第35話 少し凶暴だが集う子らに罪はない

文字数 5,616文字

 ――核弾頭がもたらした積乱雲はその地を被い二、三十分後には、まるで人類にたいする意趣返しのような黒い雨を降らした。放射能の雨をこうむったのは民衆の責任ではないが、愚かで争いを好む政治家のその罪を、看過した人類への厳しくも悲しい代償なのかもしれない。
 だがそのすぐ後に、まるでミルクを含んだような乳白色の雨が黒い雨を覆いつくすように降り注いだ。地獄の地の、この不思議な白い雨の意味はのちに判明するのだが……。


 八月十三日、その第一陣は正午前の京都駅到着の新幹線でやってきた。
 国からの通達で、朝の始発から京都駅は閉鎖されていた。JR京都駅と地下鉄京都駅は、すべて停車禁止で通過しなくてはならないのだった。ところがその子供たちが乗っている新幹線や在来線すべてが、京都駅で停車したのである。
 それは乗務員や車掌の意思ではないし、乗客による非常停止操作でもなかった。まるで列車自体に意思がプログラムされたように行われた。とても不可解な現象である。京都駅で降り立った小学生から十五、六歳に見える少年少女たちは、楽しい修学旅行のように皆一様に明るかった。

「一度修学旅行できたけれど、何度きてもいいなぁ」
 そんなメンバーもいた。

 午後三時頃までに駅前に到着した人数は千人を下らないだろう。すでに国外からの少年も混じっているようだ。
 その子供たちの中には返り血を浴びたようなTシャツ、白カッター、レゲーチックなプリント柄の黒シャツに数珠ネックレス姿も見受けられた。中にはここ数年見かけなくなった学ランの袖を、無造作にちぎって羽織っている子もいる。個性的なのだろうが、どれもが流行り漫画の主人公に依存したスタイルに思える。
 押しなべてハロウィンで渋谷や原宿にでも集う乗りで、異様な明るさである。歩きながらスマホでゲームに夢中の子もいる。いくつかのグループを作り行動しているようだった。地方訛りがあるかと思えば標準語の集団も交じっている。

 全国に検察庁の機動隊員は約一万四千人と言われているが、警視総監名命令で過剰警備でなく駅構内に千人、市内要所に千人に限られた警備体制であった。平服に近い濃紺色の制服で腕と股の部分に金色のライン、背中に『POLICE』文字が入ったものだ。構内警備の装備は、透明な盾と警棒のみで半数が女性隊員であった。

 七条側の中央改札口を出るメンバーが多かったが、南の八条出口から何処かへ移動する集団もあった。警官が拡声器を使って駅前に誘導するが、まるで無視して時に奇声を上げながら賑やかに行動する。駅から拡散しないよう機動隊が押し留めようとすると、一瞬の間に取り囲まれてサバイバルナイフや小刀で抵抗する。その時の少年少女の顔は、まるで京能面のように無表情であった。

『なにがあっても、彼らを刺激してはいけない』
 これは警視総監からのお達しである。

 わざと危険な行動を起こすメンバーも含まれていた。隊員は盾で防御しながら近づいてゆく。そしてサバイバルナイフや凶器を振り回す子供たちをたしなめ、凶器を捨てるようにうながす。しかしそんな警告に歯向かうものがいた。
「じゃかましい!」
 そう言って襲いかかる少年。
 やむを得ず警棒を使い手足を打って凶器を奪う。そういった意味では日本の警察官は西洋的ではない。あくまで無力化することを目的の攻撃だった。しかし警棒で強打されても、人間の叫び声とは思えない呻き声を出して怯まない。まるで狂犬病の犬のように歯をむき出し、さらに飛び掛かって来る者もいた。なんどでも彼らは立ち上がり、手足を引きずりながらでも襲い掛かる。その執念はゾンビもどきで手の施しようがない。

「ウギャァ――オ―」

 ある瞬間からとんでもない事態が起こりはじめた。
 殴られると子供たちの顔付きが変化し、まるで鬼としか表現の出来ない形相に変化していく。それだけでなく頭上に、氷をかみ砕くような音とともに突起物が生える者もわずかにいた。そこまで変化した子供たちは唸り声で突風を呼び出し、警官や機動隊員を軽々と吹き飛ばした。隊員らはアスファルトやコンクリート壁に打ち付けられて、中には目鼻や耳から血を出すメンバーもいた。
 それで接近戦は不利だと気づき隊員は後部へ撤退する。入れ替わりで何隊かの消防士がホ―スを持って現れ、子供たちに照準を合わせ一斉に放水を始めた。それは台風並の水圧で、鬼と化した子供たちを吹き飛ばす。その攻撃で子供たちは駅の構内に逃げ込んでいった。


 京都タワー展望室内の大獅子は、モニターを切り替えたり双眼鏡で直接覗いたりして、下界で始まった闘いを確認していた。そして横の通信担当者に指示を与える。担当者は無線で、その指示を的確に下界の隊長クラスに届ける。
「思っていたより早い到着だ。それに凶暴だ」
 つぶやく大獅子。耳にした通信員は、
「敵の数はいくらか報告せよ」
 下界に問い掛けた。
『一班の樫原です。数は掌握しきれません、プラットホームも一杯です。危険ですから隊員は退去しました』
『二班の勝西ですが、いくら呼びかけても、八条側の隊と連絡が取れません!』
 悲痛声で訴えてきた。
「よし、必要なら催涙ガスの許可を与える!」
 大獅子が叫んだ。彼はこの場の全権を任されている。
 すぐさま班別の通信員たちはそれを下界にながす。赤松警部補もサポートする。

 大獅子は展望台の最前部に立ち、空を見上げる。夕方には警視庁官と総理がここにやってくる予定だと聞いている。
「正直、戦場におえらがたは迷惑だ」
 そう言い、
「ここはS・Jと、仏の軍団とやらを信じるしかないか」
 大獅子は赤松に語る。
 彼は生来の無神論者だが、今日ばかりは日本に世界中の神々を呼び寄せて、悪魔打倒を祈りたい心境であった。再び見上げる空は全世界、いや全宇宙に繋がっている。
 下界で対応中の各隊長から反復の返事が帰ってきた。
「……七班と九班の返答がありません」
 そう担当通信員が悲痛の声で大獅子に告げた。
「うむッ、わかった」と言ったあと「よし、マルキ(機動隊)全隊で救出に当たれ、危険な場合に限っての『マルショット』を許可する。ただしゲンタイ(確保)が目的だ、急所はずしでな」
 マルショットは、SAT・Jの隠語で銃射撃の事である。
 だがたとえ狂暴であっても、死者を出さないことが最優先である。悪魔にあやつられているだけかもしれないのだ。

 大獅子が双眼鏡で確認すると、催涙弾の白煙が確認できた。その子供たちで埋め尽くされた渦の中を、まるで小船で掻き分けるかのようにして、隊員たちがゆっくりと構内に移動する様子が分かった。
 通信員が無線機を通して聞こえる音に集中する。すると明らかに人の命がなくなる時の断末魔の叫びが、ダイレクトに下界から地面を這い、さらにタワーを伝ってやって来た。それを訊き通信員の中には、涙を流し嗚咽する者もいた。
「くそぅ、悪魔ども、ゆるさん! もはや人間の子供ではない!」
 大獅子は赤松が驚くほどの大声を発した。
 そのあと腕を組み、目を閉じて思考を巡らせる大獅子。一分近く沈黙が続き、突然、警鐘を聞き留めたように目を見開いた。
「作戦変更だ! 全隊に撤退命令だ」
「えッ」と赤松。
「争いは無意味だ。子供たちを殺してはならない」
 その場の通信員と赤松は驚いた。
 通信員は大獅子の撤退内容を告げた。

「北隊は七条通り、南隊は八条通りに整列待機せよ。中央郵便局待機中の衛生班は、早急に食品・弁当類、それに飲み物を確保せよ。その上で中央出口付近にしかるべき台を用意して、子供たちに飲食を提供すること」
 大獅子は告げながら思う。
(根は素直な子供たちだ、刺激しない限り反発しないだろう)
 そう信じ、隣接する『武田病院』に負傷者対応するよう指示を与えた。

 あらためて大獅子が双眼鏡で状況を確かめると、駅構内に子供たちはとどまっているようだ。異常な暑さと直射日光が苦手なのか、まったく出てくる気配はない。
「儀式開始まで動くことはないだろう」そう赤松に告げた。

【そもそも悪魔は、心の闇に存在しますからね】
 突然の言葉に、大獅子はゾッとした。
 反射的に銃を手にして周りを見回す。赤松はそんな動作が理解できずに、自分も周りに目をやる。「どうしたのです、大さん!」緊張をはらみ狼狽している。
【大獅子さん、私はソウルです。貴方の見える位置から話しかけています。そう……この思念が聞き取れる貴方も、選ばれし仏の眷属のようですね】
「……」
 大獅子は惹かれるように立ち上がり、正面眼下の京都駅屋上を双眼鏡で見る。そして迷いなくその『声』のぬしを認識した。『空中経路』にいた。
【脳内言葉ぐらいで驚いてはいけません。まだ秘められた能力が、(えん)によって発現します】
 随分と落ち着いた口調だ。
「えん? この闘いは宗教がらみか」
 大声で大獅子は話す。
【落ち着いてください。大声でなくても聞こえますので、同僚が驚いていますよ】
 S・Jは、裸眼でこちらの様子が分かっている口ぶりだ。

【そうです、この先の闘いは『仏と悪魔』の闘いなのです。決して想像上の『神と悪魔』ではありません。世の争いの全ては、人の心の奥底にある『善性と悪性』の絡みです。すべて仏教で明かされた因果の作用です。このことを理解しないと人類に明日は訪れません】
 S・Jの言葉には、誰に対する忖度も存在していないようだ。
 大獅子は言葉を失い佇んでいる。
【これらは人類の、いや全生命の日常に潜む不思議な作用です。魂の避けようのない特質なのです。……特に『仏』感性の存在しない一神教の場合は悲惨です。一時、日本の過去もそうでした。全てにおいて『因果俱時(いんがぐじ)(瞬間の生命に因と果をそなえていること)』という法則が人の幸・不幸を司っているのです】
 かなり高度な説教である。しかし大獅子の心に届く。

「あなたは、その仏でしょうか」

 大獅子はS・Jに向かい、言葉で問いかける。
【いえ違います、……仏と言ってもけっして『実体』を指すものではありません。人が人類のために尽くす行為……慈悲の行為に宿るものです。あくまでも現実の世界での作用であり、結果としての実相を指すものなのです。例えばキリスト教におけるいくつかの奇跡は、仏教の菩薩的行為に近い現象だと考えられます。たとえば……米国のマーティン・ルーサー・キング牧師は、黒人公民権運動のリーダーとして非暴力運動の推進や、人種差別のバスで、ローザ・パークスが白人に席を譲らない罪に問われたときに、一年以上にわたりバス・ボイコット運動を指導して人種分離が違憲だとの判決を勝ち取りました。のちに凶弾に倒れましたが偉人です。彼はガンジーの非暴力・不服従に学びました。つまりこれは仏教精神です】
 大獅子の心は、大きく揺れ動く。
(この深い洞察力は、既成の宗教で忘れられている視点かもしれない)
 とも思った。

【どうやら役者は揃いつつあるようですね】
 ソウルは顔の角度を変える。「役者とは?」、大獅子は辺りに目をやる。
【東側ホテルに、……やけに数が多くなっているが、CIAと多分KGB・SVR・M16メンバーもいるようですね。彼らが結束するなんて初めてだろう。ミスター・ボンド氏やミッションインポッシブルのイーサン氏はいないようだがね】
 ユーモアを交えソウルは言った。
【それに得体の分からないグループもいる、西側の郵便局横だ。一人は袴姿。おつれは弟子たちだろう。武器を所持して大胆だ。それに警備が立ち入りを制御できていない。どうやら呪術の心得があるようだ】
 S・Jは何らかの目的を持った集団として認識しているようだった。

「赤松、袴男のデーターはないか」。大獅子の問いかけに「調べます」赤松は望遠付きスマホで写真を撮ると、連動したパソコンが作動して、ディスプレイにその男のデーターが表示された。
「大山劉光……宗教法人・真光幸せ教団のドンですね」
 そう言い、
「宗教絡みで武器所持とは、不似合いな取り合わせですね」
 グキグキと、赤松は首の筋を鳴らし言った。
「昔から僧兵といって――武蔵坊弁慶を知っているだろう、昔の比叡山僧もしかり、宗教に武装集団はつきものだよ。ヨーロッパの騎士修道会もそれだ。だがこれは宗教本来の姿ではない」
 そう大獅子は応え、(いつの間にそれを俺は知った?)と驚く。
「ソウルさん、貴方のいう仏の眷属、青年の集団はまだかね」と訊く。
【まだのようだね。悪魔も出現していない】
 大獅子が時計を確かめると、午後六時四十五分であった。盆地の京都市内はすでに薄暮れてきている。
 彼が見下ろすと中央駅口前で、子供たちは差し入れた食べ物を奪い合うように食べている。昼よりも外国系の子供たちが多くなったように窺える。

「ずいぶん昔に見た、『グレムリン』と言う映画を思い出したよ。いま下界にいる子供たちとグレムリンに出る小動物『モグワイ』と重なって見える。父親のプレゼントの可愛くて歌声のきれいな小動物が、売主から厳重に注意するよう忠告されていたのに、子供たちは『三つの約束』を守れなかった。それでいたずら好きで残酷な『グレムリン(小悪魔)』に変貌して、悲劇が起こるというスジだった」
 どうやら赤松は知らないようだ。大獅子はタバコを咥えたままで火を点けずに、ひたすら正義の青年たちが現れるのを待った。

 テレビの報道陣が政府通達を守って、規制線外の烏丸筋の木津屋橋通り付近に横並びにカメラを設置していた。到着遅れの外国の報道陣は、後方に大掛かりな架台を設置して一段高いセッティングである。日本と違い発想がワイルドだ。
 昨日に沙羅総理からメッセージが、日本国内にある総領事館と各国の首脳宛に送信されている。各国の反応は様々だが、もともと『不思議の国・日本』との認識が流布しているためか、敵対国以外は比較的落ち着いた反応だとの識者による分析結果であった。
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登場人物紹介

生更木慶治《きさらぎけいじ》・四十歳



1990年生まれ2002年12歳に光体験。



ホテル警備夜勤勤務・高知県梼原町の出身。京都上賀茂に住む。坂本龍馬の信奉者右手で右耳の上の髪を掻く癖あり。名字由来は春に向けて草木が更に生えてくるとの意味。名前は小学生で亡くなった弟の忘れ形見(改名)。



極端な猫舌。基本黒Tシャツに上着。ブルージーンズ。夢の世界の宇宙と現世をつなぐ『夢の門番』で主人公。

下弦野登人(かげんのとひと)・四十歳 



エレベーター保守会社夜勤勤務。高知県羽山町出身須崎の工業高校の同級生190㎝の長身猫背。穏やかな性格だが剛毅。真剣に考える際に鉤鼻を親指と人差し指で挟みこする癖。ダンガリーシャツと薄ピンクのジーパン。

九條蓮華(くじょうれんか)・二十八歳 



『北京都病院』と北都大病院勤務の看護師。献身的看護で慶治の恋人となる。京都出身だが実家を離れ紅ハイツに住む。

五十嵐時雨(いがらししぐれ)・三十歳 



下弦野登人の通いの恋人。四条の電気器具販売店勤務。新潟の五泉市出身。色白美人。ぽっちゃり丸顔で色気あり。

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