3 わたし

文字数 1,924文字

「ほんとにうちの応募者なの?」
 雄大がモニタを凝視している。

「うん。明日面接予定の会社に、うちの名前がある」

 書き込みに記された名前は『奏でる死神』。クリックすると、評価サイト内のプロフィールページに飛んだ。二十二歳という年齢の他に、詳しい個人情報は見当たらない。スケジュール欄は公開設定になっており、今後の予定として明日の日付と七星システムズの名前が記されている。

 面接評価裏クチコミサイト。近頃大きくなってきた就活サイトで、人事たちに嫌われている評判の悪いサイトだ。私も好きではないが、職務上見ないわけにもいかずチェックしている。それでもこんなものははじめて見た。

「悪趣味な詩だな」
「これ、どうしよう……」
「前園さんには相談した?」
「話してはみたんだけどね。眉しかめてこれだからネットは、って。あまりこういうの見たくないみたい」
「そういう問題かなあ。こういうの書く奴、入社させてほしくないんだけどな。一応これ、殺人予告してるし」
 雄大が口もとをひん曲げた。
「ネットの書き込みに警察も目を光らせてるご時勢に」
「通報となると独断では動けないよね。でも本社に確認したら、十中八九、通報するなって言われるだろうし」

 七星本社は、ネットプロファイルを公にしたくない。ネットでの情報マイニング自体はもはや珍しくもない。だがそれはマスデータの解析の話であって、個人が特定できるデータについては、それがネット空間に公にされているものだとはいっても、特に大企業においては取り扱いに抵抗があるのが一般的だ。
 七星グループは、人に優しい企業グループ、をイメージ戦略の中心に据えている。採用活動についても人間性を重視した選考を前面に打ち出していた。ネットでこそこそ嗅ぎ回っている――そんなイメージを避けたい本社は、通報して事を大きくしたがらない。

「まあ、通報までするものでもないんじゃないかなあ」
 雄大が肩を竦めた。
「僕もネットジャンキーだからこういうのたまに見るけど、ほとんどが単なる自己顕示か憂さ晴らしですよ」
「殺人予告だって言ったじゃん」
「僕が嫌なのは、こういうの書く奴と一緒に働きたくないってことです。ほんとに殺すと思ってるわけじゃない。本人こんなもの書いてドヤ顔してるんでしょうが、現実で発散できないストレスをネットで吐き出してるだけの小心者ですよ。マスコミは騒ぎ立てるけど、ほとんどは実害なんてありませんね」
「本当に事件が起きることもあるでしょ」
「ごく稀にね。だから警察も動きはします。でも本当に危険そうなものから捜査するから、そうでないものは後回しになる。こんなんじゃ、運良く見せしめ枠にでも入らない限り動きませんよ。万一の可能性のために人手を割けるほど、警察も暇じゃない」

 それはそうなのかもしれない。だが、言うなれば私は第一発見者なのだ。他にも同じページを見ている人はいるだろう。でも通報してくれているかは心もとなかった。やはり本気にしないだろう。通報をしなかったことによって、万が一この相手に実際に害が及んだら、夢見が悪い。

 これを書いた人間は、本当に殺意を持って行動を起こす人間なのか。それとも単なる憂さ晴らしで止める人間なのか。
 問題はそこだ。
 ネットの簡素な書き込みからでは、その判断をつけることができない。書き手の顔すらわからないのだから。

「本人に確認でもできればいいんだけどね。本気? って」雄大が苦笑した。「まあ、冗談はともかく――」
「いや、名案かもしれない」
 私が言うと、雄大は目を瞬いた。

 そうだ。ネットの書き込みから真意は見えない。無味乾燥な文字列から人間性を推し量ることなどできない。データではなく、顔を突き合わせそれを見通すのが、私の本来の仕事だったはずだ。

 私はデスクの抽斗を開け、履歴書を取り出した。明日面接を受ける学生たちの履歴書は、四枚。貼られた写真の中から彼らの醒めた目が、じっとこちらを見上げている。

 私も、こんな殺人予告が本気だとは考えていない。ただこんなものを書く学生が何を考えているのか理解したいのだ。真意の見えない空疎な言葉のやりとりを続ける仕事に、うんざりしていた。抽斗の中には転職雑誌が、ふんぎりがつかずに仕舞い込まれたままだ。

 誰がこの文面を書いたのか。何を思ってこんなものを書き込んだのか。その心の内を見通したい。きっと、何か、あるはずなのだ。こうしたことをする学生なりの想いが。
 それができれば、木霊のような言葉を喋る彼らを、理解できるのではないかという気がする。

 向かい合うのだ。
 それが面接だ。
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