第29話 生命の薔薇石のこと

文字数 441文字

 はるか昔、不輝城の最初の名前がつくよりも、その主塔の最初の石が積まれるよりももっと前、その揺籃たる湖と丘がまだ人の口で呼ばれていたころのこと。かの地には、女神が姿を変えた岩があったそうだ。
 女神が湖のほとりに座り、髪を梳いていた時、それを見ていた彗星がいたずらに湖へ飛び込んだ。すると水面に映っていた姿が醜くゆがみ、見るに堪えないほどになった。目が汚れたことに傷ついた女神は、泣きながら洞窟に隠れ、岩になってしまった。そのことに驚いた彗星は、自らの尾を切って、その血と光を女神の岩にふりかけたが、とうとう女神が元に戻ることはなかったそうだ。
 生命の薔薇石と呼ばれたとおり、春のあけぼのの色をしたその美しい岩は、雨風の当たらぬ洞窟の中にたたずんでいた。風の日には淡く透きとおり、雨の日には白く霧を帯び、よく晴れた日にはその足元に水がしみ出して、乾くと白い結晶を生じた。それは甘い塩であり、エヒルンのひれの傷を癒した霊薬にも使われた天上の砂であり、人々に子を与える宝の石だったという。
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