その日、空が青かったから 少しだけ
文字数 2,309文字
待ち合わせ場所が、古寺の門前だった。
リオは、小学校の頃から間際に着く癖があった。未だ誰も来ていないのに安堵した。
塀の向こうの葉桜の古木をぼんやりと眺めながらリオは、思った。
『葉桜が気になるって云ってたかな……。』
数日前の屋上のサーシャが想い浮かび葉桜と共に揺らいだ。母親に隠れるような印象しか残っていなかった。不思議な感覚が具わっていた幼馴染は、時々、両性を行き来するようにリオを振り回した。兄弟姉妹のように過ごした短い記憶が突然に蘇り想いを引き摺っていたからだろう。リオは、無意識に呟いた。
「完璧、忘れてた。困るな……、たぶん。」
そこに自転車が通りかかった。見た目が派手なダイトの従姉だった。リオの足先にフロントタイヤを停めた。高級ブランドロゴが入った自転車の勇姿にリオは、思わず息を呑んだ。一本に編んだ緑色の長い髪が、ヘルメットから延びる尾っぽのように見えた。
「ダイトのカレシだっけ。」
他愛のない揶揄いに引いてしまった。リオの反応を量るように目が笑っていた。店よりもナチュラルメイクなためか清楚に感じた。
寺門の階段に視線を向けてからリオの足元を眺めた。
「その位置に立つ意味って何?」
「はぁ……。たぶん、通行の邪魔にならないようにですか。」
「真面目ね。まぁ、いいか。その意味、考えておいて。」
そう言い残してダイトの従姉が、緩い坂を上る後ろ姿を見送った。
シキブ先輩の妖精系の私服とツインテールの髪形が、地味な顔を逆に悪目立ちさせた。普通なら選ばないと、リオは密かに心配した。
「早いね。」
シキブ先輩の悪びれない様子が不機嫌にさせなかった。三十分近く過ぎていた。
「ダイトは、まだですが……。」
「来ないよ。」
「えっ……。」
「二人だけだね。」
困惑するリオの手をシキブ先輩は繋いだ。
「いこう。」
バス停に向かいながらシキブ先輩が、唐突に尋ねた。
「この前、屋上で誰かさん、意識してたりしてた?」
リオは、見透かされた気持ちを隠して話に乗らなかった。
「想い人さんがいるんだ。ね。」
穏やかな雲のような感じでありながら周りが良く見えているシキブ先輩の感性に警戒してリオは、言い訳をした。
「たぶん、年頃なので……。」
「あっはははは……、なに、それ。関係ないよ。」
シキブ先輩の陽気な笑い声が、リオの閉じようとする心を優しく触った。
「……あのぅ、手。」
「そうなんだ。ダイトなんてね。手を繋がないと歩けなかったんだよ。今でもね。時々は繋いであげないと、拗ねるんだ。」
その手の繋ぎようが、園児を誘導する先生のようだった。
「手だけだよ。」
「はぁ……。」
「そこは、笑いなさい。お姉さん、困っちゃうでしょう。」
リオは、諦めに似たものを感じた。母親の顔が浮かんだ。マザコンではないけれど、トラウマを引き摺ってるのは、自分でも薄々ながら分かっていた。リオは、溜息を隠して思った。
『こまったな……。この展開って。』
リオの迷いを揶揄うようにシキブ先輩が訊ねた。
「今、考えていること。あてようか。」
「……どうぞ。」
「ダメダメ。逃げちゃ。」
「そうですか……。」
「リオ君、綺麗な表情するね。」
「暗いだけですよ。」
「否定しないんだ。」
シキブ先輩の見上げる円らな瞳に引き込まれそうになった。
バスに乗るまでリオは、手を離してもらえなかった。
「どうして。あの場所で待ち合わせたのか。気になるかな。」
「何か、拘りがるのですか。」
「そう。薫の君だけに伝え語るよ。」
シキブ先輩がリオの耳元に口を寄せて囁いた。
「死霊がでるの……、待ち人を誘うらしいよ。」
「なるほど。羅生門でしたか。」
リオは、反射的に納得した。
「あっはははは……、そのリアクション、君らしいね。」
シキブ先輩が肩を震わせて無邪気に笑った。
「ところで、御姉さまは、もぅ行かれたかな。この時間帯に通るんだよ。」
バスの窓から外を捜すシキブ先輩にリオは、既に自転車で通ったことを伝えた。
「今日は、早いんだ。もしかして、御姉さま、立ち止まった?」
「少し、話しました。」
「凄いね。」
シキブ先輩の言葉の真意が掴み兼ねた。
「御姉さまを立ち止ませるなんて。やっぱ、薫の君だ。よ。」
人懐っこい笑顔にリオは、返事ができずに戸惑った。
ショッピングモールで買い物に付き合った。リオの好みを試す様子に半ば諦め受け入れた。
『これでは、母さんの買い物と同じじゃないか……。』
小学生の頃の母との買い物風景が重なった。二人に悪気はなかったのだろう。それでも、リオの中で照れ臭い思いと共にシコリなった。
旅行会社の店前を通りかかった時、シキブ先輩は立ち止まった。張られたポスターの一枚を眺めた。その姿は、幼子がメニューを選ぶ姿に似ていた。
「ねぇ、知ってる。人間の文化は、その土地の風土で造られるのって。」
「そうなんですか。」
シキブ先輩が見ていたのは、アフリカ大陸の干し煉瓦を積み上げた集落の風景だった。その背後の砂漠と同じ色をした建物にリオも惹き付けられたからだろうか。思わず尋ねていた。
「旅行、好きなのですか。」
「あらら、自分から話してくれたね。……そんなに、困った顔しない。」
リオの癖になっている困惑した時の表情を見せたからだろう。それを窘めたが、シキブ先輩に嫌味はなかった。
「旅行よりも、写真とかを見て想像するのが好きかな。妄想系女子?」
歩きだしてからシキブ先輩が独り言のように語った。
「突然に、稀にだけど、非現実感な景色に出くわすことがあるよね、あれって、ラッキー?、摩訶不思議? かな……。」
リオは、小学校の頃から間際に着く癖があった。未だ誰も来ていないのに安堵した。
塀の向こうの葉桜の古木をぼんやりと眺めながらリオは、思った。
『葉桜が気になるって云ってたかな……。』
数日前の屋上のサーシャが想い浮かび葉桜と共に揺らいだ。母親に隠れるような印象しか残っていなかった。不思議な感覚が具わっていた幼馴染は、時々、両性を行き来するようにリオを振り回した。兄弟姉妹のように過ごした短い記憶が突然に蘇り想いを引き摺っていたからだろう。リオは、無意識に呟いた。
「完璧、忘れてた。困るな……、たぶん。」
そこに自転車が通りかかった。見た目が派手なダイトの従姉だった。リオの足先にフロントタイヤを停めた。高級ブランドロゴが入った自転車の勇姿にリオは、思わず息を呑んだ。一本に編んだ緑色の長い髪が、ヘルメットから延びる尾っぽのように見えた。
「ダイトのカレシだっけ。」
他愛のない揶揄いに引いてしまった。リオの反応を量るように目が笑っていた。店よりもナチュラルメイクなためか清楚に感じた。
寺門の階段に視線を向けてからリオの足元を眺めた。
「その位置に立つ意味って何?」
「はぁ……。たぶん、通行の邪魔にならないようにですか。」
「真面目ね。まぁ、いいか。その意味、考えておいて。」
そう言い残してダイトの従姉が、緩い坂を上る後ろ姿を見送った。
シキブ先輩の妖精系の私服とツインテールの髪形が、地味な顔を逆に悪目立ちさせた。普通なら選ばないと、リオは密かに心配した。
「早いね。」
シキブ先輩の悪びれない様子が不機嫌にさせなかった。三十分近く過ぎていた。
「ダイトは、まだですが……。」
「来ないよ。」
「えっ……。」
「二人だけだね。」
困惑するリオの手をシキブ先輩は繋いだ。
「いこう。」
バス停に向かいながらシキブ先輩が、唐突に尋ねた。
「この前、屋上で誰かさん、意識してたりしてた?」
リオは、見透かされた気持ちを隠して話に乗らなかった。
「想い人さんがいるんだ。ね。」
穏やかな雲のような感じでありながら周りが良く見えているシキブ先輩の感性に警戒してリオは、言い訳をした。
「たぶん、年頃なので……。」
「あっはははは……、なに、それ。関係ないよ。」
シキブ先輩の陽気な笑い声が、リオの閉じようとする心を優しく触った。
「……あのぅ、手。」
「そうなんだ。ダイトなんてね。手を繋がないと歩けなかったんだよ。今でもね。時々は繋いであげないと、拗ねるんだ。」
その手の繋ぎようが、園児を誘導する先生のようだった。
「手だけだよ。」
「はぁ……。」
「そこは、笑いなさい。お姉さん、困っちゃうでしょう。」
リオは、諦めに似たものを感じた。母親の顔が浮かんだ。マザコンではないけれど、トラウマを引き摺ってるのは、自分でも薄々ながら分かっていた。リオは、溜息を隠して思った。
『こまったな……。この展開って。』
リオの迷いを揶揄うようにシキブ先輩が訊ねた。
「今、考えていること。あてようか。」
「……どうぞ。」
「ダメダメ。逃げちゃ。」
「そうですか……。」
「リオ君、綺麗な表情するね。」
「暗いだけですよ。」
「否定しないんだ。」
シキブ先輩の見上げる円らな瞳に引き込まれそうになった。
バスに乗るまでリオは、手を離してもらえなかった。
「どうして。あの場所で待ち合わせたのか。気になるかな。」
「何か、拘りがるのですか。」
「そう。薫の君だけに伝え語るよ。」
シキブ先輩がリオの耳元に口を寄せて囁いた。
「死霊がでるの……、待ち人を誘うらしいよ。」
「なるほど。羅生門でしたか。」
リオは、反射的に納得した。
「あっはははは……、そのリアクション、君らしいね。」
シキブ先輩が肩を震わせて無邪気に笑った。
「ところで、御姉さまは、もぅ行かれたかな。この時間帯に通るんだよ。」
バスの窓から外を捜すシキブ先輩にリオは、既に自転車で通ったことを伝えた。
「今日は、早いんだ。もしかして、御姉さま、立ち止まった?」
「少し、話しました。」
「凄いね。」
シキブ先輩の言葉の真意が掴み兼ねた。
「御姉さまを立ち止ませるなんて。やっぱ、薫の君だ。よ。」
人懐っこい笑顔にリオは、返事ができずに戸惑った。
ショッピングモールで買い物に付き合った。リオの好みを試す様子に半ば諦め受け入れた。
『これでは、母さんの買い物と同じじゃないか……。』
小学生の頃の母との買い物風景が重なった。二人に悪気はなかったのだろう。それでも、リオの中で照れ臭い思いと共にシコリなった。
旅行会社の店前を通りかかった時、シキブ先輩は立ち止まった。張られたポスターの一枚を眺めた。その姿は、幼子がメニューを選ぶ姿に似ていた。
「ねぇ、知ってる。人間の文化は、その土地の風土で造られるのって。」
「そうなんですか。」
シキブ先輩が見ていたのは、アフリカ大陸の干し煉瓦を積み上げた集落の風景だった。その背後の砂漠と同じ色をした建物にリオも惹き付けられたからだろうか。思わず尋ねていた。
「旅行、好きなのですか。」
「あらら、自分から話してくれたね。……そんなに、困った顔しない。」
リオの癖になっている困惑した時の表情を見せたからだろう。それを窘めたが、シキブ先輩に嫌味はなかった。
「旅行よりも、写真とかを見て想像するのが好きかな。妄想系女子?」
歩きだしてからシキブ先輩が独り言のように語った。
「突然に、稀にだけど、非現実感な景色に出くわすことがあるよね、あれって、ラッキー?、摩訶不思議? かな……。」