第25話 時の翁のこと

文字数 493文字

 昔は――不輝城にまつわる話はすべて過去のもので、レイ語の過去完了と偏過去完了くらい無意味に聞こえるが、とにかく、昔は――不輝城に時の翁と呼ばれる老爺がいて、その者は過去に聞いたあらゆることを、いつでもつまびらかに語ることができたそうだ。
 彼は城主と同じ館に部屋を与えられ、たいていは、浴室の隣の「歴史室」にあった古い樫の揺り椅子に座り、こまめに取り換えられる干し草とジャコウソウの足置きに素足を載せて、好奇心旺盛な子供に話を聞かせているか、誰かの話しを聞いているか、うつらうつらして過ごしていた。
 過去のことは、何でも時の翁が知っていた。二十代も前の城の主も、百年前に死んだ農夫の命日も。彼に秘密を守らせるために、「歴史室」には贈り物があふれていた。
 しかしある時、一人の子供が時の翁に、明日は何の日かと尋ねると、時の翁は不意に火をつけられたかのような悲鳴を上げ、膝の上から猫も毛皮も払い落として、靴も履かずに部屋を転び出ていった。それから二度と帰らなかった。
 その時その場にいた子らの耳には、彼の悲鳴がこびりついていて、大人になっても夜中その声にたたき起こされることがあったという。
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