第3話 Apply
文字数 1,399文字
名古屋の港湾部の埋立地に所在する大規模展示場に、リクルートスーツ姿の学生たちが列をなしている。彼らと同じく、昨年まではめったに着る機会のなかったスーツという服装を、これから頻繁に着ることになるのだと思うと、なんだか違う世界に足を踏み入れた気がする。呉羽はそんなことを思いながら、展示場の入り口で入館受付を済ませた。
展示場内は整然と配置された参加企業のブースが、会場の奥までびっしりと並んでいる。ブースの大きさは企業によりけりだ。CMでよく名前を聞く有名企業のブースになると、企業ロゴが煌めくLEDのネオンサインが設置され、入り口では参加した学生に渡される粗品を持った女性社員が待ち構えている。ブースの中では、爽やかな出で立ちで弁が立ちそうな若手の人事担当者が、自社の主力商品や組織文化の特徴が映し出された大型ディスプレイの前で熱弁をふるっていた。80席程度用意された会場は参加した学生たちで満席で、なかなかの盛況のようである。
一方で、小さめのブースを構えた会社だと、人事役の社員が1、2名だけ参加しているところも多い。ある会社では、長机の奥で50歳代くらいの男性がパイプ椅子にもたれて座っていたが、至って眠たそうにも見えた。設置された長机には自社製品と思しき金属部品とパンフレットが置かれていたが、あまり学生も来ていないのか、パンフレットは山積みのままだった。会場の入り口からは一番向こう側の場所で、その手前には大手企業のブースも数か所あることを考えると、注目度の面で少しかわいそうに思えた。
会場があまりにも広いので、呉羽は一通りどんな会社があるのかと思い、会場をざっと見廻ったうえで、ブースに立ち寄る会社をいくつか決めていくことにした。通りがかりのあちこちでは、会社の説明会をちょうど実施しているブースもあり、説明役をこなす人事担当者の威勢の良い声が聞こえてくる。「当社は創業以来黒字継続中!」「売上は過去5年で5倍!」「従業員数も3倍になりました!」などと、自社のアピールを必死にしているベンチャー企業もよく目立つ。
だが、いまひとつ強くそそられる会社が見つからない。「任された仕事や責任をやり切れる自分になる」という、自分視点で漠然とした想いはある。だが当然かもしれないが、ブースの雰囲気や社員の佇まいを見るだけでそういった望みが叶えられる会社かどうかははっきり分からない。そう考えると、どんな会社のブースを覗けばいいのか、歩きながら分からなくなっていた。
そんな時である。
「どんな会社に行けばいいかなんて、分からないのが普通だと思います」
まさに自分の心境を言い当てた声が、近くのブースから聞こえてきた。
「そんな方々に、ご自身の実力が発揮でき、望む働き方が叶い、将来の理想の姿が目指せる会社があることをお知らせする。そして、そこで働くチャンスまでも提供できるのが我々の仕事です」
ブースに設けられた舞台から、演説のように語りかけるその男性は、さらに続ける。
「私たちは、お客様である求職をしている方々に対してベストの会社を提案し、そして求人をしている企業様に対しても、ベストな人材をApply("紹介")します。どちらのお客様にも全力を尽くし、私たちの責任を果たしきるまで動き続ける。そんな会社です」
呉羽はその声が聞こえてきたブースに、引き寄せられるように歩いていった。
(つづく)
展示場内は整然と配置された参加企業のブースが、会場の奥までびっしりと並んでいる。ブースの大きさは企業によりけりだ。CMでよく名前を聞く有名企業のブースになると、企業ロゴが煌めくLEDのネオンサインが設置され、入り口では参加した学生に渡される粗品を持った女性社員が待ち構えている。ブースの中では、爽やかな出で立ちで弁が立ちそうな若手の人事担当者が、自社の主力商品や組織文化の特徴が映し出された大型ディスプレイの前で熱弁をふるっていた。80席程度用意された会場は参加した学生たちで満席で、なかなかの盛況のようである。
一方で、小さめのブースを構えた会社だと、人事役の社員が1、2名だけ参加しているところも多い。ある会社では、長机の奥で50歳代くらいの男性がパイプ椅子にもたれて座っていたが、至って眠たそうにも見えた。設置された長机には自社製品と思しき金属部品とパンフレットが置かれていたが、あまり学生も来ていないのか、パンフレットは山積みのままだった。会場の入り口からは一番向こう側の場所で、その手前には大手企業のブースも数か所あることを考えると、注目度の面で少しかわいそうに思えた。
会場があまりにも広いので、呉羽は一通りどんな会社があるのかと思い、会場をざっと見廻ったうえで、ブースに立ち寄る会社をいくつか決めていくことにした。通りがかりのあちこちでは、会社の説明会をちょうど実施しているブースもあり、説明役をこなす人事担当者の威勢の良い声が聞こえてくる。「当社は創業以来黒字継続中!」「売上は過去5年で5倍!」「従業員数も3倍になりました!」などと、自社のアピールを必死にしているベンチャー企業もよく目立つ。
だが、いまひとつ強くそそられる会社が見つからない。「任された仕事や責任をやり切れる自分になる」という、自分視点で漠然とした想いはある。だが当然かもしれないが、ブースの雰囲気や社員の佇まいを見るだけでそういった望みが叶えられる会社かどうかははっきり分からない。そう考えると、どんな会社のブースを覗けばいいのか、歩きながら分からなくなっていた。
そんな時である。
「どんな会社に行けばいいかなんて、分からないのが普通だと思います」
まさに自分の心境を言い当てた声が、近くのブースから聞こえてきた。
「そんな方々に、ご自身の実力が発揮でき、望む働き方が叶い、将来の理想の姿が目指せる会社があることをお知らせする。そして、そこで働くチャンスまでも提供できるのが我々の仕事です」
ブースに設けられた舞台から、演説のように語りかけるその男性は、さらに続ける。
「私たちは、お客様である求職をしている方々に対してベストの会社を提案し、そして求人をしている企業様に対しても、ベストな人材をApply("紹介")します。どちらのお客様にも全力を尽くし、私たちの責任を果たしきるまで動き続ける。そんな会社です」
呉羽はその声が聞こえてきたブースに、引き寄せられるように歩いていった。
(つづく)