初夏の近い場所で 近付き

文字数 1,561文字

 ハルからの誘いがある日は、不思議にいつも梅雨の晴れ間だ。
 複合商業施設に向かう。自転車を軽快に走らせて語る。
 「最近、明るくなったよな。」
 「えっ……。」
 ハルから指摘されても信じられなかった。
 「そうか?」
 「そうだよ。なんかあったか? 模試、爆上げしたとか。」
 「まさか。」
 「楽しそうだし。」
 「そうかな……。」
 もしかして、あの女子中学生に出逢ったから、と思ってみた。
 「おーぃ、気持ち悪いぞ。含み笑ってるし。」
 「えっ、そうかな。」
 「お互い、振り切らないでおこうな。無事に、高校に合格だ。」
 ハルは、この先も前向きだろう。少し羨ましい。
 「それでだ。入学すれば、真っ先にカノジョ探すぞ。お前も、そうしろよ。」
 「受験できれば。」
 「出来るさ。俺たち、同じぐらいだろう。」
 「君の方が、少しいいだろう。」
 「だったら、大丈夫さ。」
 少し悪ぶって見せてもハルは、人情深いのに気付かせてくれる。
  
 通り過ぎる二人の女子小学生。ハルは、視線を送り悦に入った。
 「おおっ、俺好み。どっちも可愛いな。」
 「小学生だろう。幼女趣味か。」
 「ははっ、俺たち後十年たてばだ。二十五歳だろう。あの子らも、二十歳だ。」
 「それ、拙いだろう。ストーカーだよ。」
 「気にするな。細かいことは。」
 高台の遊歩道を走りながら住宅街の向こうに広がるビル群をハルは、指差す。
 「俺たちの未来は、開けている。」
 「ホント、いい性格だよ。」
 「だろう。」

 劇場版アニメは、ハルを強く感動させたのだろう。声を震わせて宣言した。
 「アニメ監督になるぞ。」
 ハルが絵が得意なのを思いだした。
 「スノボのプロって云っていなかったか。その前は、‥‥。」
 「目標は、多い方がいいのさ。」
 陽気な性格が羨ましい。ハルのキラキラ光る思いが、少しばかり気持ちを力づけてくれる気がした。公言できる将来像に迷っているのが恥ずかしかった。漠然とかながら、このまま高校に入り大学に進学して手堅い企業に就職しそうに思える。父のような大企業は無理だろうな、と既に諦めていた。
 「お前、作文巧いじゃん。俺のアニメの台本書けよ。二人で、世界デビューだ。」
 「無理だよ。僕の文章暗いって。」
 「先生の批評なんか。気にするかよ。お前の文章は最高さ。俺は、判るぜ。エスプリを感じる。」
 「エスプリ……?、いつの時代のセリフだよ。」
 「良い言葉は、普遍だ。」
 「なんだ。哲学か。」
 「言葉は、美しい生き物だろう。……だな。我ながら最高のセリフ。」
 ハルの優しい言葉が眩しかった。

 ハルと別れた後、予定に迷った。夜の塾まで時間があった。あの街のコンビニに足が向いた。列車の中で梅雨空が戻った。駅に着くと、篠突く雨が降り出していた。最近思う。この町に来ると気持ちが落ち着く。空気の重み、今迄に覚えのない、ふっと目を閉じたくなるような匂い、そして、人恋しくなる雰囲気。すべてが、新鮮に感じる。
 同じアイスを買ってベンチで休んだ。
 そろそろ帰ろうか、考えていると、隣に男が座った。中年に差し掛かる遊び人風だった。缶チューハイを手にしていた。
 「よく降るな。」
 男の独り言に、立ちそびれた。雨の湿気が混じる煙草の匂いがした。
 「そう思うだろう。」
 男に声を向けられて困った。苦手な展開だった。少し間を置いて小さな声で言葉を返した。
 「……はぃ。」
 「だよな。こんな時は、アイスが美味い。」
 一瞬だけ盗み見た。天然パーマの髪の赤茶けたカラーが半分ぬけていた。浅黒い肌、彫の深い顔立ちで陰気な感じを受けた。アロハシャツと短パンにゴムのサンダル、どこかで見たようなラフな姿。年齢不詳に納得する。
 「俺も、ガキの頃はアイスが好きだった。今でも、食べるがな。」
 自分に語るように梅雨空を見上げながら喋った。
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