第28話 ヒント探し
文字数 1,921文字
失礼します、という声が聞こえた後、瞬光工業の女性社員が部屋に入り、持ってきた煎茶が入った湯呑を机の周りの4名に配る。全員が女性社員に礼を伝えた後、一口だけお茶を飲む。
石動には、瞬光工業の、そして小泉社長の欲しい人材像が少しずつ見えてきているらしい。呉羽は少しの間、石動の表情を静かに見つめる。石動が小泉に訊いたのは、会社の強みの一点。そこからどのように欲しい人材像の解釈に繋げているのだろう。
呉羽自身も黙考していると、石動が再び口を開く。
「しかし、小泉社長はそんな歴史もあり、この地域のモノづくりをけん引されてきた御社を先代から引き継がれたわけですね。えー、おそらくこれまで他のお客様からも同じようなことを質問された機会があったかと思いますが、小泉社長はいつ社長に就任されたのですか?」
石動の質問に、小泉は少しあきれ顔になる。いかにもその質問は聞き飽きたという様子ながら返事をする。
「2年前よ。私の父が他界してね。そこで、まったく違う分野で仕事をしていた私が会社を継ぐことになった」
「それまではどんなお仕事をされていたのですか」
「大手の出版社で、編集の仕事をしていたわ」
「本当にまったく違うお仕事ですね。そこから業種も会社の規模も大きく異なる御社を引き継いだのですから、相当苦労されたのではないでしょうか」
「言わずもがな、ね。モノづくりの経験ゼロの私が、いきなり親の会社を引き継ぐことになったのだから」
石動は小泉の気持ちに同意するように数度頷き、再びお茶を一口飲んだ後話す。
「改めて、この横にいる呉羽が小泉社長のご期待に沿える人材を紹介差し上げられるように尽力いたしますので、よろしくお願いします。ちなみにですが、先日呉羽に小杉様から紹介頂いた、そこのショーケースにある商品ですが、私も観させて頂いてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
4人は立ち上がり、ショーケースの近くに集まる。先日と同じような流れで、今度は石動に向けて小杉がショーケースに展示されている製品の用途や販売された時期などについて説明する。石動はそれぞれの製品の精巧な作りに感心しつつ、それぞれの商品について開発に至ったきっかけや、生産時に苦労したことなどを聞いていく。最下段に置かれているフライパンの紹介に話題が移った時は、小泉がその売れ行きやユーザーの評判について語り続けた。その話に感心した様子を見せながら、石動が話す。
「本当に様々な商品をお作りになるのですね。これも鋳造の技術を使いこなせている御社だからこそなせる業ですね。特にフライパンのお話には興味を持ちました。ちなみに、その横にはホーロー鍋もありますが、社長、これはいつごろ販売されたのでしょうか」
「1年半前くらいかな。私がこんなものあったらおもしろいねというアイデアを集めていたら、ウチの新しいモノ好きの技術者が試しに作ってみたいって言ってね。作ってみたら、なかなか煮物やカレーとかがおいしくできる鍋になったの。今は一部のホームセンターだけで売られているけれど、そのうち通販で売ることも考えているわ」
石動は瞬光工業の製品の多彩さに感心した様子で相槌を打つ。その後に、今説明されたホーロー鍋の横にある、まだ何も置かれていないスペースに目をやる。
「呉羽から聞いておりますが、ここにまた新たな御社の代表製品を置いていきたいという想いが、小泉社長に募ってらっしゃるんですよね」
石動の言葉に、小泉は笑みを見せる。横にいた呉羽は小泉の顔を眺める。石動と同様に、何も置かれていないそのスペースを見つめる小泉の目はいっそう鋭くなったように見えた。
「小泉社長、本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。改めてお求めの人材を探して参ります。その途中経過も呉羽よりお伝えいたします。よろしくお願いします」
石動は訪問の最後でこう言って、呉羽と共に小泉に向けて礼をする。
「呉羽さん、よろしく頼むわ。とりあえず期待しているから」
小泉はこう返事をして、奥にある社長席に戻っていく。その他の3人は社長室を出て、事務所まで来たところで小杉が見送りの挨拶をする。
「ではまた連絡をお待ちしてます」
「小杉様、本日はありがとうございました。しっかりと人材をお探しし、見つかり次第ご連絡いたします」
呉羽もこう返事を返したあと、二階から階段を下り、工場を出る。呉羽は気になっていたことを石動に尋ねる。
「石動さん、小泉社長の求める人材がなんとなくわかったとのことでしたが、それって一体…」
石動は先ほどまで座り続けたためか、固くなった身体をほぐそうと背伸びしながら答える。
「ああ、なんとなくな。あとは、あのフライパンとホーロー鍋がヒントかもしれない」
(つづく)
石動には、瞬光工業の、そして小泉社長の欲しい人材像が少しずつ見えてきているらしい。呉羽は少しの間、石動の表情を静かに見つめる。石動が小泉に訊いたのは、会社の強みの一点。そこからどのように欲しい人材像の解釈に繋げているのだろう。
呉羽自身も黙考していると、石動が再び口を開く。
「しかし、小泉社長はそんな歴史もあり、この地域のモノづくりをけん引されてきた御社を先代から引き継がれたわけですね。えー、おそらくこれまで他のお客様からも同じようなことを質問された機会があったかと思いますが、小泉社長はいつ社長に就任されたのですか?」
石動の質問に、小泉は少しあきれ顔になる。いかにもその質問は聞き飽きたという様子ながら返事をする。
「2年前よ。私の父が他界してね。そこで、まったく違う分野で仕事をしていた私が会社を継ぐことになった」
「それまではどんなお仕事をされていたのですか」
「大手の出版社で、編集の仕事をしていたわ」
「本当にまったく違うお仕事ですね。そこから業種も会社の規模も大きく異なる御社を引き継いだのですから、相当苦労されたのではないでしょうか」
「言わずもがな、ね。モノづくりの経験ゼロの私が、いきなり親の会社を引き継ぐことになったのだから」
石動は小泉の気持ちに同意するように数度頷き、再びお茶を一口飲んだ後話す。
「改めて、この横にいる呉羽が小泉社長のご期待に沿える人材を紹介差し上げられるように尽力いたしますので、よろしくお願いします。ちなみにですが、先日呉羽に小杉様から紹介頂いた、そこのショーケースにある商品ですが、私も観させて頂いてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
4人は立ち上がり、ショーケースの近くに集まる。先日と同じような流れで、今度は石動に向けて小杉がショーケースに展示されている製品の用途や販売された時期などについて説明する。石動はそれぞれの製品の精巧な作りに感心しつつ、それぞれの商品について開発に至ったきっかけや、生産時に苦労したことなどを聞いていく。最下段に置かれているフライパンの紹介に話題が移った時は、小泉がその売れ行きやユーザーの評判について語り続けた。その話に感心した様子を見せながら、石動が話す。
「本当に様々な商品をお作りになるのですね。これも鋳造の技術を使いこなせている御社だからこそなせる業ですね。特にフライパンのお話には興味を持ちました。ちなみに、その横にはホーロー鍋もありますが、社長、これはいつごろ販売されたのでしょうか」
「1年半前くらいかな。私がこんなものあったらおもしろいねというアイデアを集めていたら、ウチの新しいモノ好きの技術者が試しに作ってみたいって言ってね。作ってみたら、なかなか煮物やカレーとかがおいしくできる鍋になったの。今は一部のホームセンターだけで売られているけれど、そのうち通販で売ることも考えているわ」
石動は瞬光工業の製品の多彩さに感心した様子で相槌を打つ。その後に、今説明されたホーロー鍋の横にある、まだ何も置かれていないスペースに目をやる。
「呉羽から聞いておりますが、ここにまた新たな御社の代表製品を置いていきたいという想いが、小泉社長に募ってらっしゃるんですよね」
石動の言葉に、小泉は笑みを見せる。横にいた呉羽は小泉の顔を眺める。石動と同様に、何も置かれていないそのスペースを見つめる小泉の目はいっそう鋭くなったように見えた。
「小泉社長、本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。改めてお求めの人材を探して参ります。その途中経過も呉羽よりお伝えいたします。よろしくお願いします」
石動は訪問の最後でこう言って、呉羽と共に小泉に向けて礼をする。
「呉羽さん、よろしく頼むわ。とりあえず期待しているから」
小泉はこう返事をして、奥にある社長席に戻っていく。その他の3人は社長室を出て、事務所まで来たところで小杉が見送りの挨拶をする。
「ではまた連絡をお待ちしてます」
「小杉様、本日はありがとうございました。しっかりと人材をお探しし、見つかり次第ご連絡いたします」
呉羽もこう返事を返したあと、二階から階段を下り、工場を出る。呉羽は気になっていたことを石動に尋ねる。
「石動さん、小泉社長の求める人材がなんとなくわかったとのことでしたが、それって一体…」
石動は先ほどまで座り続けたためか、固くなった身体をほぐそうと背伸びしながら答える。
「ああ、なんとなくな。あとは、あのフライパンとホーロー鍋がヒントかもしれない」
(つづく)