第8話 罰を受けた男のこと

文字数 724文字

 むかし、フススの酒場で奇妙な男と知り合った。何をするのも妙にのっそりで、歩けばぶつかり、食べ物を口に運ぶことすら、まるで口の位置が分からないかのように手をさ迷わせながらやる。地元の皆からウスノロと蔑まれ、どこからともなく出てきた脚に蹴られ蹴られて、身を縮こまらせて歩いていた。それが哀れで、つい呼び寄せてビールを奢ったのだった。
 さだめし事故か病気でそのようなことになったものと思ったが、尋ねてもそうとは言わなかった。べつに追求するほどのことでもないが、懐にあぶく銭があったもので、もう一杯、もう一杯と酒を飲ませて、機嫌をとって訊き込むと、男はとうとう、「不輝城の主を怒らせたのだ」と言ったのだった。
 実を言えば、なにが逆鱗に触れたのか、彼には皆目分かっていなかった。美酒と食事に舌鼓を打ちながら、ただ他の客人たちと談笑していただけだったのに、急に城主に名を呼ばれ――不輝城の主はめったに人の名を呼ばない――何やら質問を受けたという。
 難しすぎて理解できなかったものの、誰かを侮辱したと思われたようだったので、そのような意図がなかったことを懸命に説明したが、無駄だった。不輝城の主は、笑いながら、「お前に言わせると、世の真実が嘘になり、嘘が真実になるようだ。ならばいっそ、逆さの世界で生きるがいい」と言い、どうやったのか、席についたまま彼の目玉をえぐり出し、ぐるりと逆さまにして眼窩に戻した。以来、彼の世界はすべてが上下逆さまで、左右も反転していると言う。
 それを聞いて彼の目をよくよく眺めてみたものの、ふつうと違うところはないようだった。

 もしかするとこの話しは、あの男が自らの鈍さを別のなにかに負わせるために考えだした与太話であるかもしれぬ。
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