第22話 その京都駅は世界の羅城門なのか

文字数 3,078文字

 赤珠に集ったのは七月二十二日の朝だった。
 店は西向きだからモーニングの時間帯は朝陽が差し込まない、クーラーのききが程よい感じ。慶治と野登人が入店すると、大獅子は指定席から立ち上がり「オハヨ」とあッけない挨拶を交わし出ていった。
「あれ、今日も……忙しいんだ」
 車に乗り込む姿に目をやり慶治が呟く。
「今朝は新聞もなし、コーヒー飲み終えるとね」
 マスターが箆で五人用のビーカーを攪拌しながら微笑んだ。

 間もなしに、閃光姉妹が入店してきた。
 その二人に声をかけたのは慶治だった。
「久しぶり、……元気だった?」
 彼はすんなりリーダー格だし、もはや女性への苦手意識は存在しない。
「二人とも、猛暑でげんなり」
 美光が言う。すかさず美宇が、
「モーショウがないでしょう」
 顔を崩しそう言い、二人して笑った。外は笑うこともできない熱波である。
「青年は数日あわないと、成長著しいどすなぁ」
 マスター佐竹は、オーバーな感嘆詞をもらす。

 お絞りを使いながら、
「大獅子さん、きょうはお仕事のようね。御薗橋を南下するのが見えたけど」
 予知力のある美光は、何かを感じ取り慶治に言った。
「だね」と応える。
 今日の姉妹は色違いだがお揃いのカジュアルな服装で、そろってジーンズ姿だった。美光はすんなり慶治の横に陣取り満足気である。
 今朝の能登人はというと眠たげで、カウンターに両肘をつき顔を支えモアイ像のようだった。
「ねえ、ねえリーダー、今日から私は秘書、いいでしょう」
 その露骨なアプローチに、慶治は少々戸惑った。ほかの三人は苦笑している。
 今朝はネネカのいないとても穏やかな朝だった。

 モーニングを食べ終え小一時間もすると、京都駅に行ってみようという話になった。
 先日の京都駅での惨事が気になる四人であった。
 慶治には『京都駅』というワードが、水面に浮かび上がった魚影のように気になる。
 空いている地下鉄の中で、
「京都駅からのレールは全世界の隅々にまで、繋がっているような気がする」
「ゲッ、どうしたん」
 やっと野登人の魂がお目覚めのようである。それまでは、彼なりにこの先に待つだろう悪馬との闘いに思考を巡らせていたのかもしれない。

「あらゆる人種の人びとが、この古き東洋の都になぜか魅かれるように訪れる。不思議といえば不思議と思わないか」
 慶治のつぶやきに、三人はノーリアクション。
「……現在の位置から少しずれるが、京都駅は『羅城門(らじょうもん)』に近い。それは古代の都城(とじょう)の正門名称で、京都の場合朱雀大路(すざくおおじ)の南端に位置していた。芥川龍之介の代表作の短編『羅生門(らしょうもん)』は、これがモデルのようだ」
「ふ~ん」
 美光は羨望の顔である。
「戦乱で荒れ果てた都の入り口が舞台、人間の本性に宿るエゴの機微が描かれている。人の正義が悪へと変化するさまこそ、ここって悪魔の儀式にふさわしい舞台かも知れない」
 慶治は内面に湧きあがる気持ちで語った。

 やがて四人は七条中央口の前に立ち、正面の京都タワーを見上げた。異常なくらいに真っ白な入道雲が眩しかった。――慶治は皆に問うた。
「全国にタワーは多いけれど、白い円筒状で優雅なデザインはここだけだと思う。――ところで、このタワーの(いわ)れを知ってるかい?」
「それは、ズバリ蝋燭でしょう」
 自信をもって美宙が答えた。
「ブッ、ブー」笑顔で慶治がダメ出しした。
「正解は灯台なんだ。昭和三十年代の京都はビルなどほとんど無かったらしい。それで町家の瓦葺き屋根を波に見立て、海のない京都の街を照らす灯台のイメージだね」
「あ、そうなんだ。さすがリーダー、ものしり」
 もはや美光は尊敬の目だ。その時、パラパラと拍手が起こった。

 気づくと慶治らの横の学生たちだった。暑さのせいだろう若い彼らもおしゃれな帽子着用だ。慶治にはその中の背の高い青年の姿が目に入った。なにか引きつけるものを感じたからだ。
「雛鳥先生が自殺するなんて信じられへん」
 その青年、タワーを見上げて仲間に言った。
「野登人よ、先生の自殺ってどういう意味?」
 慶治は、爪楊枝を咥えたままの野登人に訊く。
「なんか医者がタワーの天辺から飛び降り自殺らしい。とても人間技ではないね、ちょっとしたミステリーじゃ」
 そう答え、野登人も青年を見た。慶治は両腕を組みなおし、
「誰かが誰かにむけての、アピールかも知れないね」
 暗に悪魔を意識して言い、青年の目を見た。青年は、慶治から視線を外さないでいる。

(孤独で、それでいて芯の強い目だ)
 そう思い、
「君は、先生のことをよく知っているのかい」
 やんわりと語り掛けた。脳内のラートも慶治の目を通して青年を見極めようとしているようだ。声を掛けられた青年は、大きく目を見開いて言った。
「雛鳥先生は、僕のいのちの恩人です、生まれた時からの」
「ほう、そうだったの。さぞかしびっくりしただろう」
「先生は自殺なんてするはずがない。……きっと誰かが、誰かが先生のことを」
 青年は涙を懸命にこらえている。
惑星流星(わくぼしりゅうせい)さんか、いい名だね(不思議だ、名前が浮かんだ!)」
 脳内に湧いた名前に驚き、きっと自殺は悪魔の仕業だと悟った慶治であった。
「今回のことは、きっと僕らが仇を取るからね」
 笑顔で青年に告げた。その唐突な仇という言葉に驚いたようだが、無言で笑みうなずく青年。見ると仲間の三人も、慶治の言葉に感動しているようであった。

「君に、何か思い当たることはないのかい?」
「先生は、僕が人類のための、だいじな秘密を握っていると言っていた」
「秘密か、その先生、おだやかではないね」
 野登人が口を挟む。
 その時、慶治には若者の発する思念で、雛鳥医師の顔のイメージが湧いていた。
「流星くん、ありがとう。話は充分に分かった。……人の出逢いに偶然はない。きっと君も狙われている、充分に気をつけないといけないよ」
「え、どうしてですか?」
「先生、君の秘密が理由で殺されたとしたら、次は君がターゲットだろう」
「えッ、僕が、ですか?」
「そう、……君の話をもっと聞きたい。だからあらためて逢おう」
 ほかの青年の手前、慶治はその程度にして、スマホナンバーのやり取りを済ませた。

「ちょっと、あそこのメンバー気にならない?」
 美光が慶治の肘をひっぱり言った。
「ちょっと気になるね」と野登人。
 その青年群、構内の西階段にてんでバラバラの衣装で、年齢幅もいろいろだ。その十名ほどの男女は、構内の一点を指さす者、天井を見上げる者もいる。――こちらに視線を注ぐ者もいた。
 それで美宙が、その視線の男に天皇が振るように手を振り微笑む。不意を突かれ男は視線を外した、明らかに。
 やがて長身の長髪男が立ちあがると、一組はICパスで改札口を中に入り、もう一組は地下へのエスカレーターで移動して消えた。

「バラバラのようで、胸のバッジは共通ね」
 美宇がそう言い、美光は「もしかして、サギ?」と言った。
「例のS・A・G・Iのサギかい? ネットで有名な」
 そう聞き返し、慶治は言った。
「場違いな感じするけど、彼らも関心をもっているようだね」と。そして、
【彼らも眷属なのだろうか】ラートに訊いた。
【う~ん、よくわからない。今回は今までと違うキャラが多いね】
 ラートの『キャラ』発言は笑えたが、熱心さに安心感を持った。
 

 そのあと青年たちと別れた慶治たちは、駅周辺をなんとなくなくブラついた。それぞれは予感していた、再びここに訪れるだろうことを。
 最終、地下街の喫茶店でさんざん喋ったあと、四人は家路に就いた。美光は、終始慶治にべったりだった。いつの間にか腕を強く組んでデート気どりだった。
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登場人物紹介

生更木慶治《きさらぎけいじ》・四十歳



1990年生まれ2002年12歳に光体験。



ホテル警備夜勤勤務・高知県梼原町の出身。京都上賀茂に住む。坂本龍馬の信奉者右手で右耳の上の髪を掻く癖あり。名字由来は春に向けて草木が更に生えてくるとの意味。名前は小学生で亡くなった弟の忘れ形見(改名)。



極端な猫舌。基本黒Tシャツに上着。ブルージーンズ。夢の世界の宇宙と現世をつなぐ『夢の門番』で主人公。

下弦野登人(かげんのとひと)・四十歳 



エレベーター保守会社夜勤勤務。高知県羽山町出身須崎の工業高校の同級生190㎝の長身猫背。穏やかな性格だが剛毅。真剣に考える際に鉤鼻を親指と人差し指で挟みこする癖。ダンガリーシャツと薄ピンクのジーパン。

九條蓮華(くじょうれんか)・二十八歳 



『北京都病院』と北都大病院勤務の看護師。献身的看護で慶治の恋人となる。京都出身だが実家を離れ紅ハイツに住む。

五十嵐時雨(いがらししぐれ)・三十歳 



下弦野登人の通いの恋人。四条の電気器具販売店勤務。新潟の五泉市出身。色白美人。ぽっちゃり丸顔で色気あり。

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