第18話 期待と自信

文字数 1,936文字

小杉は申込書の内容をまじまじと見つめる。

「当社のサービスのご利用に当たって発生する料金について、説明差し上げます。まず当社のサービスは紹介差し上げた方を採用頂き、その方が入社された時点で紹介料を頂戴する、完全成功報酬型のシステムです」

呉羽の人材紹介手数料に関する説明に、小杉は無言で頷きながら聞き入っている様子だ。これは人材紹介のメリットを伝える話だ。候補者の紹介においては顧客は費用は達成しない。掲載時点で広告料が発生し、それでいて希望の人材が応募してくるかは分からない求人広告とは違うところだ。
そして次に話すのが、紹介手数料の算出方法である。小杉の頷き終えるタイミングで呉羽が切り出す。

「そしてご採用頂いた際に頂戴する紹介手数料ですが、採用された方に提示頂いた年収の30%を頂戴しております。この年収というのは、基本給と昨年度実績値に基づく賞与支給額、および家族手当や住居手当といった、毎月固定の金額が支給される手当の年間総額となります。時間外手当のような、毎月の支給額が変動しうるものは含まないこととなっています」
「つまり、だいたいのケースでいえば残業代を除いた年収が400万円なら120万円、500万円なら150万円が紹介手数料になるというわけやな」
「その通りでございます」

就職するまでは時給1000円に満たないアルバイトでしか収入を得たことがない呉羽だったが、一仕事で発生する売上が100万円を超えるということに馴染みのないこともあって、自分で顧客に提案しているのにも関わらず、結構高いサービスだなと思ってしまった。相手は理解いただけているだろうか、そんなことを考えて小杉を見ると、先ほどと同じような微笑を浮かべている。ただ、どことなく眼光が鋭さを増しているようにも見えた。
小杉はふぅ、と小さなため息をついて口を開く。

「実は昔、一度転職エージェントを使ったことがあってな。今あんたが言ってもらった話は、そんときに使っていたエージェントのシステムとほとんど同じや」
「一度エージェントを使っておられたのですか」
「そんときは、その会社の若い担当者が初めてうちに訪問して、絶対いい人を紹介します、頑張りますって言って、威勢の良い感じやったから期待したんやけど、その後は音沙汰無しだ。まあ確かに、そのときはなかなか見つからんような人材を探していたから、私のその担当者に無理なお願いをしとったかもしれんがね」
「・・・何も連絡がないのは、寂しいですね」
「やからな、契約してお金がかからんのはええんやが、私らもいつも暇なわけやないんや、そんな中でなんとか時間を作って、いろいろ当社のことを説明したのに何の返事もないんやったら、あの時間は何の意味があったんやと思うわけや」
「仰る通りだと思います」

声のトーンが徐々に低く、ゆっくりとなりながら小杉が言葉を発するにつれて、呉羽は場の空気が重くなるのを感じる。小杉が転職エージェントの会社に対して、そこまで信頼を置いていないようだ。ならば、これからどうやれば小杉に信頼してもらえるだろうか。呉羽はそう逡巡して、一瞬無言の時間が流れる。その後、小杉が切り出す。

「そういうことがあったもんでね、あなたの会社はさっき言ったような人材を確実に紹介してくれるのかな」
「できます」
「ちなみに、あなたの中で紹介できそうな人材はもう思い浮かんでいるのかな」
「いえ、これから探します」
「急いでいるのだが、いつくらいまでに紹介できそうかな」
「それは・・・」

呉羽は言葉に詰まる。初めての商談で、なんとしてでも期待に応えたい、やるしかないという想いはあるつもりだ。だが、やれるという根拠は何なのか。いつまでに小杉の要望に応えられるのか。
呉羽は言葉に詰まる。再び少しばかり沈黙したのち、絞り出して答える。

「はっきりとは言えませんが、頑張ってなるべく早くご紹介します」
「なるべく早く?まあ、いつになるかはっきりわからんということやな」
「確実なことをお伝え出来ず、申し訳ありません」

呉羽は頭を下げる。それを見て小杉は言う。

「ふふ、あんた、根は正直そうやな」
「すいません、でも何とか紹介したいという気持ちはございます」
「まあええか、すぐにはお金はかからん話やし、私としてはぼちぼち期待して待っておきたい」
「それでは」
「念のため、いったん申込書は当社の社長に話を通してからにしてくれんかな。問題なければ記入して、郵送で御社に返送する」
「ありがとうございます」
「ああ、あとせっかくやから、当社の工場設備を見てみますか。候補者を探すときの参考にしてくれたらうれしい」
「本当に、よろしいのですか」
「ええよ。うちのモノづくりの流れを、『キューポラ』の技術を見てほしい」

(つづく)

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登場人物紹介

呉羽隆二(くれはりゅうじ):転職エージェント「キャリアソウル」の新卒社員。地方大学のバスケ部に所属し、完全燃焼しきれない気持ちを抱えたまま就職活動を開始。就職説明会で出会ったキャリアソウルの人事マネージャー、石動の言葉に惹かれ、採用選考に応募、無事合格し入社することとなる。

石動利樹(いするぎとしき):「キャリアソウル」で人事部マネージャーを務めていた男性社員。人材紹介への想いは強く、社会や世界が変える影響力のあるサービスだと考えている。呉羽たち新入社員が入社した際、人事異動により呉羽が所属する第一営業部のマネージャーを務めることとなる。

速星玲奈(はやほしれいな):呉羽と同期で、「キャリアソウル」に入社した新卒社員。入社前より転職コンサルタントとして活躍する自信に溢れ、日本一のコンサルタントになることを目指している。呉羽と同じく第一営業部に配属される。

岩瀬ほのか(いわせほのか):呉羽と同期の「キャリアソウル」の新卒社員。あか抜けない感じが残るが明るい性格の持ち主。呉羽と同じく第一営業部に配属される。

小矢部一生(おやべいっせい):以前はメーカーで勤務していた転職コンサルタント。4年間第一営業部でエンジニアを中心とした人材紹介をしている。細身で長身の体躯が特徴。

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