その日、空が青かったから とりあえず
文字数 1,928文字
校舎の屋上から川が望めた。川向こうに広がる街並みが五月の陽光を受けて微睡んでいるようにも思えた。金網越しの景色にとりあえず安堵できた。
リオは、購買の総菜パンと野菜ジュースを手にしていた。
屋上には、幾つかのグループがいた。その中に、先週に河川敷で会った女子の姿が見えた。あれから意識してしまった。話しかける切っ掛けも探せないままに。
『サーシャって呼ばれてたかな……。』
リオの視線を感じ取ったのか。彼女は、一瞬だけ涼しげな眼差しを向けた。密かに微笑んだように思えた。
「……青空が、凄いね。」
傍にダイトが立っていた。小柄な女子学生を連れていた。長い黒髪、古風な顔立ち、その姿から小動物を想い描いた。別のクラスの女子だろうか。見かけたことがなかった。
ダイトは、リノームの床にじかに胡坐をかいて座った。携帯椅子を女子に使わせた。女子が、腰掛けようとしてバランスを崩して転んだ。
「痛いィ……。」
「大丈夫。」
ダイトが慌てることもなく手助けした。
「あっはははは……、マジ転んだし。」
照れ笑う女子にリオは呆れた。本気で転んだように見えた。演技なら凄いなと思ってしまう。一瞬だけ見えた下着が目に残った。ダイトが、何もなかったように紹介した。
「二年の才女。通称は、シキブさん。」
「どぅも、ね。」
「もしかして、従姉さん?」
リオの軽い皮肉にダイトが笑った。
「やっぱ、お前、面白いな。」
「うんうん、そぅだね。」
そう納得する先輩女子の丸眼鏡の奥で笑う目に惹き付けられた。警戒させない仕草と表情だからか。それでも何者か分からずに身構えてしまうリオの警戒を解くようにダイトが、尋ねた。
「はぃ、ここで問題。シキブ先輩は、何者か。」
『メンドクサイな……。』
リオは、表情に出さずにさりげなく思い付いたままに答えた。
「生徒会メンバー。」
「おおっ、マジ凄っ。」
「あっはははは……、だぁね。」
女子の笑い声が嫌味に感じなかった。ダイトの中学時代の同級生の姉だと紹介された。家が近所で小さい頃からの遊び仲間だった。
シキブ先輩は、自分から説明した。
「源氏物語同好会だよ。生徒会もしてるけどね。」
「はぁ、なるほど。」
リオのリアクションは、尻すぼみになった。その古典を読んだ記憶もなかった。シキブ先輩が話を重ねた。
「源氏のコスプレもするよ。見たい?」
リオは、返事に屈した。シキブ先輩が開いたスマホを覗いた。
『見なけりゃよかったな……。』
溜息を堪える。
ダイトは、弁当を持っていた。その可愛い女子系の風呂敷を目の端でとらえたリオが、無関心さを装うわけを悟ったのだろう。ダイトが顔を寄せて囁いた。
「これ、不思議?」
「もしかして、従姉さんの手作りだったりしてる?」
「あっはははは……。御姉さまの印象、半端じゃないもんね。」
シキブ先輩の声は、どこまでも明るい。弁当の蓋を開けると、色取りの鮮やかさなレイアウトが主張していた。ダイトも笑顔で続ける。
「ケーキが入っていると、思ったりしてた?」
「少し、期待したかな。」
「リオくんだっけ。生徒会、入ろうよ。」
シキブ先輩のキラキラ輝く瞳が、リオを後退りさせる。子供の頃から積極女子が苦手だった。物怖じしない母親に育てられた影響からだろうか。
無理だと思うリオの気持ちを置き去りにしてシキブ先輩が約束を取り付けた。
「考えておいて、ね。」
弁当は、シキブ先輩の手作りだった。ダイトと弟の分も一緒につくっていた。幼馴染みの親友だからなのか、そう聞かされてもシキブ先輩の弟が良い意味で想像できなかった。
シキブ先輩の食べ方の美しさに安心した。ダイトの女子っぽい食べ方には、少し考えさせられた。唐突にシキブ先輩が話を振った。
「御姉さまのケーキどうだった。かな?」
シキブ先輩の瞳が期待するようにリオの意見を求めた。やはり苦手なタイプだった。めんどくさくて煙に巻くような答えを作ってしまう。
「空のような感じだった。」
「うわぁ、いいな。君、楽しいよ。」
シキブ先輩が嬉しそうにダイトを称賛する。
「ダイト、いい男見っけたね。」
「でしょう。先輩も合格。」
「もちの、ロン。薫の君さんだ。」
リオを残して二人の会話が先走った。次の土曜日に出掛ける約束を強引に纏めた。
話の端々にシキブ先輩が、ダイトの従姉に憧れ尊敬しているのを感じた。密かにその理由を詮索したくなるシキブ先輩の気持ちが分からなくもなかった。リオも微かながら従姉の不思議な存在感に魅力されていたからだろう。
ふとリオは、視線を感じて顔を向けると、サーシャが薄く笑っていた。その瞬間、突然に記憶の扉が隙間を開けた。
『えっ、まさか……。』
リオは、購買の総菜パンと野菜ジュースを手にしていた。
屋上には、幾つかのグループがいた。その中に、先週に河川敷で会った女子の姿が見えた。あれから意識してしまった。話しかける切っ掛けも探せないままに。
『サーシャって呼ばれてたかな……。』
リオの視線を感じ取ったのか。彼女は、一瞬だけ涼しげな眼差しを向けた。密かに微笑んだように思えた。
「……青空が、凄いね。」
傍にダイトが立っていた。小柄な女子学生を連れていた。長い黒髪、古風な顔立ち、その姿から小動物を想い描いた。別のクラスの女子だろうか。見かけたことがなかった。
ダイトは、リノームの床にじかに胡坐をかいて座った。携帯椅子を女子に使わせた。女子が、腰掛けようとしてバランスを崩して転んだ。
「痛いィ……。」
「大丈夫。」
ダイトが慌てることもなく手助けした。
「あっはははは……、マジ転んだし。」
照れ笑う女子にリオは呆れた。本気で転んだように見えた。演技なら凄いなと思ってしまう。一瞬だけ見えた下着が目に残った。ダイトが、何もなかったように紹介した。
「二年の才女。通称は、シキブさん。」
「どぅも、ね。」
「もしかして、従姉さん?」
リオの軽い皮肉にダイトが笑った。
「やっぱ、お前、面白いな。」
「うんうん、そぅだね。」
そう納得する先輩女子の丸眼鏡の奥で笑う目に惹き付けられた。警戒させない仕草と表情だからか。それでも何者か分からずに身構えてしまうリオの警戒を解くようにダイトが、尋ねた。
「はぃ、ここで問題。シキブ先輩は、何者か。」
『メンドクサイな……。』
リオは、表情に出さずにさりげなく思い付いたままに答えた。
「生徒会メンバー。」
「おおっ、マジ凄っ。」
「あっはははは……、だぁね。」
女子の笑い声が嫌味に感じなかった。ダイトの中学時代の同級生の姉だと紹介された。家が近所で小さい頃からの遊び仲間だった。
シキブ先輩は、自分から説明した。
「源氏物語同好会だよ。生徒会もしてるけどね。」
「はぁ、なるほど。」
リオのリアクションは、尻すぼみになった。その古典を読んだ記憶もなかった。シキブ先輩が話を重ねた。
「源氏のコスプレもするよ。見たい?」
リオは、返事に屈した。シキブ先輩が開いたスマホを覗いた。
『見なけりゃよかったな……。』
溜息を堪える。
ダイトは、弁当を持っていた。その可愛い女子系の風呂敷を目の端でとらえたリオが、無関心さを装うわけを悟ったのだろう。ダイトが顔を寄せて囁いた。
「これ、不思議?」
「もしかして、従姉さんの手作りだったりしてる?」
「あっはははは……。御姉さまの印象、半端じゃないもんね。」
シキブ先輩の声は、どこまでも明るい。弁当の蓋を開けると、色取りの鮮やかさなレイアウトが主張していた。ダイトも笑顔で続ける。
「ケーキが入っていると、思ったりしてた?」
「少し、期待したかな。」
「リオくんだっけ。生徒会、入ろうよ。」
シキブ先輩のキラキラ輝く瞳が、リオを後退りさせる。子供の頃から積極女子が苦手だった。物怖じしない母親に育てられた影響からだろうか。
無理だと思うリオの気持ちを置き去りにしてシキブ先輩が約束を取り付けた。
「考えておいて、ね。」
弁当は、シキブ先輩の手作りだった。ダイトと弟の分も一緒につくっていた。幼馴染みの親友だからなのか、そう聞かされてもシキブ先輩の弟が良い意味で想像できなかった。
シキブ先輩の食べ方の美しさに安心した。ダイトの女子っぽい食べ方には、少し考えさせられた。唐突にシキブ先輩が話を振った。
「御姉さまのケーキどうだった。かな?」
シキブ先輩の瞳が期待するようにリオの意見を求めた。やはり苦手なタイプだった。めんどくさくて煙に巻くような答えを作ってしまう。
「空のような感じだった。」
「うわぁ、いいな。君、楽しいよ。」
シキブ先輩が嬉しそうにダイトを称賛する。
「ダイト、いい男見っけたね。」
「でしょう。先輩も合格。」
「もちの、ロン。薫の君さんだ。」
リオを残して二人の会話が先走った。次の土曜日に出掛ける約束を強引に纏めた。
話の端々にシキブ先輩が、ダイトの従姉に憧れ尊敬しているのを感じた。密かにその理由を詮索したくなるシキブ先輩の気持ちが分からなくもなかった。リオも微かながら従姉の不思議な存在感に魅力されていたからだろう。
ふとリオは、視線を感じて顔を向けると、サーシャが薄く笑っていた。その瞬間、突然に記憶の扉が隙間を開けた。
『えっ、まさか……。』