第14話 凛々しい

文字数 1,518文字

 ホテルでも常夜灯として部屋の灯は消さなかった。ただ押入れのような隔離された就寝スペースはないので翡翠は神の絵にひれ伏して詫びた後で賢人と翡翠がそれぞれのベッドに入ることの許可を得たようだった。50cmほどの間隔を経た隣のベッドに下着だけをパジャマにして横たわる翡翠に賢人は話しかけた。

「足はやや性的かもしれないが手ならばどうだろうか」
「賢人が性的に興奮するかどうかだね」
「一昨夜まではそうだった。でも昨夜からは違う」
「どう違うの?」
「翡翠を人間として愛している」
「ははっ。じゃあその前は性的なオモチャとして見てたんだ」
「否定はしない」

 すっ、と翡翠は右腕をくるまったシーツから出してきた。肩口まで肌が露出されているということはTシャツも着ていないということだ。そして翡翠は上の下着を持っていない。少なくとも上半身は裸で薄っぺらなシーツに体躯のラインを露わにしてくるまっているということだ。

 賢人は左手の親指と人差し指と薬指で翡翠の右手の小指を摘みさすった。

「触れてもいいか?」
「どこに」
「傷に」

 翡翠は言葉では答えずに腕の位置をずらし、賢人が手を動かさないままに手首を賢人の5本の指が形づくる腕輪のような部分に差し入れた。賢人は親指の腹で翡翠のぷっくらした血の線を触れるか触れないかの数ミクロンの隙間を残すような感触で愛撫した。

「あ・・・」

 思わず声が喉の奥の方から漏れた翡翠はやや厳しいオクターブで賢人を制止した。

「その触り方はダメ。2人とも死んでしまう」
「じゃあこれは」

 賢人は不満足だったがきちんと翡翠の肌に接触し続けるような撫で方をした。常夜灯で眩しいのに賢人は眠りに落ちそうになる自分が不思議だった。

「どう?」
「どうって・・・」
「落ち着く?」
「ああ・・・すごく」

 賢人は赤子の頃に母親の手首をこうして弄っていたのではないかという夢想に浸りながら、うつの症状が出ないのではないかと思うぐらいに安らかに寝入って行った。

 2人は目を覚まし、賢人は翡翠がやはり白のワイシャツと脱色した白いジーンズで祝詞を上げるのを見ながら歯を磨き、自分も翡翠の後に柏手と礼をし、絵を抱えてチェックアウトした。

 少し離れたホテル指定の駐車場に絵を抱えて歩いて行く途中で中古らしい発電機の音とそこから出た電源ケーブルでまるで白昼の太陽のような明るさの電灯で照らし出された極彩色の衣装を着た集団がいた。

「獅子舞だ」

 翡翠はそう呟いて立ち止まった。
 どうやら夜通し街を練り歩いて壮年の打ち手が叩く激しい太鼓のビートと少女たちが放課後に練習した横笛とハイハットのようなリンに合わせて激しく追撃する獅子を天狗が舞いながら迎撃する。刀、槍、鎖鎌や鎖分銅といった武器まで使用して。

 そして一夜の激戦の最後のクライマックス、獅子殺しの場面のようだ。

 獅子と天狗。
 両者満身創痍の状態で太鼓もスロー、少女たちの横笛もゆるやかに最後の気力と気力だけの戦闘となり、グロッキーの獅子にトドメを刺そうとしている。

 見ると天狗役はまだ小学生の男の子だった。翡翠が不意に感嘆の声を上げる。

「ヒョーゥ!」

 それを合図にした訳では決してないのだろうが、再び太鼓が最速のビートを刻み、少女たちが横笛から

を照明にキラキラ散らしながら掠れるぐらいの指のタップで吹き、獅子も最後の息吹で天狗に襲いかかる。

「ヤーッ!!」

 少年がテニスやバドミントンの世界ランカーのフットワークよりも速い華麗なターンとステップからクルクルと頭上高く片手で回した槍を両手に持ち直して、獅子頭の上に電光石火で切りつけたその瞬間、

 照明が落ちた。

 そして氏子衆がイヨホー! と鬨の声を上げ、祭りのフィナーレを飾った。
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