泡沫の立ち位置 北緯東経どこにいるのか判らない 水無月

文字数 2,735文字

 月が替わり空がぐずつき始めた。
 真夜中過ぎのアパート、自分の部屋なのに居心地が最悪。これは忍耐と寛容とが必要で自暴自棄になるのを諦めに似た想いの中で可笑しくも不可解な展開だと、受け入れれば納得できるのか。目の前に座る二人の女子学生。先月、七号館の裏で遭遇した。溜息をつかせるあの双子女子。三人が座る三角形の位置に何故か落ち着いてしまう。このまま未来永劫在り続けるような儚さに気持ちが脆くも崩れそうになる。

 この状況に至る説明をしよう。バイト先のコンビニでのことだ。週末夜のシフトは午前零時で交代する。後を任されるのは、壮年期に差し掛かるかもしれない年齢不明のたぶん男子、おそらくフリーター。寡黙が度を越して不気味な蒼白馬面だ。その長髪も悪寒に似た清涼感を誘う。問えば短く端的に答えるが、それ以上の対話は成立しない。だから引継ぎは速攻終了。将来、闇討ちしたくなるかもしれない。感情の動物となり突然意味もなく行動するかもと、よからぬ思いに絡め捕られそうになる。
 着替えて裏口から出る。入り口近くを通り過ぎようとして、何故かその夜は店内を見た。聞こえるはずがないのに、話し声が届いたからだろうか。
 「なんで……?」
 思わず声に出した。ガラス越しに見覚えがある超絶美貌女子が目に入り固まった。次の瞬間、女子の眼差しが移動した。視線が交差し蛇に睨まれた蛙よろしく立ち尽くす。これは、不味い展開だ。火急の危機を知らせる鐘が貧弱な胸に鳴る。慌てて歩き出し躓いた。転びそうになるのを踏ん張る。足元に倒れた女子が……。
 これ、ガチでヤバくマズい展開、デジャヴ。双子の片割れが弱々しく訴える。
 「踏まれました……。」
 ぐっと気持ちを堪えて深呼吸、かける言葉も探せない。ここは、見なかった気付かないとして立ち去るべき事態だ。
 「先日は、お助けいただきました。」
 倒れたまま訴える言葉に足が動かない。ええぃ、ままよっと、腹を決めて片膝をつき手を差し出す。こうなっては、とことんの演技でやり過ごさなけれは。昼間の学業と夜のバイトで心底疲れている。気持ちが折れる手前のアゲアゲ状態。
 「礼には及びません。御淑女、お名前を伺っても宜しいでしょうか。」
 「まぁ、ステキですこと。ミアと、お見知りおき下さいませ。」
 舞台じゃあるまいし、コンビニ灯りの前で歌劇団スタイルの面妖さ。
 そこに双子のもう一人が出てきた。この状況に眉一つも動かさない。胆力が座っているというよりも世間に殺意を抱いている。半端ない威圧感に金縛り、コルチゾールの分泌が振り切りそうで、戦う前に勝敗のつく敗北感。
 手を置いたままミアが言上する。
 「アミ姉さま、この御方で御座います。」
 ミッドナイトのコンビニの光りに映る美形は、怖い。二人分だから二倍怖い。
 「先日のお礼がしたいと伺う途中でした。」
 この真夜中にと、訝しげに思う。
 「探し求めて幾年も過ぎた想いです。」
 それがどうしたと、言いたくなるのを堪える。双子の圧が半端ない。
 「それと、すこしご意見を聴かせて頂きたく。」
 この強引さは、なんだ。この時間帯に非常識も甚だしい。押しの強さ以前に間合いに入る空気感がエグい。もうどうとでもなれと、アフターシンデレラタイムを左右から二人に挟まれ歩く。まるで連行されている感覚になる。知らない人が見れば立ち止るか、逃げ出すか。不可解を通り越して奇天烈な絵図らに違いない。……息苦しい。ここだけ空気が薄く感じる。それに、この甘い花の香水は鼻につく。

 双子は、姿形、仕草、服装、装飾、持ち物に至るまで同じだから質が悪い。悪意を持っているのかと勘ぐってしまう。さて、双子の話をどこまで信じればいいか。鵜呑みにするには、危険なにおいを感じる。とりあえずは話を聞くことに徹する。様子見。
 唐突に奇異な話が始まる。真夏に怪談話はあり得るだろうが、まだ少し早い。梅雨の時期は蒸し暑いから、エアコンがなければ粘つく油汗をかいて聞く羽目になる。
 「七号館は、ご存知でしょうか。」
 大学の配置図を思い浮かべて返事に屈した。七号館って、どこだったか。一号館から十三号館までの位置は朧げながら把握しているが、思い当たらない。入学して三か月で未だに足を踏み入れていない館も多い。
 「建物の存在自体が不可解なのです。誰も知らないのですから。」
 「はぁ……、誰も知らない場所を尋ねるとは、シュールですね。」
 「ステキな前時代的な表現ですね。」
 「わたしは、怪奇その他諸々超常現象に懐疑的です。」
 脈絡もなく奇々怪々な話が始まるのは、それこそシュール。距離を置いて言葉で突き放す。
 「お酒の席の戯言と聞けば楽しいでしょうね。」
 「その建物で学生が行方不明になるのです。」
 事実なら、事件だ。大学自治だと謳っても、大々的な社会問題になるだろう。噂でも入学して今日まで耳にしたことがない。双子の冷静な言葉が押してくる。
 「信じませんね。」
 「ちょっと、無理です。」
 誰も知らない校舎で学生が失踪する話は辻褄が合わない不条理な事象。何故に知っているのか。ダブルプレゼターに見えてしまう。もしやと、嫌な想像に身構え尋ねる。
 「それと、わたしにどのような関係が?」
 話は、より深く危険で摩訶不思議な展開に向かう。予感。
 「お祓いをしようと試みました。」
 「ええっと、貴女がですか。」
 「ガンジス川で沐浴して悟りを得たらしい哲人だと聞きます。」
 話が嚙み合わない。恣意的な誘導にも感じさせる。
 インドのガンジス川の沐浴する動画は有名だが。らしいと、云う又聞きの実体験ではないのなら信憑性も下がるかと、色々と思いを巡らせ警戒を強める。
 「便器を抱いて寝てしまったのです。」
 飛ぶ話は、素面だけに返事に屈する。この方向性は、細心の注意が必要だ。
 「嘔吐して、そのままに。」
 真面に話を受け取るのを躊躇させる。酔って吐くこともあるだろう。便器を抱いたまま酔いに任せて寝てしまう話を聞いたこともある。その様子を想像すると不安になる。同性の美形女子が泥酔状態で嘔吐し便器を抱き寝ている姿は呆れるが笑えない。
 「ガンジス川の景色を想像したからでしょう……。」
 誰も知らない校舎から始まる、ガンジス川の沐浴、便器を抱いて酩酊、その後も続く恐るべき噺の羅列。意味不明で脈絡のない双子の二重奏が交錯する話題に途中から意識が飛んだのかもしれない。
 双子が何時帰ったのか、記憶にない。明星の下を立ち去る双子の後ろ姿は、幻影であったのか。

 後日、隣室のケンから気持ちが緩む言葉を掛けられた。
 「どえらい別嬪さんを朝帰りさせるなんて隅に置けないな。カノジョかい?」
 このような無神経オヤジギャグは、嫌いだ。
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