第25話 悪魔の宣戦布告と受け止めよう

文字数 3,359文字

 零時を回ったというのに、生更木慶治の部屋は賑やかであった。
「シーッ。声抑えて。ここのバーさんうるさいから」
 乗りこんできたメンバーに慶治は告げた。奇妙なテレビメッセージが原因での集合だった。
 この部屋は大型冷蔵庫とPC机、それにベッド。野登人の部屋より手狭に見える。 
「マジで悪魔の宣告だ。だが、腑に落ちん」
「悪魔からのメッセージの何が腑に落ちん」
 顎を擦りながら野登人が慶治に訊く。
 閃光姉妹と時雨は無言のまま、通常番組に戻ったテレビに見入っている。
「実は映像が終わったあと、勤務中の同僚に電話した」
「何を?」
 タバコをやめた野登人。爪楊枝でなく飴を含んだままだ。
「同僚は変な映像をみたが、声が聞こえなかったと言った」
「え、じゃあ、子供たちと私たちにだけ?」
 美宙が驚き顔で呟いたが、時雨は聞こえなかったようだ。
「俺たちだから聞こえたのか。……子供たち半端な人数ではなさそうだ。彼ら一体どうやって」
 野登人は想像できないで言った。
「そう子供たちのリーダーまでいるようだ。……それに」
 慶治は、まだなにかが引っかかっている。

【――慶治さん、範囲は世界中です、おそらく】
 脳内にラートが現れた。時雨も含め仲間にも脳内言葉は伝わっているようだ。初体験の時雨は目を丸くしている。
【時雨さん、初めましてラートです】
【あ、はい。野登人さんから伺っています。それに……】
 どぎまぎの時雨を、野登人がカバーする。
「慶治、実は俺たちが旅立ったあの日、時雨は気になって俺の部屋に来たんだって」
「あッそう。知らなかった」
「ああ、電気はつけっぱなし。声が聞こえたので部屋に入ると二人はいなかった、とさ」
「テレビ、つけたままだものね」
 慶治は時雨の半信半疑の驚きが想像できた。そして今回は、二人とも肉体ごとの移動であったのを知った。

 姉妹は特段驚かない素振りだった。
 美光が、持参した五人分の缶ビールをそれぞれに手渡した。慶治のみロング缶だった。皆はそれを見たが、無言でやり過ごす。
「あのテレビの男、まるでこちら側を覗き込んでいるようだったわね」
 美宙が緊張を含んだ顔で訴える。
「言葉は脳内言葉だったな」と野登人。
「ドアームと言っていたが、あの声は夢宙の悪魔トーンではない。別人だ」
 慶治は真剣顔で「人間界の新たな悪魔の出現だね。そいつ俺たちにも宣言した、京都駅に来いとね」。「ああ、そうやねえ。人類に向けての宣戦布告か」興奮気味に野登人が応える。閃光姉妹もうなずく。
 慶治は一度立ち上がり、再びドッカとベッドに腰を下ろした。美光はその横を譲らない。
「しかし、俺はあの悪魔とは面識がない」野登人は不満げだ。
「そうだが、生きとし生けるものは命の深い部分で全てが繋がっている」
 その慶治の哲学言葉に、なんとなく皆は賛同している。
「こりゃあ、ちかぢか京都駅に大挙押し寄せるねぇ」
 あらためて野登人がそう断言する。
「堂々と公共の電波を乗っ取り宣言、頭から人類をなめている」
 慶治はビールを飲む。そして右耳の髪をこすり続ける。

「もしかしたら、あの流星という青年がそのリーダーかも」
 京都駅で出会った瞳に、慶治は特異な強さを感じ取っていた。
「油断できない瞳だった。成長期の今、誰に会い何を学んだかで、あの青年の人生は大きく変化する。若い時期は、皆が純粋な心を持ち合わせている。正義を知れば人びとを救済する人物になるだろう。逆に悪の道に入れば、歴史に残る悪人として名を残すに違いない。俺はそう感じた」
 慶治には流星青年の資質が見えている。これは、今までなかった感性だ。

「ねえ、ねえ慶治さん」 
 急に美光が甘ったれたトーンで話しかける。
「ちょっと聞いてもいいかなぁ」
 恥ずかしげだが、仲間の前でも積極的である。
「慶治さんって、今、付き合っている彼女いるのですか」
 瞬間その場が凍り付いた。姉の美宙も口を開け唖然とした顔だ。
「えッ、何で、……そんなこと訊くわけ、今?」
「だって、リーダーのこと何も知らないから」
 慶治は思わずビールを呷る。皆に気づかれないように『夢宙スマホ』のスイッチを切った。
「いない訳じゃないけど、今はいない」答えになっていない。
 すかさず美光は突っ込む。
「変なの、……じゃあ、意中の人レベルね。良かった私がトライするスペースは、あるってことで理解してもいいですか、ふふッ」
 美光の眼差しがまぶしく感じる慶治。
「――よし、みんな今夜はここまで。当日まであと数日ある。それまでに各自、仕事を調整して迎えよう。緊急時には、僕から脳内言葉で連絡を入れるからね。基本、集合場所は赤珠ってことで、よろしく」
 皆はその一言で、三々五々(さんさんごご)と帰って行った。

 
 夜通しクーラーをつけっ放しの熱帯夜であった。
 これから起ころうとしている事を考えると、慶治はとうとう一睡もできずに朝を迎えた。
 時計を確かめると五時過ぎである。彼は顔を洗い、新しいTシャツとジーンズに穿き替えた。表に出ると、――早朝からうるさく泣く蝉の世界だった。
 上賀茂神社前の御園橋に向かって走り、賀茂川の東岸に下りた。
 今朝も早くから犬の散歩コンテストは行われていた。手足を大きく振りそのまま上賀茂橋をくぐり、北山橋をくぐってさらに南下すると北大路橋だ。そこで車道に上がり橋を西岸に渡った。
 ここから十分程で、惑星流星がいるという『北京都病院』に着けるだろう。

 腕時計を見ると六時過ぎであった。早い時間なので少しためらいがあったが、気にしてはいられない心の働きが今の彼を動かす。控えていたスマホ番号のスイッチを、気合とともに押した。――コール音が十五回以上呼び出しても出ない。まだ寝ていると思い一旦切ろうとすると、ふいに出た。
『……もしもし』 
 慶治の記憶していた声色(こわいろ)とは違う野太い声が返ってきた。
「流星くんかな?」
『はい。そうですが、……あッ、お兄さん』
 思い出したのか、可愛い青年の声になった。
「きみに逢いたいのだけど」
『……いいですが、今からですか?』
 ためらいを含んだ返事であった。それでも言った。
「早急に逢いたい。俺、病院に向かっている、いいかい」
『看護師さんが朝の検温だし、朝食にはお母さんがくるので、……』
「そうか、……ところで流星くんは昨夜のテレビを見たかい?」
『昨日の夜は、……疲れて見てない』
(……彼は嘘をついている。なぜだ)
 否定され慶治は焦った。(俺の早とちりか?)
「……仕方ないね。また電話するね」そう言い切った。

 立ち止まったまま、信号が二回目の青に変わるまで考えあぐねていた。
 やがて彼は歩き始めるとスマホの『ラート呼び出しボタン』を押し同時に決心していた、これから病室に乗り込むことを。――脳内に出現したラート、彼は夕食を終えたタイミングだった。
【いよいよ、獣人式を敢行するようですね】
 ラートは、すべて知った口調で言う。
【でも焦らないで、先走りすると、ときに危険があるから。――でも】
【ん、でも、何だい】
【次元の門番は特別な能力をもつ、心の働きを信じてもいいかも】
【――その特別な能力って、いったい何なの】
【僕たちは『ミスポ』って呼んでいる】
【ミスポ、なにそれ?】
【そちらの言葉で、……そう『妙力(みょうりき)』もしくは『法力(ほうりき)』かな】
【こちらの過去の外国映画に、理力(りりょく)・フォースという能力があった。同じかな?】
【うん、『スター・ウォーズ』だね。でもビミョウ。理力は西洋思想の発想、限定的な超能力だね。『ミスボ』は、そちらの仏法の真髄に近いかも。つまり、宇宙のもっているパワー由来だね。これ慶治さんのパソコン・データーからだけど】
 ラートの言葉ニュアンスは、なんとなく理解できた。話しながら、北大路橋の西詰めと交差する加茂街道を左に折れて、紫明通りを西の烏丸通りに向かって足早に歩く。ラートは、急に予定があると言って去ってしまった。

【心の働きも、人間の持つ潜在能力のひとつなのか】
 今はそう信じている。
 それを選択するかしないで、この先のシナリオが大きく変わるのだろう。それは時として、不幸という落とし穴にはまるかも知れないし、求めている以上の答えに出会うかも知れない。
【今の俺は、夢宇宙の門番だ。心の直感を信じよう】
 そう決めて歩みを止めない。――やがて病院が見えてきた。
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登場人物紹介

生更木慶治《きさらぎけいじ》・四十歳



1990年生まれ2002年12歳に光体験。



ホテル警備夜勤勤務・高知県梼原町の出身。京都上賀茂に住む。坂本龍馬の信奉者右手で右耳の上の髪を掻く癖あり。名字由来は春に向けて草木が更に生えてくるとの意味。名前は小学生で亡くなった弟の忘れ形見(改名)。



極端な猫舌。基本黒Tシャツに上着。ブルージーンズ。夢の世界の宇宙と現世をつなぐ『夢の門番』で主人公。

下弦野登人(かげんのとひと)・四十歳 



エレベーター保守会社夜勤勤務。高知県羽山町出身須崎の工業高校の同級生190㎝の長身猫背。穏やかな性格だが剛毅。真剣に考える際に鉤鼻を親指と人差し指で挟みこする癖。ダンガリーシャツと薄ピンクのジーパン。

九條蓮華(くじょうれんか)・二十八歳 



『北京都病院』と北都大病院勤務の看護師。献身的看護で慶治の恋人となる。京都出身だが実家を離れ紅ハイツに住む。

五十嵐時雨(いがらししぐれ)・三十歳 



下弦野登人の通いの恋人。四条の電気器具販売店勤務。新潟の五泉市出身。色白美人。ぽっちゃり丸顔で色気あり。

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