秋の空と夏の海と春の香と冬の夢と アリサ
文字数 1,858文字
気付けば、秋の空に近づいていた。
もう一度、海に出掛けようかと考えている間に。
教室は、夏の思い出でに満ちていた。
「知ってる?」
級友が持ち寄る噂話は、甘酸っぱくて怠い。今年の夏も日に焼けていなかった。
「クロエって、カレシィできたんだって。」
「知らなかった。」
「それで、だよ。ここだけの話、御泊りしたって。」
彼女の興味本位に輝く瞳がうっとおしい。話は長くなる。悪い子でないが、主語があちこち飛ぶから想像力が必要だった。話の全体像が見えてこない。
「あんなのが、タイプだったんだ。ヤバくない。」
「無理だよね。」
「だよっ、だよっ。信じられないって。」
陽気な言葉が静かに忍び寄り傷つけるのを彼女は、判っていないだろう。
予鈴が鳴った。教室の長い一日が始まる。
高台の校舎の窓から見える海が、夏の名残のように遠くで煌めいていた。
校門からの坂道、路面電車の駅までを歩く。誘われれば連れ立って帰るけど、独りが気楽だ。協調性がないのは、昔からだった。無視されないように、陰口を叩かれないように、陰険な意地悪をされないように、それだけは警戒していた。
流れゆく学生の固まりの中に、見覚えがある同級生の後ろ姿に気付いた。一か月近く前になるだろうか。お盆が過ぎた早朝の海だった。散歩の途中でその同級生が波乗りするのを見かけた。波と戯れているような無邪気な姿に足が止まった。わたしを惹きつけた。幸せそうな姿に、少しばかり嫉妬していたのか。素直な動きが波間の陽光を纏い遠く感じた。
目撃したかだろうか。話したこともない別のクラスなのに、気になった。
『わたしより背が低いかも……。』
あれこれと妄想すると口元が綻ぶ。少し長い髪。後ろ姿が、女子っぽかった。
路面電車に乗り込む様子を目の端で見送った。周りに気付かれないように。
夕食の準備を終えてシャワーを使った。あれから、同級生の波乗り姿が目に浮かんだ。何度か廊下ですれ違っただけの同級生。良くも悪くも噂を聞かない。話題にも上がらない男子だった。
「どこの中学だったかな……。」
独り迷う自分が気に掛かる。出身の中学校が分かれば切っ掛けになるかと考えてしまう。
買い物の帰り道、海岸通りに立ち寄った。波乗りする人影が多く見えた。同級生を探しているのが少しばかり可笑しかった。
「いないな……。」
知らず知らず声に出していた。零した独り言に気付き、思わず呟いた。
「ああぁ、気持ち悪いな……、わたし。」
そう思えば、同級生を日中に視かけた例がなかった。たまたま立ち寄るときに来ていないだけかもしれないが。その日も、長い海岸沿いをゆっくりと遠回りした。
「土曜日だけど、仕事が入ったの。泊まり。日曜日の夕方に戻るから。」
ママの事後報告には、慣れている。突然の話は、今に始まった事でなかった。
「そういえば、この前だけど。何か言っていた?」
ママは、思い付いた先に話す癖があった。それを聞きながらいつも心配する。会社で大丈夫なのかと。
「ベランダのサーフボードのことだけど。」
わたしは、用心深く尋ねた。古いサーフボードを物置台にしていた。今まで気にも留めなかったが、同級生の波乗りする姿を見てから気になった。
「あぁ、あれね。若い頃に使っていたの。」
「ええっ……、マジ。初めて聞いた。」
「初めて話したよ。」
「できるの。信じられない。」
「失礼な奴、」
ママの笑顔に引き込まれる。動作の機敏さを思い起こした。
「でも、今は、ちょっと無理かな。スーツ入らないと思う。」
「はぁ、そうか。なんか、わかる。」
「それも、失礼。」
ママは、機嫌がよかった。
「もしかして、やってみたい。」
「わたしの運動神経を知っていて勧めますか。」
「そうね。誰に似たの。」
揶揄われて考える。たぶん、会ったこともない父だろうかと。ボードの上の植木鉢の赤いガーベラが寂しそうに見えた。
「スーツ、どっかに置いていたかな。着てみる? 探すけど。」
ママの本気の言葉に返事が戸惑った。円らな目が笑っている。
「だぶん、体形同じぐらいかな。」
「わたしを土佐衛門にしたいの。」
「泳げなくても、ボードに乗れるよ。でも、突然どうしたの。」
昔から、ママの勘は鋭い。
「気になる子がいるなら、紹介しなさいよ。」
「なわけないよ。ママじゃないんだから。」
娘からの逆襲も気に留めない。独り身のように見える奔放な三十八歳。
優しいのか我が儘なのか、これからも分からないだろう。少し似ているかもしれない。
もう一度、海に出掛けようかと考えている間に。
教室は、夏の思い出でに満ちていた。
「知ってる?」
級友が持ち寄る噂話は、甘酸っぱくて怠い。今年の夏も日に焼けていなかった。
「クロエって、カレシィできたんだって。」
「知らなかった。」
「それで、だよ。ここだけの話、御泊りしたって。」
彼女の興味本位に輝く瞳がうっとおしい。話は長くなる。悪い子でないが、主語があちこち飛ぶから想像力が必要だった。話の全体像が見えてこない。
「あんなのが、タイプだったんだ。ヤバくない。」
「無理だよね。」
「だよっ、だよっ。信じられないって。」
陽気な言葉が静かに忍び寄り傷つけるのを彼女は、判っていないだろう。
予鈴が鳴った。教室の長い一日が始まる。
高台の校舎の窓から見える海が、夏の名残のように遠くで煌めいていた。
校門からの坂道、路面電車の駅までを歩く。誘われれば連れ立って帰るけど、独りが気楽だ。協調性がないのは、昔からだった。無視されないように、陰口を叩かれないように、陰険な意地悪をされないように、それだけは警戒していた。
流れゆく学生の固まりの中に、見覚えがある同級生の後ろ姿に気付いた。一か月近く前になるだろうか。お盆が過ぎた早朝の海だった。散歩の途中でその同級生が波乗りするのを見かけた。波と戯れているような無邪気な姿に足が止まった。わたしを惹きつけた。幸せそうな姿に、少しばかり嫉妬していたのか。素直な動きが波間の陽光を纏い遠く感じた。
目撃したかだろうか。話したこともない別のクラスなのに、気になった。
『わたしより背が低いかも……。』
あれこれと妄想すると口元が綻ぶ。少し長い髪。後ろ姿が、女子っぽかった。
路面電車に乗り込む様子を目の端で見送った。周りに気付かれないように。
夕食の準備を終えてシャワーを使った。あれから、同級生の波乗り姿が目に浮かんだ。何度か廊下ですれ違っただけの同級生。良くも悪くも噂を聞かない。話題にも上がらない男子だった。
「どこの中学だったかな……。」
独り迷う自分が気に掛かる。出身の中学校が分かれば切っ掛けになるかと考えてしまう。
買い物の帰り道、海岸通りに立ち寄った。波乗りする人影が多く見えた。同級生を探しているのが少しばかり可笑しかった。
「いないな……。」
知らず知らず声に出していた。零した独り言に気付き、思わず呟いた。
「ああぁ、気持ち悪いな……、わたし。」
そう思えば、同級生を日中に視かけた例がなかった。たまたま立ち寄るときに来ていないだけかもしれないが。その日も、長い海岸沿いをゆっくりと遠回りした。
「土曜日だけど、仕事が入ったの。泊まり。日曜日の夕方に戻るから。」
ママの事後報告には、慣れている。突然の話は、今に始まった事でなかった。
「そういえば、この前だけど。何か言っていた?」
ママは、思い付いた先に話す癖があった。それを聞きながらいつも心配する。会社で大丈夫なのかと。
「ベランダのサーフボードのことだけど。」
わたしは、用心深く尋ねた。古いサーフボードを物置台にしていた。今まで気にも留めなかったが、同級生の波乗りする姿を見てから気になった。
「あぁ、あれね。若い頃に使っていたの。」
「ええっ……、マジ。初めて聞いた。」
「初めて話したよ。」
「できるの。信じられない。」
「失礼な奴、」
ママの笑顔に引き込まれる。動作の機敏さを思い起こした。
「でも、今は、ちょっと無理かな。スーツ入らないと思う。」
「はぁ、そうか。なんか、わかる。」
「それも、失礼。」
ママは、機嫌がよかった。
「もしかして、やってみたい。」
「わたしの運動神経を知っていて勧めますか。」
「そうね。誰に似たの。」
揶揄われて考える。たぶん、会ったこともない父だろうかと。ボードの上の植木鉢の赤いガーベラが寂しそうに見えた。
「スーツ、どっかに置いていたかな。着てみる? 探すけど。」
ママの本気の言葉に返事が戸惑った。円らな目が笑っている。
「だぶん、体形同じぐらいかな。」
「わたしを土佐衛門にしたいの。」
「泳げなくても、ボードに乗れるよ。でも、突然どうしたの。」
昔から、ママの勘は鋭い。
「気になる子がいるなら、紹介しなさいよ。」
「なわけないよ。ママじゃないんだから。」
娘からの逆襲も気に留めない。独り身のように見える奔放な三十八歳。
優しいのか我が儘なのか、これからも分からないだろう。少し似ているかもしれない。