第26話 美人社長現る
文字数 1,570文字
上市が参加した瞬光工業の二次面接から一週間後。呉羽は石動を連れ、再度タクシーで瞬光工業に向かった。前回来たときは、街路樹の桜並木は満開の時だったが、今やどの桜も完全に花が散っている。一方で、道端の生垣で鮮やかに咲いているツツジが目立っている。
入社したてで、真っ新な気持ちでいた前回の訪問。だが呉羽が初めて手掛けた瞬光工業の案件が結末を迎えたとき、仕事を前に進めること、そして成功させる難しさを知った。そしてその困難を何とかしようと、今日は上司と同行する。呉羽は自分が少しずつビジネスマンらしいことをするようになっているなと、タクシーの座席に深く体を預けながら考えていた。
タクシーが瞬光工業の前に到着する。先に石動がタクシーを降り、呉羽が運賃の支払いをしてからタクシーを出る。
呉羽が石動を連れて工場の入り口に入る直前、石動はその手前にある銅像に目をやる。
「これは、創業者の銅像かな。実に歴史の長いメーカーらしいな」
ところどころに青錆びた部分があり、建てられてから大分時間が経っていることが伺える。顔の細部まで緻密に彫られた銅像の下部には、「瞬光工業 創業者 大泉隆」の名前が刻まれている。
「この創業者の方から数えて、今の社長は4代目だということだな」
「小杉様はそうおっしゃってました」
「それで上市様の話によれば、今の社長はすごくお若い方だと」
「そうらしいです」
「いつ頃社長に就任されたとか、聞いているか」
「それは伺っておりません」
石動は呉羽の返事を聞いて、無言で頷く。頷き終えたときに笑みを見せる。呉羽から見て、石動が今回の訪問を楽しそうにしているように思えた。
「ではいこうか」
石動はそう合図して呉羽に先導させ、工場の入り口にある鉄骨階段を上がり、二階の事務所へと入る。呉羽が入り口近くにいる事務員の女性に挨拶をすると、それに気づいたように奥にいた小杉が椅子から立ち上がり、呉羽のところに歩み寄る。
「ああ、またよくお越し頂いた。どうぞこちらへ」
小杉は事務所からいったん通路に出て、呉羽と石動を誘導しながら、間もなく「社長室」の看板が張り出された部屋の前へと案内する。
小杉がドアをノックし、ドアを開く。
「失礼します、社長。お伝えしておりましたキャリアソウルの方々がお越しになりました」
「ああ、もうそんな時間かあ。よいしょっと」
現れたのは、茶色に明るく染められた長髪の女性。作業服を着ているので分かりづらいのだが、立ち上がると長身ですらっとした印象がある。目力も強く、凛とした雰囲気を漂わせる美女だった。
彼女は作業服から名刺を取り出し、石動の前に歩み寄る。
「キャリアソウルの石動です。本日はよろしくお願いします」
「瞬光工業の社長の大泉です。よろしく」
続けて呉羽が名刺を交換しようとする。
「キャリアソウルの呉羽です。よろしくお願いいたします」
「瞬光工業の社長の大泉です。ああ、君が呉羽さんね。じゃあ、そこのソファーに座って。小杉さん、お茶は頼んである?」
「先ほど事務の者に頼みました。じきに来ると思います」
「そう。もうちょいね。じゃあ小杉さんも座って」
大泉に促され、対面で呉羽と石動はソファーに腰掛ける。連れて小杉も座る。
「あの、先日は上市様の面接を実施頂きましてありがとうございました。その後、面接の結果としては採用は難しいというお話を伺ったのですが」
まずはお礼をと思い、呉羽が話を切り出したのだが、大泉はあっさりと返事する。
「ああ、こないだあった人ね。確かにナイスガイな感じだったけど、私が希望する人じゃないわ」
「希望する人ではないと仰いますと、ではどんな方をお求めなのでしょう」
「私の好みのタイプの人よ」
呉羽は思わず訝しそうな表情を見せた。脳裏に疑問が浮かぶ。
自然な質問だったと思うが、自分は恋愛対象を聞いてしまったのだろうか?と。
(つづく)
入社したてで、真っ新な気持ちでいた前回の訪問。だが呉羽が初めて手掛けた瞬光工業の案件が結末を迎えたとき、仕事を前に進めること、そして成功させる難しさを知った。そしてその困難を何とかしようと、今日は上司と同行する。呉羽は自分が少しずつビジネスマンらしいことをするようになっているなと、タクシーの座席に深く体を預けながら考えていた。
タクシーが瞬光工業の前に到着する。先に石動がタクシーを降り、呉羽が運賃の支払いをしてからタクシーを出る。
呉羽が石動を連れて工場の入り口に入る直前、石動はその手前にある銅像に目をやる。
「これは、創業者の銅像かな。実に歴史の長いメーカーらしいな」
ところどころに青錆びた部分があり、建てられてから大分時間が経っていることが伺える。顔の細部まで緻密に彫られた銅像の下部には、「瞬光工業 創業者 大泉隆」の名前が刻まれている。
「この創業者の方から数えて、今の社長は4代目だということだな」
「小杉様はそうおっしゃってました」
「それで上市様の話によれば、今の社長はすごくお若い方だと」
「そうらしいです」
「いつ頃社長に就任されたとか、聞いているか」
「それは伺っておりません」
石動は呉羽の返事を聞いて、無言で頷く。頷き終えたときに笑みを見せる。呉羽から見て、石動が今回の訪問を楽しそうにしているように思えた。
「ではいこうか」
石動はそう合図して呉羽に先導させ、工場の入り口にある鉄骨階段を上がり、二階の事務所へと入る。呉羽が入り口近くにいる事務員の女性に挨拶をすると、それに気づいたように奥にいた小杉が椅子から立ち上がり、呉羽のところに歩み寄る。
「ああ、またよくお越し頂いた。どうぞこちらへ」
小杉は事務所からいったん通路に出て、呉羽と石動を誘導しながら、間もなく「社長室」の看板が張り出された部屋の前へと案内する。
小杉がドアをノックし、ドアを開く。
「失礼します、社長。お伝えしておりましたキャリアソウルの方々がお越しになりました」
「ああ、もうそんな時間かあ。よいしょっと」
現れたのは、茶色に明るく染められた長髪の女性。作業服を着ているので分かりづらいのだが、立ち上がると長身ですらっとした印象がある。目力も強く、凛とした雰囲気を漂わせる美女だった。
彼女は作業服から名刺を取り出し、石動の前に歩み寄る。
「キャリアソウルの石動です。本日はよろしくお願いします」
「瞬光工業の社長の大泉です。よろしく」
続けて呉羽が名刺を交換しようとする。
「キャリアソウルの呉羽です。よろしくお願いいたします」
「瞬光工業の社長の大泉です。ああ、君が呉羽さんね。じゃあ、そこのソファーに座って。小杉さん、お茶は頼んである?」
「先ほど事務の者に頼みました。じきに来ると思います」
「そう。もうちょいね。じゃあ小杉さんも座って」
大泉に促され、対面で呉羽と石動はソファーに腰掛ける。連れて小杉も座る。
「あの、先日は上市様の面接を実施頂きましてありがとうございました。その後、面接の結果としては採用は難しいというお話を伺ったのですが」
まずはお礼をと思い、呉羽が話を切り出したのだが、大泉はあっさりと返事する。
「ああ、こないだあった人ね。確かにナイスガイな感じだったけど、私が希望する人じゃないわ」
「希望する人ではないと仰いますと、ではどんな方をお求めなのでしょう」
「私の好みのタイプの人よ」
呉羽は思わず訝しそうな表情を見せた。脳裏に疑問が浮かぶ。
自然な質問だったと思うが、自分は恋愛対象を聞いてしまったのだろうか?と。
(つづく)