第12話 ハシバミの砦の井戸のこと

文字数 503文字

 不輝城の井戸のうち、ハシバミの砦の中庭にある井戸には、幽霊が出ると言われている。
 ハシバミの砦自体が小高い丘の上に建っているので、井戸は釣瓶式の深い深いものなのだが、きちんと井戸の外に出しておいた桶が、ひとりでに井戸の底に落ちるという。
 また、ある下男の話しでは、まだ城へ来て間もない頃に、水を汲みに行くと井戸の底から声がしていて、誰か落ちてしまったものかと覗き込んで声をかけると、老人のような声が引き上げてくれと言うので、釣瓶でなんとか引き上げようとしたそうだ。
 しかし、老人一人にしてはどうも桶が重すぎて、なんとしても上げることができなかった。そこで人を呼んできて、男三人で引っ張ると、ほんの数ミンス揚げるごとに、老人が痛い痛いと泣きごとを言う。綱を引くたびに擦れているような感触もあり、なにかが井戸の壁面に引っかかっているとしか思えない。
 しかしこの井戸というのは、元がどんな大柄だろうと、一人で塞げるようなものではないのである。
 井戸を覗いても、深い闇が見返すばかり。
 男たちは汗ばんだ赤い顔を見合わせ、誰ともなしに、手にしていた綱を放した。
 ばあんと水を打つ音がして、井戸は静かになったという。
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