第23話 幽霊いたって不思議ではない国
文字数 3,151文字
明らかに常軌を逸した映像である。
そのディスプレイが映し出した光景は、先月十八日の渋谷駅構内の銃撃戦である。
構内外二十カ所に設置された4Kカメラ映像を、SATスタッフが加工編集したものだ。赤松は飲んでいたイエロー・マグカップを横に置き言った。
「まるで外国の、エンタメ映画ですね」
「ふむ」それだけの大獅子。
白昼の駅構内に現れた男は黒いハンチング帽にサングラス。立ち襟の七分袖のベージュ色カッターシャツにスポーティなスラックス姿であった。印象深い茶色のビジネスリュックを身に着けている。その後を追う四名の体格の良い冷感ダークスーツ姿の男たち。いずれもパナマハットとサングラスを着用して、まるで四つ児の行進のようにシンクロした動きだ。
今時の防犯カメラは音を取り込む機能も付いている。だが多勢の雑踏の中ゆえに、スタッフは細かい会話を抽出することは困難だったようだ。
ハンチング帽の男は取り囲まれ、振り切るようにしてその場を離れようとした。だがスーツ男二人が両脇の腕を拘束した。瞬時に男たちは軽々と弾かれ、一人はホーム鉄柱、もう一人は雑踏客と共に倒れこんだ。不思議なのは男たちが見えない力に弾かれたことと、その瞬間の映像の乱れだ。
「もはや、特撮だね」と赤松。
次にハンチング帽は改札口目掛け走り去る。男たちはその場で拳銃を取り出し、立膝になり構え、なにか叫びながら――おそらく英語――ハンチング帽の男をめがけて発砲する。拘束目的で足を狙ったのだろうが、ところがその瞬間映像が乱れ、回復した時に銃弾が男に当たった気配がない。周辺通行の人びとが悲鳴と共に倒れ込んだ。
「オー」「キャア」「ワ―」と悲鳴。
カメラアングルが切り替わり、スーツ男たちはワンテンポ遅れた感じで改札口に向かう。外部カメラに切り替わり、一瞬間ハンチング帽男の姿を捉えていたが又してもノイズが画面を覆い、映像が回復すると男はすでに画面上にいなかった。パナマハットの男たちは、その場に少し立ち止まり男の行方を捜している風であった。やがて諦めたのか、セダンに飛び乗り去って行った。「間違いない、琵琶湖で会った男だ」
大獅子はタバコを深く吸い、紫煙をゆっくり吐き出した。
「この男、賀茂秦亮馬でしょうね。右手の時計は例のアテッサだ。ダークスーツの四人は、身のこなしがマルジー ではないしフォーリナー のようだ、エージェントくさいね。スタッフの話だと、車のナンバーは偽造ナンバーだった」
そこまで言い赤松警部補は両肩をほぐし、大獅子を見た。
「勝飛といい、星国いや、賀茂秦といい、真っ黒の不審者だ。しかもホテルの星国と賀茂秦は別人くさい。勝飛はもう勤務ホテルに出ないし、芦屋にも帰った気配がない」
忌々し気に大獅子、タバコを睨む。
「それに琵琶湖大橋の件、不思議な話ですね」
赤松が大獅子の顔面右側に残った青痣 を見ながら呟いた。
「賀茂秦だろう彼は、直接的には誰に対しても何もしていないし目撃者も多くいる。だがスマホには写っていない。エンジン停止の現象も、評論家連中は『集団ヒステリー』などと分析しているようだ」
「でも、……」
「ああ、俺は実際にやられ そうになった。だが超能力なんて話、現実世界で通用しない」
その大獅子の言葉に、「きっと巧みなトリックでしょう」と赤松も不信顔である。
「赤松、俺も超常現象なんてはなっから信用してない。だが、実際に、……こんな痣程度ですまされる話ではない。賀茂秦に救われた。しかも呪術のような祈りによって。ハハッ、今でも信じられない。……しかもモニターの野郎、きっと四人組はプロだ、そのプロの銃弾が実際それているではないか。賀茂秦は普通じゃない」
「ほんと、――呪術師と勝飛の超マジックでしょうか」
続いて京都駅構内での惨劇の映像が流された。
この映像も所々で思い出したようにノイズを呼び起こした。
「ちょっとストップ!」
大獅子の声で、すかさず止める赤松。
「その男ではない。もっと左隅、そう階段部分をクローズアップ」
言われるままアップしていくと、その十人ほどの集団がいっせいにビジネスリュックを背負った男を見ているようだ。
「こいつら、ちょっと匂う」睨む大獅子。
赤松はさらに拡大し「……こいつらSAGI のようですね」と言った。そしてそれを知らない大獅子に説明すると「場違いなメンバーだ。それとも、たんに偶然か」と呟く。
「……それよりも奇妙なデーターがあるんです」
赤松は完全に混乱を起こしているようだ。
「なんだい、それは」
「実は星国と賀茂秦の、新たなデーターが見つかったんです」
赤松は頭を左右に激しくふったあと、
「実は、二人とも、いや別の偽名者データーの一名を除き、すべて過去に捜索願の出ている行方不明者だったのです。それも豪雨災害と津波不明者ときている。――その生存者ならなぜ名乗りでないのか、理由がわからない。それに賀茂秦はソウル・ジャパンの痕跡をのこしているが、保津川くだり写真と星国の年齢素性が一致しない。まったくの別人かも知れない」
草原に迷い込んだ、子羊状態の赤松である。
「その一名を除きとは、誰だ」
「はい、李哲植 という在日の年配者です」
「在日? 関係あるのか」
「はい、帰化日本名が問題でして、星国つながりです」
「ふむ、その在日が気になる。データーはあるんだね」
「はい、四十代までは。その後は住所不定です。生きていれば七十歳代でしょうか」
言って、赤松はファイルを大獅子に手渡した。
大獅子はファイルを見る。――名前は星国行良 だが、写真は小学時代と二十歳代の顔つきのもの十数枚だった。
「とにかく、ちかぢか何かが起ころうとしている。……」
危険なヤマを渡り歩いた大獅子は、犯罪の遠近感を感知する能力をもっている。
「友人だった雛鳥の死もまた、この二人とどこかで繋がっている気がする、巧みな古代のだまし絵のようにね」
雛鳥については、赤松に話してある。
「どうやら異常なのは、最近の地球変動だけではないようですね。世の中、人の心が狂い始めているような気がする。何年か前からタガが外れたように、……理由なく、それを感じる」
赤松は真顔で言った。
「俺には悪魔の矛先がまだ見えていない。だが、この現実世界が非常識へと変わろうとしていることは実感している」
大獅子は自分の吐いた煙がけむたそうにして言う。共感の赤松が続ける。
「実は今朝に上から聞いたのですが、S・J、つまりソウル・ジャパンは西洋諸国への爆破予言とともに、実行するのは悪魔 の手先だと、……西洋宗教を揶揄 する言葉で書かれていたようです」
その赤松に対し「確かにどの国も宗教思想が絡んでいる。西洋映画はどれも、悪魔と神の闘いに明け暮れている。比べて日本映画は、正義の使者と悪人との闘いで実に人間的だったね、そう昔はね。最近は受け狙い西洋かぶれで、ドンパチのエンターテインメントにさま変わりだがね」
ニヒルに言った。
飛躍する大獅子の話に、赤松はさらに戸惑っているようだ。
大獅子はコーヒー・カップに手を伸ばしたが、空だと分ると元に戻した。
「ごめん話がそれた。赤松、徹底的にやろう。『北京都病院』にいる勝飛の特殊関係人(愛人)を洗ってくれないか。この惑星という女だ。俺は賀茂秦らの過去の勤務先と居住した地をもう少し探ってみる。とくに、……みょうに在日男が気になる。幽霊で存在しているかもしれない。いれば、それでもかまわない」
大獅子は鞄からファイルを取り出し、それを渡しながら更に申し添えた。
「女のデーター、本人には極秘だ。人の依頼内容、俺は守る主義だ」
「はい分かりました、極秘で鑑どり(聞込み)します」
尊敬する元上司の言葉に、赤松警部補は上気した顔つきで答えた。
そのディスプレイが映し出した光景は、先月十八日の渋谷駅構内の銃撃戦である。
構内外二十カ所に設置された4Kカメラ映像を、SATスタッフが加工編集したものだ。赤松は飲んでいたイエロー・マグカップを横に置き言った。
「まるで外国の、エンタメ映画ですね」
「ふむ」それだけの大獅子。
白昼の駅構内に現れた男は黒いハンチング帽にサングラス。立ち襟の七分袖のベージュ色カッターシャツにスポーティなスラックス姿であった。印象深い茶色のビジネスリュックを身に着けている。その後を追う四名の体格の良い冷感ダークスーツ姿の男たち。いずれもパナマハットとサングラスを着用して、まるで四つ児の行進のようにシンクロした動きだ。
今時の防犯カメラは音を取り込む機能も付いている。だが多勢の雑踏の中ゆえに、スタッフは細かい会話を抽出することは困難だったようだ。
ハンチング帽の男は取り囲まれ、振り切るようにしてその場を離れようとした。だがスーツ男二人が両脇の腕を拘束した。瞬時に男たちは軽々と弾かれ、一人はホーム鉄柱、もう一人は雑踏客と共に倒れこんだ。不思議なのは男たちが見えない力に弾かれたことと、その瞬間の映像の乱れだ。
「もはや、特撮だね」と赤松。
次にハンチング帽は改札口目掛け走り去る。男たちはその場で拳銃を取り出し、立膝になり構え、なにか叫びながら――おそらく英語――ハンチング帽の男をめがけて発砲する。拘束目的で足を狙ったのだろうが、ところがその瞬間映像が乱れ、回復した時に銃弾が男に当たった気配がない。周辺通行の人びとが悲鳴と共に倒れ込んだ。
「オー」「キャア」「ワ―」と悲鳴。
カメラアングルが切り替わり、スーツ男たちはワンテンポ遅れた感じで改札口に向かう。外部カメラに切り替わり、一瞬間ハンチング帽男の姿を捉えていたが又してもノイズが画面を覆い、映像が回復すると男はすでに画面上にいなかった。パナマハットの男たちは、その場に少し立ち止まり男の行方を捜している風であった。やがて諦めたのか、セダンに飛び乗り去って行った。「間違いない、琵琶湖で会った男だ」
大獅子はタバコを深く吸い、紫煙をゆっくり吐き出した。
「この男、賀茂秦亮馬でしょうね。右手の時計は例のアテッサだ。ダークスーツの四人は、身のこなしが
そこまで言い赤松警部補は両肩をほぐし、大獅子を見た。
「勝飛といい、星国いや、賀茂秦といい、真っ黒の不審者だ。しかもホテルの星国と賀茂秦は別人くさい。勝飛はもう勤務ホテルに出ないし、芦屋にも帰った気配がない」
忌々し気に大獅子、タバコを睨む。
「それに琵琶湖大橋の件、不思議な話ですね」
赤松が大獅子の顔面右側に残った
「賀茂秦だろう彼は、直接的には誰に対しても何もしていないし目撃者も多くいる。だがスマホには写っていない。エンジン停止の現象も、評論家連中は『集団ヒステリー』などと分析しているようだ」
「でも、……」
「ああ、俺は実際に
その大獅子の言葉に、「きっと巧みなトリックでしょう」と赤松も不信顔である。
「赤松、俺も超常現象なんてはなっから信用してない。だが、実際に、……こんな痣程度ですまされる話ではない。賀茂秦に救われた。しかも呪術のような祈りによって。ハハッ、今でも信じられない。……しかもモニターの野郎、きっと四人組はプロだ、そのプロの銃弾が実際それているではないか。賀茂秦は普通じゃない」
「ほんと、――呪術師と勝飛の超マジックでしょうか」
続いて京都駅構内での惨劇の映像が流された。
この映像も所々で思い出したようにノイズを呼び起こした。
「ちょっとストップ!」
大獅子の声で、すかさず止める赤松。
「その男ではない。もっと左隅、そう階段部分をクローズアップ」
言われるままアップしていくと、その十人ほどの集団がいっせいにビジネスリュックを背負った男を見ているようだ。
「こいつら、ちょっと匂う」睨む大獅子。
赤松はさらに拡大し「……こいつら
「……それよりも奇妙なデーターがあるんです」
赤松は完全に混乱を起こしているようだ。
「なんだい、それは」
「実は星国と賀茂秦の、新たなデーターが見つかったんです」
赤松は頭を左右に激しくふったあと、
「実は、二人とも、いや別の偽名者データーの一名を除き、すべて過去に捜索願の出ている行方不明者だったのです。それも豪雨災害と津波不明者ときている。――その生存者ならなぜ名乗りでないのか、理由がわからない。それに賀茂秦はソウル・ジャパンの痕跡をのこしているが、保津川くだり写真と星国の年齢素性が一致しない。まったくの別人かも知れない」
草原に迷い込んだ、子羊状態の赤松である。
「その一名を除きとは、誰だ」
「はい、
「在日? 関係あるのか」
「はい、帰化日本名が問題でして、星国つながりです」
「ふむ、その在日が気になる。データーはあるんだね」
「はい、四十代までは。その後は住所不定です。生きていれば七十歳代でしょうか」
言って、赤松はファイルを大獅子に手渡した。
大獅子はファイルを見る。――名前は
「とにかく、ちかぢか何かが起ころうとしている。……」
危険なヤマを渡り歩いた大獅子は、犯罪の遠近感を感知する能力をもっている。
「友人だった雛鳥の死もまた、この二人とどこかで繋がっている気がする、巧みな古代のだまし絵のようにね」
雛鳥については、赤松に話してある。
「どうやら異常なのは、最近の地球変動だけではないようですね。世の中、人の心が狂い始めているような気がする。何年か前からタガが外れたように、……理由なく、それを感じる」
赤松は真顔で言った。
「俺には悪魔の矛先がまだ見えていない。だが、この現実世界が非常識へと変わろうとしていることは実感している」
大獅子は自分の吐いた煙がけむたそうにして言う。共感の赤松が続ける。
「実は今朝に上から聞いたのですが、S・J、つまりソウル・ジャパンは西洋諸国への爆破予言とともに、実行するのは
その赤松に対し「確かにどの国も宗教思想が絡んでいる。西洋映画はどれも、悪魔と神の闘いに明け暮れている。比べて日本映画は、正義の使者と悪人との闘いで実に人間的だったね、そう昔はね。最近は受け狙い西洋かぶれで、ドンパチのエンターテインメントにさま変わりだがね」
ニヒルに言った。
飛躍する大獅子の話に、赤松はさらに戸惑っているようだ。
大獅子はコーヒー・カップに手を伸ばしたが、空だと分ると元に戻した。
「ごめん話がそれた。赤松、徹底的にやろう。『北京都病院』にいる勝飛の特殊関係人(愛人)を洗ってくれないか。この惑星という女だ。俺は賀茂秦らの過去の勤務先と居住した地をもう少し探ってみる。とくに、……みょうに在日男が気になる。幽霊で存在しているかもしれない。いれば、それでもかまわない」
大獅子は鞄からファイルを取り出し、それを渡しながら更に申し添えた。
「女のデーター、本人には極秘だ。人の依頼内容、俺は守る主義だ」
「はい分かりました、極秘で鑑どり(聞込み)します」
尊敬する元上司の言葉に、赤松警部補は上気した顔つきで答えた。