第22話 真珠母の手鎌のこと

文字数 1,110文字

 不輝城において、城主の屋根の下で起きた盗みの償いは、城主に求めることができる。
 ある朝、主だったひとびとが首の広間に集まって、軽食をつまんだり、スカシワタの実をつめた夏用クッションに埋もれて談話を楽しんだりしている時に、客人の一人が、部屋にあった時祷書が無くなったと訴えたそうだ。
 本人の証言によれば、その本は表紙にモレースの白ゾウの革を使い、ふちを飾る銀線細工は露置くクモの巣のごとく繊細で、数々の宝石と真珠がちりばめてあった。見返しはつややかな黒曜箔に、銀泥で聖なるゾラの花を描き、綴じてある皮紙は生後半年以内の仔羊だけが使われていた。本文をエテンエテンの自ら燃える木の煤と膠からなる特別な黒インクでしたため、彩色には貴重なミギマキタカラムシや紫石も使う、たいへん贅沢な本だったという。
 彼女がそのような美しい本を持っていたことは、たしかに証言する者があり、客人までが手分けして三日城中を探しても、どこからも見つからなかったので、城主は彼女のために新しい時祷書を拵えることになった。
 さて、掌鍵司があらゆる鍵を出してきて、眠っていた宝飾品や古い貨幣が数えられ、硬玉や水晶、翡翠とともに細工師のもとへ送られた。春先に生まれた仔羊たちは順ぐりに皮を剥がれて食卓へ。白ゾウのかわりに白い天馬が屠られた。
 しかし、真珠だけはどうしても、必要なだけ揃えることができなかった。さすが、貝が砂底に積もる月光を百年かけて集めたものとも、海流に含まれる精霊の歌が濾しとられて凝ったものとも言われる宝は、不輝城といえど稀有であるらしい。
 すると城主は、どこからともなく真珠母の手鎌を持ってきて、本の持ち主である女に渡し、刈り時を迎えたオオアワの畑からそれで一束刈ってくるようにと告げた。
 言われたとおり、女が畑でアワを刈ると、その穂についた実はすべて、血の玉のような赤い真珠になったという。
 かくして本はできあがったが、女はそれを受け取らず、逃げるように城を去ったそうだ。


 はるか神代に、テュイムブラの海の乙女が息子のために造り、後にケーオの将軍プナリダが「エシレ砦のすべて」と引き換えに手に入れた七つの宝の手鎌には、真珠母もあったと伝わっている。
 エシレ砦は、現在のフルバプス・ソヴルス山群の間を抜けてスリレル細海へ出る最も平坦な道にあったという要塞だが、プナリダの取引のために、もはや誰もたどり着くことができず、南のタンから細海へ行こうとすると、必ず西のホイラープか東のオロンを通ることになる。

(訳注:ここでいう手鎌は、貝に穴をあけて紐を通し、手に固定して使う、いわゆる貝包丁のことであろう。語弊はあるが、原文の選択を尊重した。)
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