。型の形だけ、作れるものがあると言っていい。例えば、自動車や工業機械に使われる大型の部品から、ガス器具に使われるような小さな部品まで存在する。ウチでいえば、大手の自動車メーカーに納品するエンジン部品を多く作っている」
「身近にある様々な工業製品の中には、鋳造でできた部品がよく入っているんですね」
「そうだ。では、次にうちが作った製品がどんなものかを見に行こうか」

そういって、二人は溶解炉のある場所から離れ、再び入り口そばの鉄骨階段から2階に上がり、今度は事務所の横にある無人の部屋に入る。そこは黄土色の絨毯の上にアンティーク調の二人掛けソファーが2つ置かれた部屋だった。呉羽には、重要な会議や商談が行われるような場所のように見えた。その部屋の一角に置かれたショーケースには様々な金属製品が並べられている。呉羽はショーケースを眺めながら小杉に尋ねる。

「これはすべて鋳造で作られたものですか」
「そうだ。例えば、一番上の段にある手のひらサイズの円形の部品は自動車のシリンダー。その横はエンジンのバルブを動かすカムシャフトという部品。その隣は建設機械に使われるドリル。それから一番下の段の左端にあるのは、最近オーダーメイドで作ったことのあるフライパンや」
「フライパンまで作っているのですか」
「そうだ。このフライパンは過熱性に優れていて、食材を短い時間で香ばしく焼くことができるのが長所で、お客様にも好評だった。こんな風に鋳造は家庭にある身近にある製品までも、変幻自在に作ることができるんや」

小杉は誇らしそうな表情を浮かべて話す。呉羽も、小杉が自分の会社の製品力には自信を持っていると考えた。一通り製品の説明をし終えたところで、小杉はショーケースの上部の壁面に飾られている白黒の写真に手をかざす。

「この社員は、ウチの会社が戦後しばらくして創業したときの写真だ」

それはレンガ造りの工場の前で、当時働いていた人たちであろう40名程度が映った集合写真だった。そして、屋根から大きな煙突から、煙が出ている様子も伺える。

「このころの工場は、この煙突が特徴のキューポラという溶解炉で鋳造を行っていた。この川口という町は、ウチ以外にも多くの鋳造工場が立ち並んでいたから、その名残で川口はキューポラの街と呼ばれている。その後は不景気が長く続いたり、国内外で別の鋳物の製造拠点が増えたりしたことで、川口の鋳物工場はずいぶんと減ってしまった。ウチもよその会社との競争で、簡単には儲けを出していくのは難しくなっている。でも、うちは長年お客様の、川口のモノづくりを支えてきたという自負がある。キューポラで培ってきた技術を絶やすわけにはいかない。先ほどのフライパンのように、新しいモノづくりにもチャレンジしながら、これからの時代に向けてまだまだ発展していきたいんや」
「その発展に微力ながら貢献できるように、私も努めたいと思います。そう言えば、少し気になったのですが」

呉羽はそう言って、ショーケースの最下段の右半分を指さす。そこは何一つ製品が置かれていない。最上段と2段目はびっしりと製品が置かれていたのと比べると、妙にアンバランスなように思えた。小杉は笑いながら答える。

「それもねえ、そこに置いて目立つような斬新な製品を置けるまで、地道に研鑽を続けようという意思の表れや。ウチの社長が4代目に代替わりした後に、そういうふうに決めたんや」

小杉はそう言いながら、工場見学以降の時間が想定よりも長くなっていることを気付き、いったん先ほどの商談スペースに戻ってから、お互い挨拶をして商談は終了となった。

事務所の玄関で呉羽は見送りを受けた。階段を降り、蒸し暑さのある工場を一歩出ると、外の空気が涼しく感じる。自分も受けた溶解炉のものづくりを支えられる人材を、何としてでも探そうと心に刻み、呉羽は帰りのタクシーを電話で呼んだ。

(つづく)


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登場人物紹介

呉羽隆二(くれはりゅうじ):転職エージェント「キャリアソウル」の新卒社員。地方大学のバスケ部に所属し、完全燃焼しきれない気持ちを抱えたまま就職活動を開始。就職説明会で出会ったキャリアソウルの人事マネージャー、石動の言葉に惹かれ、採用選考に応募、無事合格し入社することとなる。

石動利樹(いするぎとしき):「キャリアソウル」で人事部マネージャーを務めていた男性社員。人材紹介への想いは強く、社会や世界が変える影響力のあるサービスだと考えている。呉羽たち新入社員が入社した際、人事異動により呉羽が所属する第一営業部のマネージャーを務めることとなる。

速星玲奈(はやほしれいな):呉羽と同期で、「キャリアソウル」に入社した新卒社員。入社前より転職コンサルタントとして活躍する自信に溢れ、日本一のコンサルタントになることを目指している。呉羽と同じく第一営業部に配属される。

岩瀬ほのか(いわせほのか):呉羽と同期の「キャリアソウル」の新卒社員。あか抜けない感じが残るが明るい性格の持ち主。呉羽と同じく第一営業部に配属される。

小矢部一生(おやべいっせい):以前はメーカーで勤務していた転職コンサルタント。4年間第一営業部でエンジニアを中心とした人材紹介をしている。細身で長身の体躯が特徴。

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