第24話 さて我が子らよ覚醒すべし
文字数 2,407文字
惑星流星は独り夢の中にいた。
新京極の賑わいの中、人の流れにのって煌びやかな商品を眺めているうちに四条通りにまで出ていた。そこで我にかえる。
(母さんの所に帰らなくては)
道行く人びとは誰も知らんふりで、やっとの思いで映画館に辿り着いたが、そこにいるはずの母親の姿が見つからない。映画館の前で座り込み待つことにした。
(――!)不意に、目の前に男が現れた。
ザンバラ髪を逆立てたあの男だ。血走った目を彼に合わせニヤリと笑った。
「俺がお前の父親だ!」
悲鳴を上げ――目が覚めた。
モニターからの悲鳴を聴きつけ、看護師が部屋に入ってきた。
「リュウちゃん、どうしたの? 夢でも見たのかな」
笑顔の奥村がいつもの優しい声で問いかける。
「……もう大丈夫。お母さんは?」
「お母さんはリュウちゃんが寝たのを確かめ、おうちに帰ったわよ」
「そっか。……」
「あら、どうしたの? いつものリュウ君らしくないわねえ」
端麗に成長した自分の息子を見るような顔つきだ。
「その呼び名は、やめてくれない」
流星はぶっきらぼうに言った。
「あらら、ずいぶんと怖い夢だったようね」
奥村は語気に少し驚いたように、目を丸くして言った。
「お母さんはお疲れのようすね。そうだ、流星さんはスマホあるじゃない」
床頭台のスマホを見た。(最近、母さん変だ)と思う。
「もう大丈夫」
そう言いテレビスイッチを入れると、安心したのか奥村は帰っていった。
流星は好きでもないテレビを見るでもなく見ていた。テレビではお笑い芸人による、お笑い芸人のためのクイズ番組が流れていた。
ふと――半立体テレビが沈黙した。
液晶画面が真っ白になる普通ではない白だ。手動リモコンで他局に切り替えるがどこも同じで、もとに戻る気配がない。故障だろうと思い「オフ」と言いスイッチを切った。が、スイッチが切れない。彼はナース・コールを押そうとしたが、やめた。
白い画面に滲むような影が認められたからだ。――デジタル時計は丁度零時であった。その影は徐々にはっきりと実体化していく。
不鮮明な色から鮮明なカラー画面に変化した。――そこに映し出されたのは、瞼を閉じた人の顔であった。流星は見た瞬間、半立体画面の人物が『父親』であることを唐突に知った。
理屈を超えた、それは確信である。
【わが息子、娘たち、聴くがよい!】
その父親だろう人物は、両目をカッと見開き呼びかける。見開かれた鳶色の瞳は宝石のような艶を持ち、はっきりとこちら側を見透かしているようだった。それに瞬きのない催眠術師のような力を湛えている。言葉には、疑いの欠片も存在しない。
【お前たちは我が子、古めかしい人間ではない。人間にまさる能力を秘めている。そう、現にお前たちは今日のこの時間に、このテレビを通して私に逢っていることがそのあかし。並みの人間には見聞きできないヘルツでね】
それは直接脳内に届くような声であった。
流星は前々から自分が単に病気ではなく、クラスメートとは違った人間であると自覚していた。彼らが随分と幼く感じられたし、彼らを弟のように思いまとめてもきた。
父親のいないことは今時珍しいことではない。――だが今の今まで、自分には父親の記憶も顔もなかった。母親もまた十二歳で母を亡くし、父親の顔を知らないという。ところが今夜突然に、その知らなかった父親が目の前に現れた。たしかに識別するに充分な目鼻立ちだ。
流星の心臓は、早鐘を打つように全身に血液を送っていく。
【この先、お前たちは父の言葉のみを信じ行動を起こすのだ! お前たちは新生『ドアーム族』の戦士なのだ。すでに、お前たちの細胞は変化を始めている】
その言葉でパジャマ越しに、心臓が飛び出るほどに突き上げられる。同時にその反対側の部位で新たな心拍が刻まれはじめた。今まで沈黙していた『もうひとつの心臓』が自主的に動き始めたと実感できる。
神経がねじれるような奇妙な感覚だ。躰の中で暴れる血液は筋肉という筋肉を締め上げていく。それは手榴弾の膨張のように力をためこみ、いまにも爆発を起こしそうだ。
次に頭上に激しい痛みを感じた。流星は前に屈み込み両手で頭を抱え込む。頭蓋を中から異物が押し上げ突き破ってくる感覚だ。――嗚咽が漏れる。
【我慢だ、声を出すな!】
その強き命令ことばを意識すると、痛みが嘘のように消えていく。すると今度は口の中が、焼けるような感覚に襲われた。上下の歯茎の神経が熱湯にでも触れたように激しく痛んだ。それは麻酔無しで歯を引き抜かれる感覚である。しかしこれも意識コントロールすると不思議に耐えられた。
【フフフッ、心配しなくても死ぬことはない】
父だろう男は画面を通して、こちら側の状況を覗き見ている。
【お前たちとこれまで一緒に生活しただろう男。だがその父親から、どれだけの能力を授かった。今夜私がお前たちに能力を授けた。この先、邪魔するものはすべて排除せよ。いまだお前たちの親たちは、同じ種 を殺戮 し孤独な消耗をつづけている。この先はそんな人類を平定し頂点に我等ドアームが君臨する。お前たちは新たなる若き種族である】
教師の説教よりも、自然に伝い来る言葉。
流星は痒みを感じて自分の両腕に目をやった。パジャマから出ている皮膚が、まるで蛇のような鱗 肌に変化していた。彼は焦りベッド脇の床頭台 から手鏡を取り出して顔を見た。そこには赤鬼のような形相をした顔と、頭には一本の角が出ていた。口は大きく裂けて両牙が剥き出ている。
(ワ――ッ)
心で叫んだ瞬間、もとの姿に戻り傷口も鱗もない。
【フフッ……お前たち可能な者は八月十三日の夜、午後八時に京都駅前に集合しなさい。そこにお前たちのリーダーが待っていようし、我も待つ】
そう言い終えると画面は唐突に切り替わった。いつものお笑い番組が流れてゆく。
なぜか流星は、まだ見ぬ仲間のリーダーであると告げられた気がした。
新京極の賑わいの中、人の流れにのって煌びやかな商品を眺めているうちに四条通りにまで出ていた。そこで我にかえる。
(母さんの所に帰らなくては)
道行く人びとは誰も知らんふりで、やっとの思いで映画館に辿り着いたが、そこにいるはずの母親の姿が見つからない。映画館の前で座り込み待つことにした。
(――!)不意に、目の前に男が現れた。
ザンバラ髪を逆立てたあの男だ。血走った目を彼に合わせニヤリと笑った。
「俺がお前の父親だ!」
悲鳴を上げ――目が覚めた。
モニターからの悲鳴を聴きつけ、看護師が部屋に入ってきた。
「リュウちゃん、どうしたの? 夢でも見たのかな」
笑顔の奥村がいつもの優しい声で問いかける。
「……もう大丈夫。お母さんは?」
「お母さんはリュウちゃんが寝たのを確かめ、おうちに帰ったわよ」
「そっか。……」
「あら、どうしたの? いつものリュウ君らしくないわねえ」
端麗に成長した自分の息子を見るような顔つきだ。
「その呼び名は、やめてくれない」
流星はぶっきらぼうに言った。
「あらら、ずいぶんと怖い夢だったようね」
奥村は語気に少し驚いたように、目を丸くして言った。
「お母さんはお疲れのようすね。そうだ、流星さんはスマホあるじゃない」
床頭台のスマホを見た。(最近、母さん変だ)と思う。
「もう大丈夫」
そう言いテレビスイッチを入れると、安心したのか奥村は帰っていった。
流星は好きでもないテレビを見るでもなく見ていた。テレビではお笑い芸人による、お笑い芸人のためのクイズ番組が流れていた。
ふと――半立体テレビが沈黙した。
液晶画面が真っ白になる普通ではない白だ。手動リモコンで他局に切り替えるがどこも同じで、もとに戻る気配がない。故障だろうと思い「オフ」と言いスイッチを切った。が、スイッチが切れない。彼はナース・コールを押そうとしたが、やめた。
白い画面に滲むような影が認められたからだ。――デジタル時計は丁度零時であった。その影は徐々にはっきりと実体化していく。
不鮮明な色から鮮明なカラー画面に変化した。――そこに映し出されたのは、瞼を閉じた人の顔であった。流星は見た瞬間、半立体画面の人物が『父親』であることを唐突に知った。
理屈を超えた、それは確信である。
【わが息子、娘たち、聴くがよい!】
その父親だろう人物は、両目をカッと見開き呼びかける。見開かれた鳶色の瞳は宝石のような艶を持ち、はっきりとこちら側を見透かしているようだった。それに瞬きのない催眠術師のような力を湛えている。言葉には、疑いの欠片も存在しない。
【お前たちは我が子、古めかしい人間ではない。人間にまさる能力を秘めている。そう、現にお前たちは今日のこの時間に、このテレビを通して私に逢っていることがそのあかし。並みの人間には見聞きできないヘルツでね】
それは直接脳内に届くような声であった。
流星は前々から自分が単に病気ではなく、クラスメートとは違った人間であると自覚していた。彼らが随分と幼く感じられたし、彼らを弟のように思いまとめてもきた。
父親のいないことは今時珍しいことではない。――だが今の今まで、自分には父親の記憶も顔もなかった。母親もまた十二歳で母を亡くし、父親の顔を知らないという。ところが今夜突然に、その知らなかった父親が目の前に現れた。たしかに識別するに充分な目鼻立ちだ。
流星の心臓は、早鐘を打つように全身に血液を送っていく。
【この先、お前たちは父の言葉のみを信じ行動を起こすのだ! お前たちは新生『ドアーム族』の戦士なのだ。すでに、お前たちの細胞は変化を始めている】
その言葉でパジャマ越しに、心臓が飛び出るほどに突き上げられる。同時にその反対側の部位で新たな心拍が刻まれはじめた。今まで沈黙していた『もうひとつの心臓』が自主的に動き始めたと実感できる。
神経がねじれるような奇妙な感覚だ。躰の中で暴れる血液は筋肉という筋肉を締め上げていく。それは手榴弾の膨張のように力をためこみ、いまにも爆発を起こしそうだ。
次に頭上に激しい痛みを感じた。流星は前に屈み込み両手で頭を抱え込む。頭蓋を中から異物が押し上げ突き破ってくる感覚だ。――嗚咽が漏れる。
【我慢だ、声を出すな!】
その強き命令ことばを意識すると、痛みが嘘のように消えていく。すると今度は口の中が、焼けるような感覚に襲われた。上下の歯茎の神経が熱湯にでも触れたように激しく痛んだ。それは麻酔無しで歯を引き抜かれる感覚である。しかしこれも意識コントロールすると不思議に耐えられた。
【フフフッ、心配しなくても死ぬことはない】
父だろう男は画面を通して、こちら側の状況を覗き見ている。
【お前たちとこれまで一緒に生活しただろう男。だがその父親から、どれだけの能力を授かった。今夜私がお前たちに能力を授けた。この先、邪魔するものはすべて排除せよ。いまだお前たちの親たちは、同じ
教師の説教よりも、自然に伝い来る言葉。
流星は痒みを感じて自分の両腕に目をやった。パジャマから出ている皮膚が、まるで蛇のような
(ワ――ッ)
心で叫んだ瞬間、もとの姿に戻り傷口も鱗もない。
【フフッ……お前たち可能な者は八月十三日の夜、午後八時に京都駅前に集合しなさい。そこにお前たちのリーダーが待っていようし、我も待つ】
そう言い終えると画面は唐突に切り替わった。いつものお笑い番組が流れてゆく。
なぜか流星は、まだ見ぬ仲間のリーダーであると告げられた気がした。