第27話 ひもじい

文字数 1,197文字

 罪に問われることはないのだろう。
 いきなり襲いかかってきた猿から身を守るために防御し、結果的に死なせてしまっただけなのだから。
 仮に人間が相手だったとしても過剰防衛のきらいはあろうが、自身の命を守るための正当防衛が認められるだろう。

 ただ、あれだけの騒ぎを起こし、重要な観光資源である『ボス猿』を殺してしまった。

「翡翠! 行くぞ!」
「ん? ああ、そうだね。ははっ」

 死んだボス猿をほったらかしにして人間の群れと猿の群れを除けながら車に戻り、すぐさま山を下りた。
 普通なら猿山の管理者に対してや場合によっては警察を呼んでの事情説明ぐらいはするのが真っ当な人間だろうが、神の絵や翡翠が未成年であること等、できれば他人との接触を賢人は避けたかった。

「賢人、動画がアップされてるよ」

 翡翠がスマホをタップした。賢人が横目で確認すると、既にSNSで拡散されている、翡翠が猿を殺す動画を自ら鑑賞していた。

「ははっ」

 完全に翡翠の顔が晒されてしまっている。また、翡翠の季節外れな肌の露出と、一定水準はクリアしているであろう顔の造形と眼帯・包帯も拡散を加速するだろう。警察からは問われなくても、群衆から指名手配されているのと同じだ。

「賢人。朝ごはん食べようよ」
「あ、ああ。じゃあ、俺がコンビニで買ってくる」
「えー。せめてファミレスでスープぐらい飲みたいよー」
「ずっと俯いていられるか?」

 いずれホテルなどで顔を晒すことは避けられない。賢人は試しにファミレスで検証しようとした。

「朝定食おまたせしました」

 店員はクリアした。
 だが。

『あ、あれ。包帯と眼帯。この子だろ?』

 窓際テーブルの男子高校生がスマホと翡翠を見比べながらヒソヒソと囁いている。

「翡翠、眼帯と包帯、外しておきなよ」
「え。いいの? 賢人、嫌じゃない?」
「しょうがないだろ」

 だが、逆効果だった。
 高校生がトイレへ行くふりをして賢人たちのテーブルを通り過ぎて翡翠をチラ見した後、こんなことをまた囁いた。

『おい、コメント付きでリツイートだ』
『ああ。「ボス猿殺しの女の子はリスカで片目碧眼』

 実際は碧眼でなく灰色(グレー)なのだが、こんな風にデマや誤報が広まるんだなと賢人は覚めた思考をし、翡翠を促した。

「出るぞ」
「え。まだ炭水化物を摂ってない」
「コンビニでおにぎり買ってやるから」

 ファミレスを出て一番近いコンビニに着き、賢人ひとりで入ろうとして振り返ると車に何人も人が近寄ってきているのが分かった。
 そこで賢人はようやく気づいた。

 車そのものも拡散されている、と。

「飯すら食えないのか」

 賢人はどこか周囲の目を感じなくてもよい場所で食料を調達したかった。カーナビで検索するとひとつだけ候補となりそうな店が上がってきた。
 個人営業の食品スーパーのようだ。
 距離を見ると50kmと表示されている。多少遠いのは構わないが、店名がややひっかかった。

『食のさかがみ』
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