第35話 波乱の予感
文字数 2,548文字
井波を瞬光工業に紹介してからは、選考はスムーズに進んでいった。
メールで瞬光工業に井波を紹介した日の午後には、面接をしたいとの返信が呉羽に届いた。瞬光工業が提示した面接の候補日を井波に伝えるやいなや、どの日も参加可能との返信も届いた。一次面接は紹介日の二週間後に行われ、面接の雰囲気も良かったため、その場で小杉を含む面接官たちは次回の選考に進んでもらいたいとの申し出までした。最終的には小泉社長の二次面接実施の承認を得てからではあったが、その仮定のもとで今度は井波から希望日の提案がなされた。面接官たちは今回の面接で仕事を休んだばかりの井波が、二度も面接の予定をすぐに調整できるのかと少し不安になったそうだ。だが、井波は気にせず調整して下さい、難しい場合は小泉社長の都合を知らせてもらえたらその日に必ず参加しますと伝えていた。あとで呉羽が電話で井波に一次面接の感想を訊いたところによると、今の仕事は有給休暇がとても取りやすい為、自分のスケジュールの調整は楽にできるそうだ。併せて、井波は「良くも悪くも忙しくなるような仕事自体が生まれてこない会社なので」と、電話越しに苦笑しながら伝えた。
結果的に井波の希望した日時で、一次面接の二週間後で小泉社長との二次面接が組まれることとなった。面接日時の連絡を井波に連絡して電話を切ると、「次こそは前回の面接のリベンジになればいいね」と、候補者探しに協力してきた小矢部が呉羽に声を掛けた。無論、呉羽自身もそうであって欲しいと考えていた。一方で、この選考がうまくいかなければ、もうこの案件を進めることは難しいのではないかという懸念もあった。前回の訪問時に、候補者として当てはまるキャリアソウルの登録者は、データベースの中から探し尽くしたという実感があったからだ。今後、新たに候補者となりそうな求職者がキャリアソウルに登録されるのがいつになるのか、その見通しは難しい。それが故に、呉羽の中で今回は何とか良い結果が生まれてほしいという切実な気持ちが、面接日が近づくにつれて大きくなっていった。
その二次面接が行われる日の二日前。キャリアソウルの第一営業部はめでたい空気が生まれていた。
本年の新卒社員の第一号として、速星が初成約を達成したのだ。入社後に自ら営業電話を架け、取引口座を開設した化学メーカーから営業職の求人を獲得し、そこに40歳の別の化学メーカーの営業経験者を紹介した。選考が進むとお互い意気投合したようで、企業への紹介から二回の面接、さらに採用通知まで二週間で終えるという、選考スピードが速い案件だった。
速星は今回求人を出した企業から、採用内容と頂戴する紹介手数料について確認した旨の返信メールを受け取ると、それを印刷して、上司の石動のもとに持ち寄る。石動は立ち上がり、第一営業部全体に声を張り上げて伝える。
「速星さんが初成約を達成しました。新卒社員第一号です!」
それを聞いた第一営業部の他のメンバーも、立ち上がって大きな拍手で速星を称える。同じフロアにいる別の営業部や総務部門の社員も、つられて拍手をしていた。速星は第一営業部もメンバーに向き合って答える。
「ありがとうございます。先輩方からたくさんの励ましを頂きながら、こうやって初成約を挙げることができました。今回成約したお客様からは、別の求人も頂いています。これにとどまらず、もっと成約を重ねて十分な信頼を得られるよう努めていきますので、よろしくお願いします」
速星の謝意の言葉にもう一度拍手が上がった後、第一営業部メンバー一同は着座し、各々の仕事に戻る。速星もすぐに平然とした表情で席に戻るとすぐに電話を掛けようとしている。初成約に浮かれるところのない速星を見て、呉羽は改めて感心し、一呼吸して自分も新規顧客開拓のための架電企業リストを手元に置いたところ、小矢部が声を掛ける。
「残念だったな。初成約、速星に先を越されて。まあでも、呉羽にもすぐチャンスが来てるから、今度こそよい結果になればいいな」
小矢部の言葉に、呉羽は引き締まった表情で答える。
「そうですね。じきに瞬光工業の二次面接が待っていますから。今度こそうまくいったら、続けてどこかの顧客で二件目の成約も挙げていけるよう準備します。ここは速星に負けてられません」
そのために、まずは手持ちの求人数を増やしたい。そう想い、呉羽はその日の終業時間近くまで営業電話を架け続けていた。
そして瞬光工業の二次面接の当日。面接開始から1時間後。キャリアソウルに電話が架かる。きたかも、と思って呉羽が素早く電話を取る。まさしく、瞬光工業の小杉からの電話だった。
「瞬光工業の小杉と申します。呉羽様はいらっしゃいますか」
「私です。お世話になっております。あ、本日は面接を実施頂きありがとうございました」
「ええ、その件で電話いたしました。本日の面接ですが、結論を申し上げると井波様に採用内定を出そうと思っています」
「本当ですか!ありがとうございます」
思わず呉羽は声を上げる。その嬉しさがにじみ出た表情を見たマネージャーの石動、そして小矢部が笑みを浮かべる。
「井波様の価値観や経験、人柄については社長もお気に召したようです。ですから、これから採用内定通知書を作りますので、まずは一報入れさせていただきました」
「ありがとうございます。後で井波様にも連絡を取ってみますが、喜ばれると思います」
「ただ・・・ですね」
その小杉のトーンの低い声を聞いて、呉羽は眉を顰める。
「ちょっと、社長が呉羽様に言いたいことがあるらしいので、すぐに当社に来て頂けないですか」
「と、おっしゃいますと」
「呉羽様に文句を言いたいそうで。社長は、今日か明日は会社におりますので。できれば今すぐにでも」
「では、すぐに伺います」
強い不安を覚えたまま小杉との電話を終えると、石動に電話の内容を報告し、すぐに飛び出すようにオフィスを出て、瞬光工業に向かった。
(井波様にも面接の感想を聞かないとな・・・)
そう思い、キャリアソウルの最寄りの駅に向かう道中で井波に電話を掛ける。電話はすぐに本人に繋がり、面接の感想を聞いた。そこで、小泉社長の言っていた「文句」が何に関するものなのか、呉羽は察することができた。
(つづく)
メールで瞬光工業に井波を紹介した日の午後には、面接をしたいとの返信が呉羽に届いた。瞬光工業が提示した面接の候補日を井波に伝えるやいなや、どの日も参加可能との返信も届いた。一次面接は紹介日の二週間後に行われ、面接の雰囲気も良かったため、その場で小杉を含む面接官たちは次回の選考に進んでもらいたいとの申し出までした。最終的には小泉社長の二次面接実施の承認を得てからではあったが、その仮定のもとで今度は井波から希望日の提案がなされた。面接官たちは今回の面接で仕事を休んだばかりの井波が、二度も面接の予定をすぐに調整できるのかと少し不安になったそうだ。だが、井波は気にせず調整して下さい、難しい場合は小泉社長の都合を知らせてもらえたらその日に必ず参加しますと伝えていた。あとで呉羽が電話で井波に一次面接の感想を訊いたところによると、今の仕事は有給休暇がとても取りやすい為、自分のスケジュールの調整は楽にできるそうだ。併せて、井波は「良くも悪くも忙しくなるような仕事自体が生まれてこない会社なので」と、電話越しに苦笑しながら伝えた。
結果的に井波の希望した日時で、一次面接の二週間後で小泉社長との二次面接が組まれることとなった。面接日時の連絡を井波に連絡して電話を切ると、「次こそは前回の面接のリベンジになればいいね」と、候補者探しに協力してきた小矢部が呉羽に声を掛けた。無論、呉羽自身もそうであって欲しいと考えていた。一方で、この選考がうまくいかなければ、もうこの案件を進めることは難しいのではないかという懸念もあった。前回の訪問時に、候補者として当てはまるキャリアソウルの登録者は、データベースの中から探し尽くしたという実感があったからだ。今後、新たに候補者となりそうな求職者がキャリアソウルに登録されるのがいつになるのか、その見通しは難しい。それが故に、呉羽の中で今回は何とか良い結果が生まれてほしいという切実な気持ちが、面接日が近づくにつれて大きくなっていった。
その二次面接が行われる日の二日前。キャリアソウルの第一営業部はめでたい空気が生まれていた。
本年の新卒社員の第一号として、速星が初成約を達成したのだ。入社後に自ら営業電話を架け、取引口座を開設した化学メーカーから営業職の求人を獲得し、そこに40歳の別の化学メーカーの営業経験者を紹介した。選考が進むとお互い意気投合したようで、企業への紹介から二回の面接、さらに採用通知まで二週間で終えるという、選考スピードが速い案件だった。
速星は今回求人を出した企業から、採用内容と頂戴する紹介手数料について確認した旨の返信メールを受け取ると、それを印刷して、上司の石動のもとに持ち寄る。石動は立ち上がり、第一営業部全体に声を張り上げて伝える。
「速星さんが初成約を達成しました。新卒社員第一号です!」
それを聞いた第一営業部の他のメンバーも、立ち上がって大きな拍手で速星を称える。同じフロアにいる別の営業部や総務部門の社員も、つられて拍手をしていた。速星は第一営業部もメンバーに向き合って答える。
「ありがとうございます。先輩方からたくさんの励ましを頂きながら、こうやって初成約を挙げることができました。今回成約したお客様からは、別の求人も頂いています。これにとどまらず、もっと成約を重ねて十分な信頼を得られるよう努めていきますので、よろしくお願いします」
速星の謝意の言葉にもう一度拍手が上がった後、第一営業部メンバー一同は着座し、各々の仕事に戻る。速星もすぐに平然とした表情で席に戻るとすぐに電話を掛けようとしている。初成約に浮かれるところのない速星を見て、呉羽は改めて感心し、一呼吸して自分も新規顧客開拓のための架電企業リストを手元に置いたところ、小矢部が声を掛ける。
「残念だったな。初成約、速星に先を越されて。まあでも、呉羽にもすぐチャンスが来てるから、今度こそよい結果になればいいな」
小矢部の言葉に、呉羽は引き締まった表情で答える。
「そうですね。じきに瞬光工業の二次面接が待っていますから。今度こそうまくいったら、続けてどこかの顧客で二件目の成約も挙げていけるよう準備します。ここは速星に負けてられません」
そのために、まずは手持ちの求人数を増やしたい。そう想い、呉羽はその日の終業時間近くまで営業電話を架け続けていた。
そして瞬光工業の二次面接の当日。面接開始から1時間後。キャリアソウルに電話が架かる。きたかも、と思って呉羽が素早く電話を取る。まさしく、瞬光工業の小杉からの電話だった。
「瞬光工業の小杉と申します。呉羽様はいらっしゃいますか」
「私です。お世話になっております。あ、本日は面接を実施頂きありがとうございました」
「ええ、その件で電話いたしました。本日の面接ですが、結論を申し上げると井波様に採用内定を出そうと思っています」
「本当ですか!ありがとうございます」
思わず呉羽は声を上げる。その嬉しさがにじみ出た表情を見たマネージャーの石動、そして小矢部が笑みを浮かべる。
「井波様の価値観や経験、人柄については社長もお気に召したようです。ですから、これから採用内定通知書を作りますので、まずは一報入れさせていただきました」
「ありがとうございます。後で井波様にも連絡を取ってみますが、喜ばれると思います」
「ただ・・・ですね」
その小杉のトーンの低い声を聞いて、呉羽は眉を顰める。
「ちょっと、社長が呉羽様に言いたいことがあるらしいので、すぐに当社に来て頂けないですか」
「と、おっしゃいますと」
「呉羽様に文句を言いたいそうで。社長は、今日か明日は会社におりますので。できれば今すぐにでも」
「では、すぐに伺います」
強い不安を覚えたまま小杉との電話を終えると、石動に電話の内容を報告し、すぐに飛び出すようにオフィスを出て、瞬光工業に向かった。
(井波様にも面接の感想を聞かないとな・・・)
そう思い、キャリアソウルの最寄りの駅に向かう道中で井波に電話を掛ける。電話はすぐに本人に繋がり、面接の感想を聞いた。そこで、小泉社長の言っていた「文句」が何に関するものなのか、呉羽は察することができた。
(つづく)