第33話 その異例の顔ぶれに意味がある―(1)

文字数 4,438文字

 国連総会での演説を終え、トンボ返りの専用機内で世界を相手にした沙羅は疲れきっていた。サンドウィッチを二切れ食べたあと、
「冷水を一杯お願いしたい。そしてすこし眠りたい」
 そう言い、ネクタイを外した。

 コップの水を飲み干し、ゆっくりと目を閉じる。
 すぐに張りつめた興奮からの疲労が彼を眠りに引きこんだ。――時間は分からないが、速やかに深い夢の領域にたどり着いた。そこに待ち人がいた。会ったことのある人物だ。
「……ソウル・ジャパン」
 驚きを伴うことはなかった。すでに旧知の感覚だった。
 漆黒だが、二人とも見えないソファーに座り対面であった。

「不思議な人だ――いや、人だろうか?」

 その自然な問いかけに自然な笑みを返して、
「いえ、……正確には人でした」
 S・Jは過去形で答えた。
「わからない、どういう意味だろう」
「私にはいくつかの魂が宿っています」
「私には? ……報告だと、実体としても存在しているね」
「……いずれ分かる話ですから、そう、明かしましょう」
 言って瞬時に変態した。――人間ではない。
「!」声の出ない沙羅。

 目の前の存在は人のような輪郭を保っているが、まったく人間的ではない。
 全身は細かいステンドグラスのようであるが色がない。そうではない皮膚のようにも見える。銀色のようでもあるが輝きのない多角形で、切子細工のように細分化された表面をしていた。
「あの、あなたは……」
「はい、人間ではありません」
 平然と言った。目鼻口と耳らしきものは存在している。あとは一体型のスーツのようだった。
「この姿が本来のもの、星国と賀茂秦は人間としての仮の姿です」
「仮の姿? しかし――」
「そう彼らは、躰をもたないタマシイ。私はその魂の宿りしマシーン、便宜上でのマシーンです……。この世界ですと、Eternal Soul(エターナル・ソウル)(永遠のたましい)でしょうか」
 沙羅には理解の及ばない領域だった。

「ソウル・ジャパンとは?」
「使命を帯びたこの国での呼び名、彼ら二人の象徴的な呼び名にしました」
 まだよくわからないが、沙羅は迷いを断ち切るための質問を優先する。
「分断された民族間の溝をうめるには、どうすればよいだろうか」
 沙羅の切実な思いだ。
「――まず大事なものは、三点あります。その三点は総理自身がご存じのものばかりです」
「私自身が知っている?」
「そうです。ご自身を動かす原点です。その原点を実行に移すのは勇気のいる決断です」
「……! もしかして」
「私が何故、星国氏に日蓮を語らせ、塚原卜伝のたとえ話をだしたのかお考え下さい」
「……」
「早急に側近と意思疎通をはかり、宣言を行うべきです」
「……うむ」
「ご自身を信じ、実行あるのみです。猶予はありません。僭越ながら星国も参加させましょう」
 このあと沙羅総理とエターナル・ソウルの打ち合わせは続いた。


 ――帰国の機内から官邸内外の要人に沙羅自身がダイレクトに招集命令を出した。
 急遽招集された面々は、なぜ自分なのか会議の趣旨が推し量れないメンバーも含まれていた。その最中、沙羅は熊本幹事長から連絡を受け機外を見ると西の夜空に流れ落ちる火球を確認した。とても早く煌煌と輝き消えた。

 異色メンバーの緊急会議は、十一日十三時に首相官邸内で行われた。
「まず、現在の状況を説明してくれないか」
 開口一番、自衛隊最高指揮官でもある沙羅は、火球の件を明神警察庁長官に訊く。
 この会議に参加の政治家閣僚は幹事長と官房長官のみであった。そのほかは警察庁長官と元SAT・Jの大獅子・赤松両名。自衛隊から統合幕僚長・陸海空三幕僚長メンバーが召集されていた。それに宮内庁長官及び次長の参加は、この会議の異常さ物語っている。政界史始まって以来の顔ぶれかも知れない。

「ご報告します。昨夜の隕石物と思われる落下物は、直径二十センチほどの真球であります。半日ほどの時間経過にも関わらず、球体表面温度は八〇〇度の熱量を維持しています。京都駅前はその球体を軸に半径五十メートルほどの窪みが形成されています」
 緊張からか硬い表情を崩さずに、明神は報告を行った。
 次に小林総合幕僚長が「その球体はレーダー補足できない天空から忽然と現れ、自然でないスピードで、地球公転を無視した直線落下と推定されます」と顔を拭い、同席の各幕僚長の顔を見まわしながら発言した。

「ふむ、ソウル・ジャパンとの関連性はどうかね、警察庁長官」
 沙羅は明神に尋ねる。すると大獅子が立ち上がり、長官は座る。この問題は普通の事象ではないことを、明神は大獅子から訊いているようだ。
「この先は、皆さん、一旦常識を横に置きお聴きください」
 大獅子はゆっくりと全メンバーの顔を見回して話を続ける。

「この世に悪は多けれど、真の悪魔は存在していなかった今までは、(咳払い)西洋宗教史に登場し、人類を平和から遠ざけていた悪魔話はあるのですが、いよいよ生命の底に潜む、根源悪の魔性が現世に侵入してきたのです」
 大獅子はそこまで述べて、セットされていた冷水を口に含み次に破顔した。
「実は、これは私の言葉ではなく、すでに皆さん御存じの人物からの受け売りです。この先は、その彼ソウル・ジャパン、略称S・Jより語って戴きます」
 大獅子は総理の顔を見る。沙羅はAIパソコンを操作した。

 すると予め円形会議テーブル上にしつらえてあった、一枚の縦長のモニターが起動すると、半身大の人物が3D(スリーディ)仕様でリアルに立体化して現れた。ソウル・ジャパンであった。
 初対面メンバーからもどよめきが湧きあがった。その人を引き付ける特異な風貌ゆえである。癖のないストレートな頭髪は、左右白黒にハッキリ分かれ眼光は涼やかだった。
「この躰は星国行良ですが、在日二世としての実体は存在していません。この姿は、……三百年先の技術によって生成された『クローン体』であります。……あえて最初に素性を申し上げるのには理由があります。この先の日本のゆくすえに、深い関わりがあるためです。又、この場に天皇家より宮内庁長官及び次長のご参加を、総理に要請したことにも、甚深の意味あいを含んでいます。悪魔を冥伏するがための根拠ともなります」

 とても複雑で難解な事情を含んだ話を、噛んで含めるようなテンポで話す。
「これまで日本人の多くは、この国の有する『使命』の重要性について、認識と理解する努力を怠ってきました。実は世界平和に関して日本は重要な使命をかかえているのです。全地球人類に知らしめるべき内容なのです。ある意味、今回の闘いいかんによって、地球人類全体の未来が掛かっていると言っても、決して過言ではありません」
 S・Jの話は大言壮語にも受け取れる。だが毅然と語る未知の内容であるため、参加者の内心は大地ごと揺れる気分であった。

 ――ここで沙羅が言葉を補う。
「星国氏ことS・Jの魂の宿る躰は未来から訪れたようですが、人間でなく……いや、それは重要なことでなく彼の魂が抱えている警告が、今の我々にもっとも必要な課題なのです。具体的には京都駅前で、明後日におこる『獣人式』。――奇怪な言葉ですが言い換えると『新人類の生誕式』これを阻止する闘いなのです。信じがたいが、……人類が滅び、悪魔が人類を支配するというのです」
 すると幕僚長メンバーが、憮然とした表情で全員立ち上がった。
「アメリカとの関係の中で、日本の平和は維持されているし、日本は古来より『よろずの神々』の保護下にある。SF小説まがいの悪魔など、今夜のうちに一網打尽にしてみせます」
 S・Jのモニターに向かって、総幕僚長である小林陸将が言い切る。

「……失礼ですが小林様、よろずの神々こそSF小説の主人公ではないでしょうか。あなたはどこまで神々の存在を証明できますか? 『となりのトトロ』にでも聞きましたか? もう一つ申し上げます。海上自衛隊の護衛艦『いずも』などの艦内に設置されている神棚は、神道の神々を祀るためのものですね。日本は戦争放棄、宗教の自由をうたっていた。今、その精神はどこにあるのでしょう?」
「それは国民総意の慣習、安全祈願であって宗教ではない」
「それは戦前思想の幽霊、詭弁だとおもいます。長年にわたり云われ続けた自衛隊法改正は、まず神道排除と軍事費撤廃が慣用ではないでしょうか?」
 それを聞き、総幕僚長は思わずのけ反った。

「それに悪魔との闘いに、人間の武器は何の意味も果たさないのです。先の七ヵ国の核弾頭爆破の件は御存じかと思います。現地を確認しましたか、地獄のように恐ろしい惨状ではありませんか。あなた方の信じる核抑止力は、悲しい人間のもつ魔性のはたらきでしかありません――まだ分からないのですか」
 プライドで激昂する四人の幕僚長に、笑みを崩さずにS・Jは語る。
「教えましょう、今激昂している命こそ、仏教のいう『元品の無明(がんぽんのむみょう)』そのものです。――つまりその意味は、人間に宿る仏性を信じ切れない、根本的な命・生命の迷いといえましょう。凡夫ともいわれます。神は仏のもとでこそ、その力を発揮できるのです。西洋は仏の概念が存在しない一教神ですね。相手を想う心、つまり慈悲なき神同士の終わりなき争いです」
 しばらく声が出なかったが、四人はうなだれるようにして着席した。

 次にS・Jの視点が伊藤宮内庁長官にむけられた。
「それに、――あまりにも天皇の存在理由が曲解され、又、時の権力者に利用されてきた歴史が、事実として今も存在しています。それらこそが日本国の使命を阻害する、大きな原因の一つだとは思いませんか? それは坂本龍馬暗殺後の恩知らずの武士、明治政府、つまり為政者とエセ国学者による暴挙であります。ご存知でしょう伊藤宮内庁長官どの」
 伊藤は沈黙だ。
 S・Jの話の飛躍に、参加者はついていけずに戸惑いを隠せない。

「……そこは涼しいですか、今日も真夏日、水分を補給して下さいね」
 ここ六カ月間の日本列島は酷暑の日々が続いていて、昨日の高知の四万十市では観測史上最高を記録していた。車以外、日中に外を出歩く人はほとんどいなかった。

「星国氏、我われを指名したのは、いかなる理由によるものなのでしょう」
 伊藤宮内庁長官はS・Jの『天皇論』に得心がいかないようだ。
「はい、今の天皇家のお姿、公務に臨まれる姿勢は過去のお姿、本来のものだと言えましょう。それは敗戦後に美智子さま、雅子さまをお迎えになったあとから天皇家は変わろうと努力されています。すべては明治維新後に為政者の企てによって、『内閣府設置法および宮内庁法』なるもので、言葉は悪いですが天皇家を拘束したのです。過去からもくろんでいた廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)を根底にして、神道色に統合するために、……どこに天皇や国民の『信教の自由』が存在しているのでしょう」
 憮然としている伊藤宮内庁長官に問うた。
「神道は宗教ではないのですか? 長官」
「それは、古くからの慣習であって……」
 頭髪の薄い伊藤は、しどろもどろである。
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登場人物紹介

生更木慶治《きさらぎけいじ》・四十歳



1990年生まれ2002年12歳に光体験。



ホテル警備夜勤勤務・高知県梼原町の出身。京都上賀茂に住む。坂本龍馬の信奉者右手で右耳の上の髪を掻く癖あり。名字由来は春に向けて草木が更に生えてくるとの意味。名前は小学生で亡くなった弟の忘れ形見(改名)。



極端な猫舌。基本黒Tシャツに上着。ブルージーンズ。夢の世界の宇宙と現世をつなぐ『夢の門番』で主人公。

下弦野登人(かげんのとひと)・四十歳 



エレベーター保守会社夜勤勤務。高知県羽山町出身須崎の工業高校の同級生190㎝の長身猫背。穏やかな性格だが剛毅。真剣に考える際に鉤鼻を親指と人差し指で挟みこする癖。ダンガリーシャツと薄ピンクのジーパン。

九條蓮華(くじょうれんか)・二十八歳 



『北京都病院』と北都大病院勤務の看護師。献身的看護で慶治の恋人となる。京都出身だが実家を離れ紅ハイツに住む。

五十嵐時雨(いがらししぐれ)・三十歳 



下弦野登人の通いの恋人。四条の電気器具販売店勤務。新潟の五泉市出身。色白美人。ぽっちゃり丸顔で色気あり。

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