第56話 殺(や)りたい

文字数 1,164文字

 物理的な邪魔が入った。
 否、賢人と翡翠が総合病院の精神科で出逢ってからの出来事はすべて観念的なものなどでなく物理的に生身の体と精神とカネと労力を惜しまずに注ぎ込んできた事実そのものなのだが、神の絵と新たに身近に加わった地獄・極楽の絵という真の事実を示す王道を離れた姑息な物理的な邪魔が入った。

 賢人と翡翠の人格を考慮したら最も効果的な攻撃対象。

 Miro Nagashima が公開ストーキングされ、殺害予告が拡散された。
 神の絵と地獄の絵を燃さないとMiro Nagashimaの四肢を切断して便壺に沈めて殺す、と。

「賢人。悪鬼神が勝って得する連中って誰だろ」
「・・・カルト。テロリスト。汚職の政治家。理念なき経営者。自堕落な生活を好む輩。いじめや虐待をする卑怯者。カネだけが欲しい亡者ども」

 賢人は悪業の具体例を列挙しながらなあんだと思い当たった。そして翡翠に追加回答した。

「今言った全員、既に悪鬼神さ」
「ねえ賢人。母方の祖母が柞原八幡宮で誓った『世界平和』」
「うん」
「本気で『世界平和』って言ってみんな同調してくれるかな」
「するさ。全員ではないだろうが、目の曇りが少ないひとたち・・・白目が青いぐらいに新鮮な精神のひとたちならな」
「わたしは長島を死なせたくない。美人だから嫉妬はあるけど」
「嫉妬してたのか」
「賢人が彼女を好きにならないか、ってね。ははっ」
「好ましいとは思っても愛する対象にはならない」
「どうして」
「翡翠がいるから」

 本来なら長島本人が警察に通報すべきだろうが彼女は既にクライアントから受けた絵の製作旅行のために台湾に出発してしまっていた。当然殺害予告がSNSで拡散されており彼女自身それに怯えているだろうと思っていたら賢人と翡翠とが共有している神の絵に絡むLINEグループに着信があった。

長島:賢人さん、翡翠さん。絶対に絵を燃しちゃ駄目です。わたしは大丈夫ですから

 翡翠はその一文を見た瞬間に立ち上がって神の絵の前に行き、ひれ伏して祝詞を上げ始めた。
 そしてこれまでにはやらなかったことをやった。
 翡翠に自動口述をさせる、おそらくは複数の『霊魂』たちに向かって願いというよりは命令の言葉を唱え始めた。

「神の絵を護り伝えし当家先祖代々の諸精霊ならびに有縁無縁の各諸精霊に申し奉る。Miro Nagashimaに危害を加えんとする者の生命を直ちに奪い尽くし給え。何卒、何卒、畏み畏み申すーっ!」

 それは翡翠の声であり祝詞ではあったが、つまり、殺せ、という呪いの言葉ではないのかと賢人は思わず止めようとした。だが、翡翠は儀式を終えてしまっていた。
 15分後、スマホのネットニュースに速報が流れた。

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