第27話 ここは生と死が同居する世界か

文字数 6,000文字

〝その(かたまり)は、火事場で焼くのを途中放棄した遺体のようだった。――不気味な男と女はストレッチャーに流星を載せて、悠々とエレベーター・ホールに向かった。エレベーターが到着し、中から四名の警察官が降りたった。警官らは「手を挙げろ!」と叫び拳銃を構えた。すると男が軽く手を振る。その警官たちはホール周辺の壁に打ち付けられて悶絶状態になった。男と女それにストレッチャーは、エレベーターに乗り込み階下に下がっていった。気を取り戻し私たちが流星の部屋に入ると、そこに惑星親子の姿はなかった。流星のベッドの上は、彼のかたちで窪み、その窪みには大量の血が生々しく溜まっていた“
――奥村は興奮さめやらぬ顔で、報告を終えた。

 北都大の九粒(くりゅう)博士は、立ったままでその話を聞き終えた。
「わかりました。ご苦労さま」
 そう言って手術室に向かう。入り安置された減菌コンテナの中を、彼は両腕を組み見つめる。その深さ五〇〇ミリの減菌コンテナの中は薄グリーン色の溶液で満たされている。中に一体の大火傷を負った人躰が横たわっていた。
「それにしても、酷い」

 先ほどの青年だ。火傷と呼ぶよりも丸焦げと言う乱暴な表現のほうが適切な表現であろう。九粒はその奇異なクランケが、警察の手に渡ることを必死に阻止した。渡れば間違いなく変死体としてどこかの大学で解剖される。そうなると回復は絶望的になるだろう。自分が病理解剖臨床医だと申し出て、なかば強引に引き受けたのであった。
 彼は絶命しているはずの丸焦げの人躰が、カウントできない程にゆっくりではあるが、脈を打っていることを知った。それにこのクランケは、惑星流星の部屋で発見されたのだ。奇跡の患者が行方不明になり、代わりに丸焦げの奇妙な躰が発見された――偶然とは思えない。
 九粒は、自分が雛鳥に成り代わり選ばれたに違いないと思った。
「よし、やるぞ!」

 この先に、iPS(多能性幹細胞)研究の成果が問われる案件になりそうだ。彼は流星青年の『進化体』の研究を雛鳥と共同で行ってきた。目の前のコンテナ内に、過去にすぼんだ細胞理論の実証を裏付けるクランケが横たわっている。
 流星少年の細胞自身が、自力で新しい細胞再生をやってのけた。それは自然治癒力などでは片付けられない回復力であった。その流れの中で、生更木慶治という青年だと分かった丸焦げ瀕死体が存在した。これはたまたまではない。九粒は自分が、――何らかの意志に導かれてここにいると思った。

 彼は医学会で仮称『STAP細胞』と呼ばれたことのある、多能性獲得細胞再生の証明がいまだなされていない事を承知している。学会発表に際して不祥事はあったが、その存在自体を完全否定できるものではない。それは現在のiPS細胞やNKT細胞の先にきっとある、人類にとって最も希求されているところの現象であろうと思っている。

(このクランケのもつ普通でない生命力を利用すれば、自発的な皮膚再生が可能となる奇跡が、理論は後付けで容易に成し遂げられるかもしれない)

 九粒は躊躇なく、このクランケの『変身』に賭けたのであった。
 いったん眼鏡を丁寧に拭いたあと、その減菌コンテナの溶液に横たわるクランケを見る。辛うじて判別できる口もとには酸素マスクが装着され、躰のあちこちに大量のカテーテルや輸血管等々が繋がれていた。機能性人工皮膚を再生する装置・スカリフィケーション治療用機器とは似て異なる装置も繋がれている。

 細胞再生を促す薄グリーンの刺激惹起性(じゃっきせい)溶剤は、これまでに雛鳥と共同開発してきた物を使用することにした。不慮の死(ゝゝゝゝ)をとげた雛鳥への(とむら)いの意義をも込めて。
 それを始めて四十分程たった頃から、クランケの変化が始まった。――まず焼け焦げた皮膚組織の自然剥離が始まった。グリーン溶液が皮膚細胞の剥離物で濁り、まるで灰汁(あく)のように次から次に液面に浮いてきたのだ。水面を漂う桜吹雪のようだ。 
 その剥離物で確認でき辛いが、クランケの皮膚表面は、着実に赤みを帯びた皮膚組織へと甦っているようだった。九粒は思惑通りの現象に改めて驚嘆し、同席した大学の若い博士たちと顔を見合わせる。誰もが天使の赤子再誕でも見るような、神聖な驚きで顔が輝いていた。

(ひと昔であれば遠い夢として片付けられていた治癒事象が、この先で常識治療法として証明される日は意外と近いかもしれない)
 その場に居合わせた誰もがそう思った。


 ――慶治の意識は、流星の部屋に飛び込んだことは記憶していた――。

 薄っすらと意識が回復すると、真っ暗だった。これまでに経験した夢宙世界とは少しおもむきが違うと思う。ハルカやラートと接見した世界よりもずっと深い場所かもしれないと、そんな感覚である。(地獄かもしれない)とも思う。

(ここは、……ん、……遥か先にピンポイントの光が見える。何だろうだんだんと大きくなる。いや、自分の躰がその光に向かって進んでいるのかも、しかも凄い早さだ! もしかして俺は死に向かっているのか?)

 急速にピンホールの光がサッカーボールほどになった。
 すると突然、その光が黒い影に遮られた。ほぼ同時に躰の加速移動が止まったようだ。その黒い影が人の形として具現化すると、――坂元ミツルであった。
(えッ、そんな、どうして君はここに!)
 ミツルが夢に現われたのはラートの憑依。もう役目を終えたのではなかったのか。

 そのミツルは(こうべ)を垂れている。
「どうしたの? ミツル」
 生気のない、魂の抜け殻のようなミツルに声をかけた。
「君は、まだ君は、……成仏していないのかい」
 ミツルは答えない。それで慶治は――足の感触はない――近づいてゆく。
 すると彼は慶治が近づく分だけ後方に下がる。
「ミツル、いったいどうしたが?」
 やっきになり速度を速める、その分だけ素早く下がる。
(……俺をからかっているのか)
 そんな慶治を見極めたかのように、ミツルは顔をゆっくりと上げ言った。

「僕は君を待っていた。……ずっと、ずっと待っていた」
「えッ、なに。……なにを待っていたって?」
 その時慶治は、得体のしれない何かに怯えている自分を知った。
「君はいったい、なにを……」
 頭の中が混乱を起こし、存在の明確でない両耳が熱くなるのを感じている。そして、これまでの生きてきた慶治の記憶が、次から次へと甦ってくる。
(もしかしたら、彼は当時のまま、――時間が止まったままなのか)
 慶治のたましいには四十年間の人生記憶が存在している。だがミツルは十二歳のままか。

 するとミツルが短パンのポケットから何かを取り出した。
 その彼が差し出す。鶏の卵より少し小さめの鉱石のようであった。
「水晶だ! えッ、あのときの水晶だ!」
 思い出した記憶で慶治の心臓が高鳴った。
「いやそれだけではない、光だ! 俺はあの日、光に包まれた!」
 水晶と光いうキーワードが同時にそろった時、慶治に二十八年前の小学六年生に失った記憶がよみがえった。その水晶は慶治の記憶を閉じ込めて、頑丈に封じ込めていたのか。そして光は、あの夜に彼の記憶を奪ってしまったに違いない。


 ――夏休みの終わりに二人は、裏山に登って水晶拾いに興じたのだ。裏山といっても小学生が登るには、奥深く険しい四国の山であった――。

 当時付き合っていた不良先輩から、他言しないことを条件に山の『貝塚』や『水晶』の存在する『ハゲヤマ』の場所を聞いていた。それで水晶が露出するというそこに行ってみたいと思っていた。――そんな夏休みに、ミツルが近所に引っ越してきた。おとなしい性格のミツルは、友だちができないでいじめられていた。いつも先輩や学友にいじめられていた慶治だったが、そんなミツルが可哀そうだった。それに彼なら対等につきあえると考えて、仲間に内緒で冒険にさそったのだ。
 二人は迷子にならないように要所の木々に赤い布の目印をして、その場所を目指し登った。やがて大きな花崗岩が露出した場所に出た。そこが『ハゲヤマ』だと特定できなかったが、二人は小さなスコップと熊手の携帯鍬を使って水晶を探した。すると意外と早く小粒の水晶を探しあてた、いつしか二人は夢中になり興奮していた。

 やがてミツルが呼ぶので向かうと、彼は不揃いな花崗岩が重なり合う場所で洞窟を見つけていた。ミツルは言った。
「洞窟の奥に光るものがある」と。
 懐中電灯で洞窟内を覗くと、深い底に光る水晶の塊を見つけた。その洞窟は子供一人がやっと通れる大きさで、下方に向けて急な角度の傾斜だった。すべり落ちそうでもあり、大丈夫にも思える角度であった。慶治はリュックに入れ持参していた三メートルほどのロープを取り出し、自分が引っ張り、それを命綱にミツルが洞窟に入ることになった。そしてそれは難なくできると信じていた。携帯ライトを頭にはめて、ミツルはゆっくりと洞窟の底に入って行った。ところが事故が訪れた、ミツルはスリップして岩底に落ちてしまったのだ。
 強いショックを受けて掴んでいたロープは、ミツルと一緒に滑り落ちた。

 慶治は焦り必死に救出を試みたが、ミツルは狭くて身動きが容易ではなかった。泣きそうだったが、どうすることもできない。そこで急ぎ家に戻り応援を呼ぼうと考えた。
「ミツル、ちょっとまっちょき(まっていろ)すんぐに(早くに)応援を呼んで戻るきに」

 そこから先は、……俺の頭の中が真っ白で、いや、……光だ。走って坂を滑るように下っているうちに、俺は誤って崖から落下した。どれぐらいか分からないが目を覚ますと、もう夜で真っ暗だった。目は開いているが、まったく躰の感覚が感じ取れない。声も出せないし、俺は死んだのかもしれないと思った。いや、きっと死んだのだろう。
 すると大きな光の塊が、俺の真上の空からぐんぐんと俺を目指して落ちてきたと思った。
 それから記憶が消えてしまったようだ。気がついた時には朝で、村のおんちゃん(大人のおとこ)たちに俺は助け出されちょった。
 ベットの上の俺は完全に記憶を無くしていて、ミツルのことを聞かれたが、名前もなにも思い出せないでいた。おんちゃんたちが警察官と『ハゲヤマ』付近を捜索したが見つからず、最終的には『神隠し』扱いになってしまった。

(きっと、あの時に夢宙の門番と引き換えに、誰かが俺の命を救い記憶を隠したのかも)
 不思議だが今そう思う。そこまでミツルに対して語るでもなしに話し終えた――。

 慶治がふとミツルの顔を見る。すると、ミツルは黙って握っていた水晶を渡してくれた。その水晶は慶治の差しだした手のひらを、すり抜けて闇に消えてしまった。
「慶治くん、記憶を失ったのか。……ありがとう、思い出してくれて。独りぼっちだった僕に友だちだと声を掛けてくれたのは、……人生でいたった一人、君だけだった。僕、本当に嬉しかった。それに、ここまで逢いに来てくれた」
 ミツルの顔の表情が緩み、大粒の涙が頬を伝った。

 それを見て慶治は大声で笑い出したくもあったし、同時にこみ上げる感動と歓喜で泣き出したくもあった。――涙がこぼれた。
(思い出せて嬉しい、ミツルは俺にとっても、人生最初の親友だった)

「ごめんね、ミツル。せめて、この世界を支配している悪魔をやっつけて、えい(良い)星に君が生まれ変われるように、頑張るからね。きっと」

 慶治はしっかりとミツルを見て、心から語り掛けた。
 すると「うん、ありがとう」とミツルは言った。そして、まるで大きな白い花が虚空に咲いたような、満面の笑顔のミツルになり姿がゆっくり薄れていく。
(……きっと、成仏してくれたようだ、嬉しい!)
 ミツルの姿はもうどこにも見あたらない。再び慶治の意識が闇に薄れていく。

 やがて慶治の意識の周りから、外国語のような人びとの声が聞こえてきた。
 聴覚は回復しているが目が開かない。人びとは、慶治のこと話しているようだった。とても聞きなれない声だった。
【慶治さん、無理に目を開かなくていいですよ】
 不意にラートの声が聞こえた。眼を開こうにも自分の実体が定かでない。今、慶治に存在しているのは意識と表現されるもの、躰の概念らしきものが存在していない。
【……俺って、生きているのかなあ】
【正直、良かったです。一安心です】
【? なにが……良かったの】
【実は、大きな賭けでした】ハール博士の声だ。
【えッ、ハールさん、どういう意味?】これはただ事ではない気がした。【慶治さん、今回のセッションは、これまでとは違う展開でしたわね】。【……】。【非常に大事な宇宙にかかわる要素が絡んでいることが判明したのですの】さらにハルカは宇宙の秘密を暴露するように言葉を継ぐ。

 ハルカ博士の話はあまりにも難解な宇宙論であった。
 現在の地球人類が考えも及ばないだろうブラックホールや、宇宙が有限なのか無限なのかという問題なども簡単な語り口で解き明かし、目指すべき『宇宙平和論』の方途を示してくれた。そしてその流れの中心軸になる『惑星』こそが、天の川銀河のこの位置に存在する『地球』だと断言したのである。
【だから、特別な使命を達成するために、特別な門番でなければつとまらない】
 そのハールに、どう答えるべきかわからない。
【大丈夫、意識を感じ取れていたら。そうだ翻訳機を通しますね】
 ラートがそう言い、先ほどまで雑音だった声が理解できる。

『生命レベルが正常値までに回復した!』
【……日本語だが、少しイントネーションが不自然だ】
【今の慶治さんは深夢宙(しんむちゅう)のレベルにいて、夢宙船内で治療を受けています】
【深夢宙? 夢宙船?】
【そうです、生と死が混在した世界です。慶治さんの『たましい』は、僕たちの夢宙船内で治療を受けているのです】ラートが説明。
 慶治は思う(やはり自分は、死にかけていたのだろう)と。
【僕の世界の先生方が魂を治療しています。躰の治療は慶治さんの世界の先生方です】
【……その魂の治療って、どういう作業なの】
 初めて耳にする治療だ、――魂がどんなものかさえ認識できていない。
【本来、肉体と魂は一体です。死によって、それが分離します】
(……)
【このまま死ねば魂はムウのもとに帰ります。慶治さんの世界の言葉で冥伏(みょうぶく)という言葉に当てはまると思います。……宇宙に溶け込むといえば、イメージが湧くと思います】
【なるほど、で、この先どうなるの】
【これまでにないパワーアップで蘇生します。そのために必要なプロセスだった】

【えッ、それじゃあ、あの時、予定が詰まっていると去った君は、……】
 確信犯のラートに、今慶治は気付く。
【御免なさい】
 すんなりビットは認めたあと、あっけらかんとして言った。
【――それじゃ、無事終えたようですから、慶治さんの躰に返しますね】
 『夢宙船』の内部が見られなかったのが心残りだが、嬉しく思う。
(俺って、本当に今回、本格的に生まれ変わるのかな)
 意識だろうか、魂のどこかがそう考えた。
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登場人物紹介

生更木慶治《きさらぎけいじ》・四十歳



1990年生まれ2002年12歳に光体験。



ホテル警備夜勤勤務・高知県梼原町の出身。京都上賀茂に住む。坂本龍馬の信奉者右手で右耳の上の髪を掻く癖あり。名字由来は春に向けて草木が更に生えてくるとの意味。名前は小学生で亡くなった弟の忘れ形見(改名)。



極端な猫舌。基本黒Tシャツに上着。ブルージーンズ。夢の世界の宇宙と現世をつなぐ『夢の門番』で主人公。

下弦野登人(かげんのとひと)・四十歳 



エレベーター保守会社夜勤勤務。高知県羽山町出身須崎の工業高校の同級生190㎝の長身猫背。穏やかな性格だが剛毅。真剣に考える際に鉤鼻を親指と人差し指で挟みこする癖。ダンガリーシャツと薄ピンクのジーパン。

九條蓮華(くじょうれんか)・二十八歳 



『北京都病院』と北都大病院勤務の看護師。献身的看護で慶治の恋人となる。京都出身だが実家を離れ紅ハイツに住む。

五十嵐時雨(いがらししぐれ)・三十歳 



下弦野登人の通いの恋人。四条の電気器具販売店勤務。新潟の五泉市出身。色白美人。ぽっちゃり丸顔で色気あり。

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