その日、空が青かったから 僕は
文字数 2,046文字
夏がすぐ傍まで近付いていた。梅雨空は、思い出したかのように雲の切れ目から青い景色を垣間見せる。あれから色々な高校での日々が、リオを少しだけ前に進ませた。
帰り道、河川敷でサーシャが独り佇んでいた。川面に視線を向ける後ろ姿を少し離れて眺めた。物思いに耽っているのだろうか。その物憂げな様子は優しすぎて儚かった。そのままそっと見守っておきたくなる気持ちにさせた。
暫くしてサーシャが、両手を上げ背伸びをすると振りかえった。彼女の綺麗な笑顔に心を揺らがせながらリオは、距離を置いたまま目で挨拶を返した。サーシャが何か呟いた。声の伝わらない距離だったからリオは、躊躇いながら少し間を詰めた。
「……聞こえた?」
サーシャは、悪戯っ子のように瞳を輝かせながら尋ねた。リオが返答に困っていると、彼女の唇が再び動いた。その仕草を探るうちに想い出した。サーシャとの幼い日々の中での戯れ事を。
『そうだった。これって、昔もしていたな。』
そう思うと、懐かしさに嬉しくなるのを隠して応えた。
「お腹が空いたって、聞こえたけど。」
「フフフフッ……、当たりにしてあげようかな。君は、あの頃と同じだね。惚けて距離を置くでしょう。このぅ、捻くれ者め。」
サーシャの挑むような目が揶揄っていた。彼女の指先に招かれるまま傍に立つと、サーシャが伸ばす片手で学生服の胸元を引っ張られた。戸惑い警戒するリオの耳元に顔を寄せ囁いた。
「わたしの後ろ姿は、どうでしょう。」
「隙がない。」
「笑わせないでよ。」
笑顔のサーシャにリオは、言い返した。
「今日は、寝転がってないんだ。」
「君と会うつもりだったからね。」
漂う微かな若草の香りは、サーシャの母親と同じで凛とする感覚を思い起こさせた。見つめる瞳が少し揺らいでリオを試すかのように煌めいた。黒いコンタクトレンズを入れ髪を少し暗くカラーにしている真意が掴み兼ねた。
「どうして変装しているの。」
「どうしてだと思う。」
「目立ちたくないからかな。信じられないけど。」
「君を驚かせたかったから、って云えば信じてくれる。」
「昔なら、信じないかった。」
「今は?」
「どうだろう。ちょっと、信じたくなるよ。」
サーシャは、嬉しそうに明るく笑った。指先を唇にあてる仕草が幼い頃の記憶を呼び起こした。
「粋なセリフを聴かせてくれるんだ。口説いてもらおうかな。」
「まさか、僕はムリだよ。」
「……そっかな。」
重なる言葉の綾が絡んで紡いでいった。サーシャが青空を見上げて小さく笑う横顔に心が躍ったからだろう。忘れようとしたのに憶えていたのを気付かされから、サーシャの想い出し笑いの中に惹き込まれてしまう。空を見上げたままサーシャが尋ねた。
「今日のわたしは、どっちがいいかな……。」
その問い掛けは、遠く思える日々と同じだった。リオは、子供の頃のように少し考えて見せた。コンタクトレンズの奥の少し青みがかった瞳が悪戯を期待するかのように煌めいた。小学校の校庭の少し離れた場所からの景色が蘇った。秘かに憧れたブロンドの髪の母親の陰からサーシャが唇を動かしていた。何かを伝えようとしたのだろう。まるでリオを試すかのようなあの光景は眩しく繊細すぎた。その姿を想い返しながら正直に伝えた。
「転校した日は、笑顔だったね。」
「憶えているんだ。泣いた方がよかったかな。それとも、怒った姿が見たかった?」
「どうだろう。直に言葉で聞きたかったかな。」
リオの素直な気持ちに納得したのだろう。サーシャが笑顔でくるっと一回転した。
「それはね。未来に不安を見ているからでしょう。心配したって、明日は来るよ。」
わたしたちがいなくてもと、サーシャは付け加えた。顔を間際まで寄せてリオに再び囁いた。
「お別れの挨拶ができない君にお仕置き考えていたよ。ずっと、ずっと、ずっとね。」
「怖いな。」
「それと、わたしを直ぐに想い出せなかった。いけない君に反省させましょうと、思う。」
小学生の頃と変わらないのに安心したからリオは揶揄った。
「もしかして、正直者だったの。」
「さぁ……、どうでしょうかね。」
サーシャが優しい笑顔をつくった。目が潤み引き寄せる。
「君と、もう一度始めたい。」
サーシャのその言葉が持つ意味を理解できるのが可笑しかった。リオは、嬉しかったけれど素直になれずに照れてしまい言葉に迷った。
「子供の頃には、戻れないよ。」
「そっかな……。」
サーシャが、柔らかく言葉を隠した。その仕草は、幼い頃と同じ展開に向かう兆しだった。
「明日から、ここで待ち合わせしましょう。」
一緒に駅まで歩きお互いのあれからの出来事を語り合おうと、提案するサーシャにリオは断る理由もなかった。
「先ずは、君の懺悔から聞いてあげましょう。その先は、それから考えよっか。」
そう言ってサーシャは、先に歩き出した。姿勢が良く優雅に歩く後ろ姿は小学生のままだった。
巡り合えたのは、
その日、空が青かったから。
帰り道、河川敷でサーシャが独り佇んでいた。川面に視線を向ける後ろ姿を少し離れて眺めた。物思いに耽っているのだろうか。その物憂げな様子は優しすぎて儚かった。そのままそっと見守っておきたくなる気持ちにさせた。
暫くしてサーシャが、両手を上げ背伸びをすると振りかえった。彼女の綺麗な笑顔に心を揺らがせながらリオは、距離を置いたまま目で挨拶を返した。サーシャが何か呟いた。声の伝わらない距離だったからリオは、躊躇いながら少し間を詰めた。
「……聞こえた?」
サーシャは、悪戯っ子のように瞳を輝かせながら尋ねた。リオが返答に困っていると、彼女の唇が再び動いた。その仕草を探るうちに想い出した。サーシャとの幼い日々の中での戯れ事を。
『そうだった。これって、昔もしていたな。』
そう思うと、懐かしさに嬉しくなるのを隠して応えた。
「お腹が空いたって、聞こえたけど。」
「フフフフッ……、当たりにしてあげようかな。君は、あの頃と同じだね。惚けて距離を置くでしょう。このぅ、捻くれ者め。」
サーシャの挑むような目が揶揄っていた。彼女の指先に招かれるまま傍に立つと、サーシャが伸ばす片手で学生服の胸元を引っ張られた。戸惑い警戒するリオの耳元に顔を寄せ囁いた。
「わたしの後ろ姿は、どうでしょう。」
「隙がない。」
「笑わせないでよ。」
笑顔のサーシャにリオは、言い返した。
「今日は、寝転がってないんだ。」
「君と会うつもりだったからね。」
漂う微かな若草の香りは、サーシャの母親と同じで凛とする感覚を思い起こさせた。見つめる瞳が少し揺らいでリオを試すかのように煌めいた。黒いコンタクトレンズを入れ髪を少し暗くカラーにしている真意が掴み兼ねた。
「どうして変装しているの。」
「どうしてだと思う。」
「目立ちたくないからかな。信じられないけど。」
「君を驚かせたかったから、って云えば信じてくれる。」
「昔なら、信じないかった。」
「今は?」
「どうだろう。ちょっと、信じたくなるよ。」
サーシャは、嬉しそうに明るく笑った。指先を唇にあてる仕草が幼い頃の記憶を呼び起こした。
「粋なセリフを聴かせてくれるんだ。口説いてもらおうかな。」
「まさか、僕はムリだよ。」
「……そっかな。」
重なる言葉の綾が絡んで紡いでいった。サーシャが青空を見上げて小さく笑う横顔に心が躍ったからだろう。忘れようとしたのに憶えていたのを気付かされから、サーシャの想い出し笑いの中に惹き込まれてしまう。空を見上げたままサーシャが尋ねた。
「今日のわたしは、どっちがいいかな……。」
その問い掛けは、遠く思える日々と同じだった。リオは、子供の頃のように少し考えて見せた。コンタクトレンズの奥の少し青みがかった瞳が悪戯を期待するかのように煌めいた。小学校の校庭の少し離れた場所からの景色が蘇った。秘かに憧れたブロンドの髪の母親の陰からサーシャが唇を動かしていた。何かを伝えようとしたのだろう。まるでリオを試すかのようなあの光景は眩しく繊細すぎた。その姿を想い返しながら正直に伝えた。
「転校した日は、笑顔だったね。」
「憶えているんだ。泣いた方がよかったかな。それとも、怒った姿が見たかった?」
「どうだろう。直に言葉で聞きたかったかな。」
リオの素直な気持ちに納得したのだろう。サーシャが笑顔でくるっと一回転した。
「それはね。未来に不安を見ているからでしょう。心配したって、明日は来るよ。」
わたしたちがいなくてもと、サーシャは付け加えた。顔を間際まで寄せてリオに再び囁いた。
「お別れの挨拶ができない君にお仕置き考えていたよ。ずっと、ずっと、ずっとね。」
「怖いな。」
「それと、わたしを直ぐに想い出せなかった。いけない君に反省させましょうと、思う。」
小学生の頃と変わらないのに安心したからリオは揶揄った。
「もしかして、正直者だったの。」
「さぁ……、どうでしょうかね。」
サーシャが優しい笑顔をつくった。目が潤み引き寄せる。
「君と、もう一度始めたい。」
サーシャのその言葉が持つ意味を理解できるのが可笑しかった。リオは、嬉しかったけれど素直になれずに照れてしまい言葉に迷った。
「子供の頃には、戻れないよ。」
「そっかな……。」
サーシャが、柔らかく言葉を隠した。その仕草は、幼い頃と同じ展開に向かう兆しだった。
「明日から、ここで待ち合わせしましょう。」
一緒に駅まで歩きお互いのあれからの出来事を語り合おうと、提案するサーシャにリオは断る理由もなかった。
「先ずは、君の懺悔から聞いてあげましょう。その先は、それから考えよっか。」
そう言ってサーシャは、先に歩き出した。姿勢が良く優雅に歩く後ろ姿は小学生のままだった。
巡り合えたのは、
その日、空が青かったから。