第47話 乏しい

文字数 1,568文字

 強制休暇から開けて子会社に出勤するとそのまま電話が入り親会社に呼び出された。相手は先般の総務課長だった。

「監査で指摘事項があったんです。連絡は受けてないですか」
「休暇中は連絡を遮断するようにという検査官からの指示でしたので」
「はい。では。指摘事項があり措置が取られることになりました。それだけまずお伝えします」

 咄嗟に賢人は翡翠と一緒に顧客を回って督促をしていたことを思い出した。今まで顧客の誰も『その女はなんだ』と言い出さなかったことが不思議だったなと人ごとのように思っていたところ総務課長は別の名前を出した。

「金本さんです」
「え。金本さんが何か」
「顧客の個人情報を不適切な方法で取得していました。それを使って督促を行い回収の成績を上げていました」
「まさか」
「事実です。ただ逆神さん。貴方が出向する以前の話です。二年前、金本さんが回収実績が上がらずにいた時、顧客のSNSアカウントを周辺者から聞き出してその発信情報を元に勤務先や通院している病院なんかへ督促しに行っていたようですね」
「・・・そうですか」
「それで、逆神さん。貴方の会社は清算します」
「え」
「親会社である私たちとしては不祥事に対応するコストと貴社の業務をなくすことを比較衡量すればそういう結論になるんです」
「会社が無くなったら社員さんたちは」
「解雇ですね。雇用契約も経営に関する重大な変動があった場合は解雇できるという条項が盛り込まれてますよね。それで、逆神さん。貴方はどうされます? 親会社に戻りますか?」
「・・・いいえ。辞めます」

 賢人は自ら社長として整備した就業規則に従って4人の社員たちの日割りの給与計算を行った。退職金の制度はなく、数万円だけ渡し4人を解雇した。賢人自らの役員報酬は最後の月については清算費用のために収支マイナスとなり収入は何もないままに取締役を辞任した。清算人には総務課長が選任された。

「翡翠。クビになった」
「社長なのに? ははっ」
「正確に言うと辞任だが」
「失業保険は?」
「名ばかりとはいえ会社役員だからな。もらえない。貯金とバイトでしばらく繋ぐ」
「ご両親には?」
「電話で伝えた。父親から怒鳴りつけられた」
「そっか。なんのバイトするつもり?」
「飲食店だろうな。求人の多さからいうと」
「社長でも使ってくれるところないかな」
「翡翠。翡翠ならわかるだろう。そういう人間が一番無用だということを」
「うん」

 社会人になってから一番金を使ったのが翡翠との国内巡業とベトナム行きでそれにしても数十万の範囲で収まっており賢人は預金もそれなりに持っていたので実際に1年ぐらいなら今のマンションで家賃を払い続けながら翡翠との生活を維持できるだろう。だが、収入が途絶えるということの心細さをこの歳になって初めて知る賢人は翡翠が家族を瞬時に失った後は収入だけでなくあらゆる人生設計を描くのが困難であっただろうことを思いやって自分の甘さに気付いた。

 そしてそれはその夜、外食としては最後の晩餐にしようと賢人と翡翠が入ったファミレスで起こった。

「・・・翡翠。この店の照明、ちょっと変わってるな」
「そう?」
「えらく暗いのに青い光だけ強いぞ」
「青くなんかないよ。どうしたの?」
「ごめん。なんだろ。翡翠。後ろに人がいるだろう? なんであんなに背が高いんだ?」
「賢人・・・その人の髪の色は?」
「青、かな? もしかしたら白髪に青い光だからかな。なんなんだろうな。 顔も、顔色が悪いというよりブルーの照明に照り返って本当に青いな」
「賢人。帰ろう」

 翡翠は重たい目を手の平で押さえてつぶやきつづける賢人の代わりに会計を済ませ、腋を支えるようにして店を出た。
 翡翠は大体の推測はしており早くマンションの神の絵の前に戻らないといけないと強く感じた。

 賢人が見ているのは、多分、青鬼だった。
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