泡沫の立ち位置 北緯東経どこにいるのか判らない 七夜月
文字数 2,546文字
雨が降り続く。いつ降りやむのだろうか。気持ちが折れてしまいそうになる。
講義が終われば、早々に下宿に戻る。学友と程よい距離で親睦を保つ機知は備えている。部活やサークルなるものに興味がわかない。高校生卒業まで古武術道場に通っていたから無趣味のボッチでもない。元々が人付き合いが億劫な性格でもこれまでそれで困った憶えはない。
帰宅が早い日は、バイトのシフトを入れている。最近流行りのバイ畜なるものを耳にするが、全く違う。気分転換で社会勉強で小遣い稼ぎだから優先順位は、その時々の気分で変える柔軟性を持ち合わせている。この柔軟なスタイルを父から褒められるが、母は冷たく鼻先で笑うばかりだ。
隣室のケンと廊下ですれ違う。
「今、帰りかい。頑張るな。」
何故か、この肩の力の抜けた中年独身を見ると安堵してしまう。年上好みでないけど好感が持てる。
「この雨は続くな。」
ケンは、天気がよければ仕事に出る。祝祭日関係ない就業スタイルだ。
「明日、メイド喫茶の冷やかしに行かないか。」
つい最近、遭遇したメイド女子の不可解さが思いかえった。興味好奇心が頭をもたげる。予定もない。春からの不可解な出来事続きを思えば験直しになるかと、少し弱気になるこの頃だ。
「お帰りなさいませ。ご主人様。」
迷いなく笑顔で挨拶するメイドに暗い対応。ここは、お帰りなさいませ、お嬢様だろう。店は賑わっている。異国からの旅行者らしき人物らも見える。メイドカフェは、グローバル化が進んでいるのか。この店舗がユニバース仕様なのか。
あのメイド女子がいる。再度よく観察しても年下に見える。真っ白な衣装に青白い肌は、清楚さよりも冷徹な完璧さを思わせる。他のメイドとは少し違う。指名制の店で源氏名が【玉鬘】とは、考えさせる。第一印象とかけ離れているが、それもよし。
甘党の酒飲みケンが注文する品は、この店で人気沸騰中らしいSNSで話題の【昇天パフェ】なる一品。見た目にも絶品。メイドの顔よりも大盛。
ケンが慣れたもので頼む。
「呪いかけてよ。」
「……喜んで。」
メイドが印を結び呪文を唱える。その本気度マックスの法式は、十分に引いてしまう。ケンの恍惚とした表情は優しくもあわれ。場の空気が重く停滞する感じがするのは何故だろうかと、怯える。
「……さぁ、召し上がれ。千年の穢れを招きました。」
年齢不詳メイドの無表情での冗談が本気に聞こえる。視線を向けられ尋ねられた。
「お嬢様は、いかがいたしましょうか。」
この流れは、グッヂョブ。よく判ってる。有難く辞退しようとして考え直し尋ねた。
「他のバージョンでお願いできますか。」
「……お任せで、大丈夫ですね。」
嫌な予感だが、気分的に呪いよりいいかと、受ける。メイドは、手刀の印で切り結んだ。
「……カロリーハーフに致しました。」
確かにこのパフェは、見た目以上にカロリー糖質諸々が高そうだ。このメイド、解ってるなと感心。人気がある彼女は、次のオーダーに呼ばれた。
見送るケンの幸せな表情が、いとおかし。
「彼女の呪文のかかったパフェを食うとだ。不思議に運が上向く。」
「別な意味で上がりますね。」
「言うねえ。聞いてくれるかい。」
「愚痴でなければ。」
「オヤジの愚痴も面白れえぜ。」
語りながら甘味に舌鼓を打つケンが微笑ましい。
「この歳になるとな。小さな何でもねえラッキーが、嬉しいもんだ。」
ギラギラ油滴る中年を多く知ってているだけに、稀有なオヤジか。いずれ、このような境地に達するのかと、遠い未来を考えてしまう。他人にはどうでもいいことでも、当事者には大切なことなのか。運とは、恣意的に受け入れるものなのかもしれない。とぼんやり思いながらケンの高説を賜る。
「メイドさん、どう見ても年下ですね。高校生でしょう。」
「そうも見えるが。初めて会った時と見た目が変わらん。」
「不都合がなければ、お二人の出会いをお聞きしてもいいですか。」
「問題ねえょ。もう七年になるかな。」
あまりの年数経過に絶句する。七年って、マジで考えさせられる。ケンは、嘘を語る人物でないと見ている。
「中秋の名月が綺麗な深夜だった。あまりに美しくてな、ほろ酔い気分で散歩に出た。河口の干潟に月見台があるのを知っているかい。」
詳しく知らないが、万葉の時代からの名勝らしい。
「そこに朱色の着物に黒い帯を締めた少女が立ってた。最初、月のお姫様かと思ったよ。」
ケンは、記憶を手繰り寄せるような遠い目をしている。
「今でも思い出すと、なんだろう。涙が出てくる。」
情緒不安定な中年じゃあるまいし、と同情。振り返る美貌の第一声を聞かされ絶句。
──一人では味気ないところでした。一献、お相手を。
和装美少女を相手に差しつ差されつで酒を飲みかわす話が目に浮かぶ。表現以上の景色に違いない。
「お名前は。」
「えっ、……聞いてない。」
「揶揄ってますか。」
「いゃ、すまん。今の今まで考えもしなかった。」
「じゃ、何と呼んでますか。」
「嬢ちゃんだな、」
溜息をつく。それ以外に反応のしようがない。
「齢はいってるって聞きましたけど。」
「見た目でいいんじゃない。」
「本人、何歳って云いましたか。」
「女子が本当の齢って言うかな。」
正鵠を得ている。ケンは、難しい顔で言葉が迷走気味。
「中学を出て七年になるって聞いたような。」
それが正しいと仮定して、二十二、三ってとこか。やはり年上だ。
「いや、待てよ。大家が言っていたな。幼馴染の娘とか。」
「えっ、おかしいですよね。それって。」
一階を住居にしている大家とは、春先に挨拶を一度したきりだ。見た目がお地蔵さんの好々爺。惚けているとは思いたくないが、会話が成立しそうにないからお互い笑顔で対応。状態。
「だよな。幼馴染の娘なら、どう若く見ても四、五十は、いってんだろう。」
何を信じればいいか、
「夫子供のいるって話が出ても、もう驚きませんが。」
「待て、待てよ。子供がいるって話、聞いたかな。」
マジかぁ、小出しの情報は、迷わせるばかりだ。面白く興味が深まるが、少しイラつく。
居心地が微妙なメイドカフェで過ごす時間は、新たな思索の境地を呼ぶことになった。
講義が終われば、早々に下宿に戻る。学友と程よい距離で親睦を保つ機知は備えている。部活やサークルなるものに興味がわかない。高校生卒業まで古武術道場に通っていたから無趣味のボッチでもない。元々が人付き合いが億劫な性格でもこれまでそれで困った憶えはない。
帰宅が早い日は、バイトのシフトを入れている。最近流行りのバイ畜なるものを耳にするが、全く違う。気分転換で社会勉強で小遣い稼ぎだから優先順位は、その時々の気分で変える柔軟性を持ち合わせている。この柔軟なスタイルを父から褒められるが、母は冷たく鼻先で笑うばかりだ。
隣室のケンと廊下ですれ違う。
「今、帰りかい。頑張るな。」
何故か、この肩の力の抜けた中年独身を見ると安堵してしまう。年上好みでないけど好感が持てる。
「この雨は続くな。」
ケンは、天気がよければ仕事に出る。祝祭日関係ない就業スタイルだ。
「明日、メイド喫茶の冷やかしに行かないか。」
つい最近、遭遇したメイド女子の不可解さが思いかえった。興味好奇心が頭をもたげる。予定もない。春からの不可解な出来事続きを思えば験直しになるかと、少し弱気になるこの頃だ。
「お帰りなさいませ。ご主人様。」
迷いなく笑顔で挨拶するメイドに暗い対応。ここは、お帰りなさいませ、お嬢様だろう。店は賑わっている。異国からの旅行者らしき人物らも見える。メイドカフェは、グローバル化が進んでいるのか。この店舗がユニバース仕様なのか。
あのメイド女子がいる。再度よく観察しても年下に見える。真っ白な衣装に青白い肌は、清楚さよりも冷徹な完璧さを思わせる。他のメイドとは少し違う。指名制の店で源氏名が【玉鬘】とは、考えさせる。第一印象とかけ離れているが、それもよし。
甘党の酒飲みケンが注文する品は、この店で人気沸騰中らしいSNSで話題の【昇天パフェ】なる一品。見た目にも絶品。メイドの顔よりも大盛。
ケンが慣れたもので頼む。
「呪いかけてよ。」
「……喜んで。」
メイドが印を結び呪文を唱える。その本気度マックスの法式は、十分に引いてしまう。ケンの恍惚とした表情は優しくもあわれ。場の空気が重く停滞する感じがするのは何故だろうかと、怯える。
「……さぁ、召し上がれ。千年の穢れを招きました。」
年齢不詳メイドの無表情での冗談が本気に聞こえる。視線を向けられ尋ねられた。
「お嬢様は、いかがいたしましょうか。」
この流れは、グッヂョブ。よく判ってる。有難く辞退しようとして考え直し尋ねた。
「他のバージョンでお願いできますか。」
「……お任せで、大丈夫ですね。」
嫌な予感だが、気分的に呪いよりいいかと、受ける。メイドは、手刀の印で切り結んだ。
「……カロリーハーフに致しました。」
確かにこのパフェは、見た目以上にカロリー糖質諸々が高そうだ。このメイド、解ってるなと感心。人気がある彼女は、次のオーダーに呼ばれた。
見送るケンの幸せな表情が、いとおかし。
「彼女の呪文のかかったパフェを食うとだ。不思議に運が上向く。」
「別な意味で上がりますね。」
「言うねえ。聞いてくれるかい。」
「愚痴でなければ。」
「オヤジの愚痴も面白れえぜ。」
語りながら甘味に舌鼓を打つケンが微笑ましい。
「この歳になるとな。小さな何でもねえラッキーが、嬉しいもんだ。」
ギラギラ油滴る中年を多く知ってているだけに、稀有なオヤジか。いずれ、このような境地に達するのかと、遠い未来を考えてしまう。他人にはどうでもいいことでも、当事者には大切なことなのか。運とは、恣意的に受け入れるものなのかもしれない。とぼんやり思いながらケンの高説を賜る。
「メイドさん、どう見ても年下ですね。高校生でしょう。」
「そうも見えるが。初めて会った時と見た目が変わらん。」
「不都合がなければ、お二人の出会いをお聞きしてもいいですか。」
「問題ねえょ。もう七年になるかな。」
あまりの年数経過に絶句する。七年って、マジで考えさせられる。ケンは、嘘を語る人物でないと見ている。
「中秋の名月が綺麗な深夜だった。あまりに美しくてな、ほろ酔い気分で散歩に出た。河口の干潟に月見台があるのを知っているかい。」
詳しく知らないが、万葉の時代からの名勝らしい。
「そこに朱色の着物に黒い帯を締めた少女が立ってた。最初、月のお姫様かと思ったよ。」
ケンは、記憶を手繰り寄せるような遠い目をしている。
「今でも思い出すと、なんだろう。涙が出てくる。」
情緒不安定な中年じゃあるまいし、と同情。振り返る美貌の第一声を聞かされ絶句。
──一人では味気ないところでした。一献、お相手を。
和装美少女を相手に差しつ差されつで酒を飲みかわす話が目に浮かぶ。表現以上の景色に違いない。
「お名前は。」
「えっ、……聞いてない。」
「揶揄ってますか。」
「いゃ、すまん。今の今まで考えもしなかった。」
「じゃ、何と呼んでますか。」
「嬢ちゃんだな、」
溜息をつく。それ以外に反応のしようがない。
「齢はいってるって聞きましたけど。」
「見た目でいいんじゃない。」
「本人、何歳って云いましたか。」
「女子が本当の齢って言うかな。」
正鵠を得ている。ケンは、難しい顔で言葉が迷走気味。
「中学を出て七年になるって聞いたような。」
それが正しいと仮定して、二十二、三ってとこか。やはり年上だ。
「いや、待てよ。大家が言っていたな。幼馴染の娘とか。」
「えっ、おかしいですよね。それって。」
一階を住居にしている大家とは、春先に挨拶を一度したきりだ。見た目がお地蔵さんの好々爺。惚けているとは思いたくないが、会話が成立しそうにないからお互い笑顔で対応。状態。
「だよな。幼馴染の娘なら、どう若く見ても四、五十は、いってんだろう。」
何を信じればいいか、
「夫子供のいるって話が出ても、もう驚きませんが。」
「待て、待てよ。子供がいるって話、聞いたかな。」
マジかぁ、小出しの情報は、迷わせるばかりだ。面白く興味が深まるが、少しイラつく。
居心地が微妙なメイドカフェで過ごす時間は、新たな思索の境地を呼ぶことになった。