第37話 新卒社員の本分
文字数 1,435文字
その日、キャリアソウルの就業時間も終わりを迎えた頃に呉羽は帰社した。
第一営業部の中には、すでにパソコンをシャットダウンし、帰り支度をしようとしている者がいる。一方で、忙しい転職希望者にどうしても会いたいため、その人の自宅の最寄り駅近くにある喫茶店を面談場所にして、仕事帰りの転職希望者に会いに行く者もいる。
定時きっかりで仕事を終えたり、定時を終えてからがその日のメインの仕事を迎えたりと、コンサルタントたちの一日の動きは千差万別だ。
そして、マネージャーの石動は手に缶コーヒーを片手にパソコン画面を見ている。そこに、帰社してきた呉羽が歩を進める。
「おお、お疲れ様。どうだった」
石動の問いに、呉羽は先ほどの訪問内容を報告する。話の内容が進むにつれて表情が曇っていく呉羽に、石動は顔をあげて言う。
「社長に、今回は『たまたま』だって言われたのか」
「はい。そのようにあっさり言われてしまいました」
「それはそうだろう。君はまだ社会人になったばかりの人間で、コンサルタントのスキルも知識もほとんど得ていない。ましてや、今回の様にお客様から怒られたにもかかわらずの成約だ。ある意味、そう感じられてしまうのも自然なことだ」
押し黙る呉羽を見て、一度缶コーヒーを手に取って飲んだ後、石動は椅子から立ち上がって言う。
「だが何もしなければ、その『たまたま』だって起こらない。たくさんの会社に営業の電話を架け、訪問をし、時間をかけて候補者を探したのは君だ。そこは無駄にはならなかっただろ?」
「はい」
「ボクシングに例えると、君は一生懸命に相手に向けてパンチを繰り出している。相手との間合いや繰り出すタイミングの感覚がつかめないから、なかなか当たらない。だが、何度も何度もパンチを出していけば、いつかは当たるだろう。それがラッキーパンチだったとしてもだ」
「確かに、そうかもしれません」
「だから、まずはここまで動き続けた自分を褒めてみなさい。今は、な」
「はい、今回はそう思うことにします」
「そして、まだ仕事は終わっていないだろう。早く井波様に採用が決まったお話を差し上げなさい。しっかりゴールまで進めていこう。井波様と話せたら、すぐに私に報告してくれ」
「かしこまりました」
2日後、井波は瞬光工業からの採用内定に対し、入社を承諾した。その日中に、瞬光工業に対してこの採用に関する紹介手数料などの合意確認が行われた。呉羽は合意確認が完了したことを石動に報告すると、石動は第一営業部のメンバーに向けて伝えた。
「呉羽君が初成約となった。みんな祝ってあげてくれ」
メンバーたちは立ち上がり、呉羽に拍手を送る。呉羽は少し照れながら答える。
「皆様ありがとうございます。皆さまに色々教えて頂けたことで、なんとか初成約を決めることができました。今回お客様からは『たまたま』と言われてしまいましたが、これからは『呉羽だからこそ採用できた』と言われる案件を作っていけるよう、レベルアップしていきたいと思います。よろしくお願いします」
再度メンバーは呉羽に拍手を送り、すぐに一斉に着座する。呉羽は席に戻り、再びパソコンをつけると、新着メールが1通届いていた。瞬光工業の小杉部長からだった。呉羽は内容を確認する。
「また、別の人材を探しているのですが、また一度、当社に来て頂けないでしょうか」
このメールを見て、呉羽は新しいプレッシャーを感じるとともに、ちょっぴり嬉しい気持ちが湧き上がってきたのだった。
(第一章 おわり 第二章につづく)
第一営業部の中には、すでにパソコンをシャットダウンし、帰り支度をしようとしている者がいる。一方で、忙しい転職希望者にどうしても会いたいため、その人の自宅の最寄り駅近くにある喫茶店を面談場所にして、仕事帰りの転職希望者に会いに行く者もいる。
定時きっかりで仕事を終えたり、定時を終えてからがその日のメインの仕事を迎えたりと、コンサルタントたちの一日の動きは千差万別だ。
そして、マネージャーの石動は手に缶コーヒーを片手にパソコン画面を見ている。そこに、帰社してきた呉羽が歩を進める。
「おお、お疲れ様。どうだった」
石動の問いに、呉羽は先ほどの訪問内容を報告する。話の内容が進むにつれて表情が曇っていく呉羽に、石動は顔をあげて言う。
「社長に、今回は『たまたま』だって言われたのか」
「はい。そのようにあっさり言われてしまいました」
「それはそうだろう。君はまだ社会人になったばかりの人間で、コンサルタントのスキルも知識もほとんど得ていない。ましてや、今回の様にお客様から怒られたにもかかわらずの成約だ。ある意味、そう感じられてしまうのも自然なことだ」
押し黙る呉羽を見て、一度缶コーヒーを手に取って飲んだ後、石動は椅子から立ち上がって言う。
「だが何もしなければ、その『たまたま』だって起こらない。たくさんの会社に営業の電話を架け、訪問をし、時間をかけて候補者を探したのは君だ。そこは無駄にはならなかっただろ?」
「はい」
「ボクシングに例えると、君は一生懸命に相手に向けてパンチを繰り出している。相手との間合いや繰り出すタイミングの感覚がつかめないから、なかなか当たらない。だが、何度も何度もパンチを出していけば、いつかは当たるだろう。それがラッキーパンチだったとしてもだ」
「確かに、そうかもしれません」
「だから、まずはここまで動き続けた自分を褒めてみなさい。今は、な」
「はい、今回はそう思うことにします」
「そして、まだ仕事は終わっていないだろう。早く井波様に採用が決まったお話を差し上げなさい。しっかりゴールまで進めていこう。井波様と話せたら、すぐに私に報告してくれ」
「かしこまりました」
2日後、井波は瞬光工業からの採用内定に対し、入社を承諾した。その日中に、瞬光工業に対してこの採用に関する紹介手数料などの合意確認が行われた。呉羽は合意確認が完了したことを石動に報告すると、石動は第一営業部のメンバーに向けて伝えた。
「呉羽君が初成約となった。みんな祝ってあげてくれ」
メンバーたちは立ち上がり、呉羽に拍手を送る。呉羽は少し照れながら答える。
「皆様ありがとうございます。皆さまに色々教えて頂けたことで、なんとか初成約を決めることができました。今回お客様からは『たまたま』と言われてしまいましたが、これからは『呉羽だからこそ採用できた』と言われる案件を作っていけるよう、レベルアップしていきたいと思います。よろしくお願いします」
再度メンバーは呉羽に拍手を送り、すぐに一斉に着座する。呉羽は席に戻り、再びパソコンをつけると、新着メールが1通届いていた。瞬光工業の小杉部長からだった。呉羽は内容を確認する。
「また、別の人材を探しているのですが、また一度、当社に来て頂けないでしょうか」
このメールを見て、呉羽は新しいプレッシャーを感じるとともに、ちょっぴり嬉しい気持ちが湧き上がってきたのだった。
(第一章 おわり 第二章につづく)