海からの帰還
文字数 1,979文字
転校初日の帰り道、茶目っ気がある不思議ちゃんのヒナタに後ろから声を掛けられた。転校したばかりの中学生に、その行動は犯罪に近いだろう。小学校で三度転校しているわたしは、さほど驚かないけれど。
「……やぁ、自己紹介。ここに届いたよ。」
七月の太陽に焼けた陽気な笑顔の目が眩しく輝いている。わたしは、捻くれているから。その笑顔と言葉の裏に潜む悪意を探してしまう。
「ヒナタ、よろしくね。」
負けないぐらいの笑顔で小首を傾げるわたしの得意は、人間観察。そのおかげか無視されることなく意地悪されずに今迄これた。それを武器にこれから先も目立たないように上手くやり過ごす自信はある。
天然女子のヒナタは、無防備に近付き考えないで喋るから他人に嫌われない。だから、わたしは親しく友として付き合いながらも距離を置いた。
二学期が始まる九月、登校途中でヒナタと一緒になった。
「久しぶり、だね。」
ヒナタは、夏休み前よりも陽に焼けて黒くなっていた。無邪気に笑う口元の白い歯がより際立った。寂しがり屋のヒナタは、わたしの通学路まで遠回りしてくる。
「はぃ、これお土産だよ。」
椰子の実のキーフォルダーは、好みでないけれど造形が面白かった。わたしの物悦びは、誰にも見破られたことがない。掌でお土産を転がしながら、ヒナタの旅先を想像して楽しむ。わたしは、柔らかい表情で話の先を促す。
「……海に行ったの。」
「うん、南の島。フェリー酔ったよ。揺れるし、音うるさいし。一晩だよ。最悪っ。」
予想通りの展開にわたしは、心の中でほくそ笑んだ。観光地で有名な離島の知識を引き出して推理を重ねていく。ヒナタは、夏の旅が話したくて堪らないのだろう。聞き上手なわたしの対応を待ちきれないでいる。
「お祖母ちゃんがいるんだよ。元気だから、一人でね。昔の家に住んでいるんだ。」
「田舎があるんだ。羨ましいな。」
ヒナタは、夏休みの大半を一人離島に滞在していた。
「お父さん、独りにしておけないって云うけど、あれって言い訳だよね。」
ファザコンのヒナタの家庭事情が理解できた。
「お母さん、帰りは飛行機だよ。信じられない。仕事があるからって、たぶんね。船嫌いだよ。……ところで、姫は何してたの。」
「図書館通い。」
わたしの作り話に疑いもしないヒナタに話の続きを向けた。
「男友達できたの。」
「ムリムリ、バッカばっかしだもん。……そうそう、変なことがあったんだ。砂浜に浴衣が置いててね。ちゃんとたたんでだよ。何だろう。泳ぎに来ていたのかな。」
ヒナタの観察眼は、当てにならない。周りが見えていないし、大半を見忘れているだろう。
「何時頃の話?」
「夕方かな。」
「泳ぎの人、多かった?」
「あまりいなかったかな。」
誘導尋問で引き出される事象は、信憑性が低い。情報を精査してわたしは、推理を構築していく。同じ質問を言葉を変えてヒナタの記憶を確かめた。
「たぶん……、若い人の浴衣だと思う。お母さん、あんなの着ないし。」
「わたし達が着ても似合う?」
「どうかな。ちょっと大人っぽいけど。大丈夫じゃないかな。」
「何か、近くにあった?」
「浴衣だけ……。ホラーね、不思議でしょう。」
「下駄とか、小物とかはどうだった?」
「たぶん、なかったと思う。」
人の記憶は、曖昧だ。わたしと違ってヒナタは、必要なモノだけが記憶に残るのだろう。
「あっ、そうだ。砂に足跡があったよ。」
「素足、浴衣のどのあたり。どんな形。大人、子供?」
「大人かな。」
「ヒナタより、大きかった?」
「同じぐらい。歩幅が綺麗に揃っていたよ。」
ヒナタが両手を広げて幅を示す長さで粗方は理解した。人が歩む幅をベースに考えれば、その歩幅の変化でその時々の状況が読み取れるから。
「ヒナタが歩く幅と比べれはどう?」
「少し狭かったかな。」
ヒナタは、小柄な成人女性に近い背丈があった。思い付いたのか、含み笑いしながらわたしに報告する。
「海から続いていたんだよ。」
「海に向かってじゃなくて?」
「そぅだよ。海から真っ直ぐに浴衣まで。」
「面白いな……。」
わたしは楽しくなって思わず呟いた。会話の途中で気付いたが、ヒナタの企みに乗っていた。意図を全て受け入れ訊ねた。
「撮っているでしょう。」
「もち、だよ。」
ヒナタは、SNSを活用していた。その砂浜の画像は、わたしを満足させた。
「ヒナタの写真て、すごくいいね。人気あるの分かるな。」
「褒めてよ。もっと、褒めて。」
「それで、これSNSに上げるの。ちょっと、作りすぎだと思うけど。」
「てへっ、やっぱ分かるぅ。タイトルはね【海からの帰還】パズるよ。」
「荒らされるかもね。」
ヒナタの他愛無い悪戯が許せた。ただ、画像の隅に写る影の方向が不気味だった。指摘して警告はしなかったが。
「……やぁ、自己紹介。ここに届いたよ。」
七月の太陽に焼けた陽気な笑顔の目が眩しく輝いている。わたしは、捻くれているから。その笑顔と言葉の裏に潜む悪意を探してしまう。
「ヒナタ、よろしくね。」
負けないぐらいの笑顔で小首を傾げるわたしの得意は、人間観察。そのおかげか無視されることなく意地悪されずに今迄これた。それを武器にこれから先も目立たないように上手くやり過ごす自信はある。
天然女子のヒナタは、無防備に近付き考えないで喋るから他人に嫌われない。だから、わたしは親しく友として付き合いながらも距離を置いた。
二学期が始まる九月、登校途中でヒナタと一緒になった。
「久しぶり、だね。」
ヒナタは、夏休み前よりも陽に焼けて黒くなっていた。無邪気に笑う口元の白い歯がより際立った。寂しがり屋のヒナタは、わたしの通学路まで遠回りしてくる。
「はぃ、これお土産だよ。」
椰子の実のキーフォルダーは、好みでないけれど造形が面白かった。わたしの物悦びは、誰にも見破られたことがない。掌でお土産を転がしながら、ヒナタの旅先を想像して楽しむ。わたしは、柔らかい表情で話の先を促す。
「……海に行ったの。」
「うん、南の島。フェリー酔ったよ。揺れるし、音うるさいし。一晩だよ。最悪っ。」
予想通りの展開にわたしは、心の中でほくそ笑んだ。観光地で有名な離島の知識を引き出して推理を重ねていく。ヒナタは、夏の旅が話したくて堪らないのだろう。聞き上手なわたしの対応を待ちきれないでいる。
「お祖母ちゃんがいるんだよ。元気だから、一人でね。昔の家に住んでいるんだ。」
「田舎があるんだ。羨ましいな。」
ヒナタは、夏休みの大半を一人離島に滞在していた。
「お父さん、独りにしておけないって云うけど、あれって言い訳だよね。」
ファザコンのヒナタの家庭事情が理解できた。
「お母さん、帰りは飛行機だよ。信じられない。仕事があるからって、たぶんね。船嫌いだよ。……ところで、姫は何してたの。」
「図書館通い。」
わたしの作り話に疑いもしないヒナタに話の続きを向けた。
「男友達できたの。」
「ムリムリ、バッカばっかしだもん。……そうそう、変なことがあったんだ。砂浜に浴衣が置いててね。ちゃんとたたんでだよ。何だろう。泳ぎに来ていたのかな。」
ヒナタの観察眼は、当てにならない。周りが見えていないし、大半を見忘れているだろう。
「何時頃の話?」
「夕方かな。」
「泳ぎの人、多かった?」
「あまりいなかったかな。」
誘導尋問で引き出される事象は、信憑性が低い。情報を精査してわたしは、推理を構築していく。同じ質問を言葉を変えてヒナタの記憶を確かめた。
「たぶん……、若い人の浴衣だと思う。お母さん、あんなの着ないし。」
「わたし達が着ても似合う?」
「どうかな。ちょっと大人っぽいけど。大丈夫じゃないかな。」
「何か、近くにあった?」
「浴衣だけ……。ホラーね、不思議でしょう。」
「下駄とか、小物とかはどうだった?」
「たぶん、なかったと思う。」
人の記憶は、曖昧だ。わたしと違ってヒナタは、必要なモノだけが記憶に残るのだろう。
「あっ、そうだ。砂に足跡があったよ。」
「素足、浴衣のどのあたり。どんな形。大人、子供?」
「大人かな。」
「ヒナタより、大きかった?」
「同じぐらい。歩幅が綺麗に揃っていたよ。」
ヒナタが両手を広げて幅を示す長さで粗方は理解した。人が歩む幅をベースに考えれば、その歩幅の変化でその時々の状況が読み取れるから。
「ヒナタが歩く幅と比べれはどう?」
「少し狭かったかな。」
ヒナタは、小柄な成人女性に近い背丈があった。思い付いたのか、含み笑いしながらわたしに報告する。
「海から続いていたんだよ。」
「海に向かってじゃなくて?」
「そぅだよ。海から真っ直ぐに浴衣まで。」
「面白いな……。」
わたしは楽しくなって思わず呟いた。会話の途中で気付いたが、ヒナタの企みに乗っていた。意図を全て受け入れ訊ねた。
「撮っているでしょう。」
「もち、だよ。」
ヒナタは、SNSを活用していた。その砂浜の画像は、わたしを満足させた。
「ヒナタの写真て、すごくいいね。人気あるの分かるな。」
「褒めてよ。もっと、褒めて。」
「それで、これSNSに上げるの。ちょっと、作りすぎだと思うけど。」
「てへっ、やっぱ分かるぅ。タイトルはね【海からの帰還】パズるよ。」
「荒らされるかもね。」
ヒナタの他愛無い悪戯が許せた。ただ、画像の隅に写る影の方向が不気味だった。指摘して警告はしなかったが。