その日、空が青かったから 続きを

文字数 1,995文字

 体育館での部活紹介が終わると、リオは早々に帰路についた。入学前から帰宅部を決めていた。

 堤防敷を歩いていると、後ろから同じクラスの男子が追い付いてきた。教室内でも目立つ陽気な男子だが、名前はまだ憶えていなかった。
 「歩いているのか。」
 耳障りが悪くない声音に安堵した。横に並ぶと、背が高かった。
 「部活、決めてるの?」
 「まだ。」
 「ダイト、宜しく。」
 屈託ない笑顔だからか、警戒をさせない不思議さがあった。
 「この前、クラスの女子と一緒に帰ってただろう。」
 「先週のこと?」
 「カノジョ、何もの。大人しいのに目立つね。」
 「君の方が詳しそうだけど。」
 「クオーター。帰国子女。もしかして、心は男の子。」
 リオは、何も見えていなかった。帰宅途中にたまたま出逢い話をしただけだから。あの後、教室で話すこともなかった。記憶の淵に引っ掛かるものを感じていたからだろうか。それで余計に意識して距離を置いていた。
 リオは、話の流れに乗った。
 「もしかしないでも、君のタイプ?」
 「いゃ、無理無理。カノジョ、怖そうだろう。」
 「怖い?」
 考えてもみなかった。ダイトが明るい笑顔を向けた。
 「刀なんか持ってそうだろう。」
 その妄想力は、笑えた。
 「たぶん、喧嘩強いよ。ビルキル。」
 「だったら、彼女は剣道部だな。」
 「笑える。お前、面白いな。」
 「そうかな……。」
 そう呟くリオは、面白いなんて言われた記憶がなかった。高校に近い中学の出身だったダイトから誘われた。
 「駅の近くに美味い店があるよ。」
 初めて話すダイトとの軽い会話に引き込まれたのか。その日、誘われるままに付いて行った。

 駅に近い裏通りの小さなケーキ店は、帰宅女子で賑わっていた。店の雰囲気からも人気が窺えた。座席数の少ない狭い店内に男子は、二人だけだった。リオは、女子の視線を意識してしまった。
 「……よく来るの?」
 リオは、声を潜めてしまった。ダイトの笑顔が、女子っぽく見えた。
 「甘党だからね。」
 「そうか……。」
 返事に困った。甘い食べは嫌いでないが、これ迄この系統の菓子店に入る機会もなかった。
 派手なお姉さんが注文を取りに来た。
 「ダイト、もしかして。……カレシさん。」
 その揶揄いにリオは、固まってしまった。
 「そう見えた。サラ姉。」
 「見えたよ。」
 「笑えるし。」
 二人の会話に底冷えした。ダイトの従姉だった。
 萌黄色の長髪を後ろに束ねていた。派手な化粧が目鼻立ちをより強調して、ラテンの女性に見えた。肉感的で長身が、よりそう見せていたのかもしれない。リオの少し苦手なタイプだった。自然と口が重くなる。ダイトと従姉との会話の絡みは、見ていて新鮮だったが。
 「お勧めは、本日解禁の【不安な桜色】のケーキかな。」
 「ゲッツ、哲学的。」
 「当然だよ。悪い?」
 「味、凄い?」
 「まぁね。百年越しの試作だから。」
 勧められるままに注文した。ダイトの従姉が、嬉々として奥に消えた。
 「ここのケーキ美味しいよ。サラ姉がレシピ作るんだ。」
 「店長さん?」
 「バイト。」
 奥に髭を蓄えた中年男性の店長が見えた。
 「君の従姉さん、存在感、ありすぎだよ。」
 リオは、小さく溜息を乗せた。
 「……凄そう、」
 「凄いよ。子供の頃から、違っていた。好い意味でだよ。」
 なんとなく想像できた。サラは、院生だった。大学に行かない時のバイト先だった。高校生の頃から続いている説明に納得した。
 「何を研究しているのか不明。たぶん、数学かな。よく判らないけど。」
 「理屈っぽいの。」
 「スイッチ入れば、無敵だな。」
 ダイトの説明は、分かりにくいようで想像できた。
 「サラ姉、料理の道に進むのかと思った。」
 「どんな人?」
 「活発な本好き、特技は柔術。それから……、もしかの、サラ姉のようなの気になる?」
 「感動ものだから。」
 リオの答えになっていない反応にダイトが笑った。

 プレートに食材で描かれた桜色の景色がリオを驚かせた。好い意味で味も嫌みなく感じたからだろう。ダイトが、嬉しそうに囁いた。
 「今回は、大丈夫だな。」
 「大丈夫?」
 「入試前の【この世の終わり】には、泣いたし。当てつけだよ。」
 従姉が学力優秀なのをリオは、教えられた。
 「あれが、励ましなら。嫌味だよ。」
 兄弟姉妹も従兄弟従姉もいないリオは、想像できないが微かな憧れもあった。
 ダイトは、新作を画像に取り込んだ。
 「公開するの?」
 「既に拡散してるよ。ちょっと、話題だから。」
 「従姉さん、有名人なんだ。」
 「これ以外いで、ヤバメだし。」
 ダイトが、自由過ぎる従姉を揶揄った。リオには、憧憬しているようにも聞こえた。
 「サラ姉、同棲しているんだよ。」
 「そう見えるかな、年上の人?」
 「可憐な女子。」
 リオは、返事に困り一息置いて頷いた。

 駅まで遠回りしてダイトは、リオを送ってくれた。
 
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