7 わたし
文字数 3,514文字
「まずお名前をお聞かせください」
「久遠坂和之です」
「天峰省吾です」
二つ並んだ椅子に着席した彼らは、やや硬い声で答えた。
【七星システムズ一次通過。】
死神のプロフィールページはそう更新されていた。
私は二人の目をじっと見つめた。
二人のうちどちらかは、グループディスカッションを嘲り、殺人予告を書いた当人なのだ。傍目には二人とも緊張しているように見える。実際は、一人はそう振舞っているだけで、内心面接を馬鹿にしきっている。
一次面接のあと、本社から返ってきた返答は、やはり通報を禁じるものだった。通報元が七星と知れた場合のリスクが大きいという結論だった。風評被害への過剰反応だ。
私は苛立ちを感じる。思う壺ではないか。真面目に生きている人間がやっていることを省みようともせずに、匿名を盾にして好き放題やっている人間たちの。
どちらが死神なのか、この面接で見極めなければならない。表で人間を演じておきながら、裏で殺人予告を書く――そんな人間性は認められない。
「学生時代に力を入れていたことがありましたら、お聞かせください。久遠坂さんから」
面接官の一人がそう言うと、久遠坂はプログラミングやサーバ構築の経験を語った。
「自作のPCでサーバを構築し、ウェブサイトの構築代行などをしていました」
久遠坂の検索では、ヴァイオリンコンクールのページを発見していた。コンクールで優勝したときの、地方のニュース記事が引っ掛かったのだ。芸術家肌かと思ったのだが、技術もできるらしい。
扱っていた知人のデータを壊してしまい叱られたこと、それを踏まえてどう行動すればいいか考え実践し、結果が改善したことなど、淀みなく喋る。
話の組み立て方など論理的思考力は高い。一般的な成長ストーリーに落としこんでいるので門外漢にも理解しやすく、そこに専門性のアピールがスパイスとしてまぶされ、いやらしさがない。
質問した面接官が話を掘り下げたが、久遠坂が暗に提示した掘り下げポイントをなぞるだけだった。人事部の面接官は、面接シートの評価項目の所見を埋めなければならない。一人分のシートを埋めるのに時間は割けず、自然、評価項目に沿った話を引き出そうとするようになりがちだ。その習性を久遠坂はうまく利用し、用意していた答えを手渡している。就活慣れしていると感じた。
……嘘をつかれても、わからないかもしれない。
「それでは次に、天峰さん。学生時代に力を入れていたことをお聞かせください」
「ボランティアサークルで、老人ホームの慰問などの活動をしていました」
天峰章吾の検索では何も引っ掛からなかった。そのサークルはウェブサイトを持っていないか、メンバーを記載していないのだろう。
「活動の中で得たこと、成長した点などを教えてください」
「人の喜んでくれる顔を見るのが好きでやっていました。活動の中で自分が成長したかどうかは、正直自分ではわかりません」
勘違いしている学生が多いが、ただボランティアサークルをやっていたというだけではアピールにならない。そこから何を学びとったか、どう成長したかが重要なのだ。
面接官が困ったように頬を掻いた。「活動の中で特に得たことはありませんでしたか」
「あえて言うなら、ホームを訪問したときにみなさんが喜んでくれた笑顔です。ボランティアですので、特に何かを得たいと思ってやっていたわけではありませんでした」
「では何を目的として活動していらしたんでしょうか?」
「周りの人に、少しでも喜んでもらえればと思って活動していました」
「その目標に対する結果は、どのようなものになりましたか?」
「結果、ですか」
「つまり天峰さんはサークル活動を行うことで、多くの方に喜んでもらいたいという目標を設定したわけなんですよね?」
「ええ。はい」
「ですのでその目標に対する成果を伺いたいのです」
「成果、ですか」
「そうです。いくつ老人ホームを回ったとか、何回訪問したとか、何人に介護をしたとか、その結果満足度が何パーセント向上したとか、そういった具体的な数字があれば、天峰さんがどれだけ成果を出すことができたか、聞く方もわかりやすくなりますよね」
「顔や名前は記憶していますが、数字にしていくつかという観点で考えたことはありませんでした」
「今度からは記録しておくといいと思いますよ。その数字を上げようと思えば、モチベーションも上がりますよね」
「そうですね。ただ、数字も大切だとは思うのですが、一人一人の顔を見て、喜んでもらいたいという気持ちが強いです」
「あるいは何処かで表彰されたとかがあると良いですね」
「そうしたものはお断りしていました」
「活動の結果どういう言葉を貰うことができたか、といったものでも結構です。どういう言葉を貰い、それについて何を感じたか。どう成長したか。そうしたエピソードはありませんか」
「言葉は沢山かけて頂けましたが、それを成果と言ってしまっていいのかは自分にはわかりません」
面接官は首を捻り、『活動の中で得たこと』の欄に『笑顔』、『活動の中で成長したこと』『活動の成果』の欄に『特になし』と記入した。
「お二人は同じ大学なんですね」
一段落したところで座をほぐすために水を向けると、二人は顔を見合わせた。
二人とも東征大学生。志望する職種も同じで、配属されれば寺田の下になる。このタームの選考内定のうち寺田の担当部署には一名の割り当てだ。どちらかは落とすことになる。
「ええ、まあ……」
久遠坂が微笑した。
ちょっと迷ってから、付け加えた。
「というか、実は友達です」
「ええ。友達です」
天峰が頷いた。
「たまに意見がすれ違うこともありますが最後にはわかりあえる。そういう仲だと思っています」
「それは素晴らしいですね」
こういうことはたまにある。同じ大学、学部だったりすると、希望する職種も大差がない。友人同士で就活の情報交換をしていると、同じ企業に目が向くことも多い。友達の方は殺人予告について、知っているのだろうか。
頃合いだ。
「参考までに伺いたいのですが、今までどのような所を受けて来られたんでしょうか?」
私が訊くと、二人はすっと身構えた。
「今後の採用活動の参考にしたいと思いまして。今までに受けた会社の選考で、この会社の選考は嫌だったなと思うものがあれば、教えて頂けたらありがたいのですが」
二人の動揺は自然な反応だ。学生は他社の話題を喋りたがらない。しかもネガティブなことを語れと言われて、素直に批判などできるわけがない。かわし方を見たい。
天峰は、ある会社の面接で、面接官に話が通じなかったのが辛かったが、自分の伝え方も悪かったと思うと話した。
「みなさんそれぞれの立場があり、いろいろな考えで物事を見ておられますから。伝わらなければ、それは自分の責任だと思います。うまく伝わるよう努力したいです」
考え考え喋っているが、話題からして特に不自然ではない。話も抽象的ではあるが自分の思うことを素直に喋っているように感じる。
「よろしければ、企業名など教えていただけませんでしょうか」
「いえ、それについては申し訳ありませんが。あちらの面接官の方に失礼ですから」
私はじっと天峰の目を見た。
天峰は目を反らさなかった。自然な態度に見えた。
「私は二社あります」
天峰とは逆に、久遠坂はざっくばらんな口調で言った。
「一社では、面接官の方とのジェネレーションギャップが強かったです。バブルの価値観が強くて、現代では違うのにな、と不満が残りました。溝が埋め切れませんでした」
「会社名はお教え頂けますか?」
「株式会社ソルテット様です」
私はふっ、と息を吸い込んだ。
ソ×テ×ト。ソルテット。
尻尾を掴んだ。
「……ありがとうございます」
「もう一社の方は、技術者の採用募集なのに、関連のないことばかり言及されるのが不満でした。型通りの質疑に終始してしまい、中身に関して見て貰えていない物足りなさを感じました」
続ける久遠坂の目の奥が――笑っているように感じた。
「こちらは陸瀬商事様です」
違う。
尻尾を掴んだのではない。挑戦してきているのだ。
「なので型通りでない質問を頂けると、きちんと学生を見ようとしてくださっているんだなと感じます。応えて正直に答えさせて頂きました。ありがとうございます」
久遠坂はぺこりと頭を下げた。
「久遠坂和之です」
「天峰省吾です」
二つ並んだ椅子に着席した彼らは、やや硬い声で答えた。
【七星システムズ一次通過。】
死神のプロフィールページはそう更新されていた。
私は二人の目をじっと見つめた。
二人のうちどちらかは、グループディスカッションを嘲り、殺人予告を書いた当人なのだ。傍目には二人とも緊張しているように見える。実際は、一人はそう振舞っているだけで、内心面接を馬鹿にしきっている。
一次面接のあと、本社から返ってきた返答は、やはり通報を禁じるものだった。通報元が七星と知れた場合のリスクが大きいという結論だった。風評被害への過剰反応だ。
私は苛立ちを感じる。思う壺ではないか。真面目に生きている人間がやっていることを省みようともせずに、匿名を盾にして好き放題やっている人間たちの。
どちらが死神なのか、この面接で見極めなければならない。表で人間を演じておきながら、裏で殺人予告を書く――そんな人間性は認められない。
「学生時代に力を入れていたことがありましたら、お聞かせください。久遠坂さんから」
面接官の一人がそう言うと、久遠坂はプログラミングやサーバ構築の経験を語った。
「自作のPCでサーバを構築し、ウェブサイトの構築代行などをしていました」
久遠坂の検索では、ヴァイオリンコンクールのページを発見していた。コンクールで優勝したときの、地方のニュース記事が引っ掛かったのだ。芸術家肌かと思ったのだが、技術もできるらしい。
扱っていた知人のデータを壊してしまい叱られたこと、それを踏まえてどう行動すればいいか考え実践し、結果が改善したことなど、淀みなく喋る。
話の組み立て方など論理的思考力は高い。一般的な成長ストーリーに落としこんでいるので門外漢にも理解しやすく、そこに専門性のアピールがスパイスとしてまぶされ、いやらしさがない。
質問した面接官が話を掘り下げたが、久遠坂が暗に提示した掘り下げポイントをなぞるだけだった。人事部の面接官は、面接シートの評価項目の所見を埋めなければならない。一人分のシートを埋めるのに時間は割けず、自然、評価項目に沿った話を引き出そうとするようになりがちだ。その習性を久遠坂はうまく利用し、用意していた答えを手渡している。就活慣れしていると感じた。
……嘘をつかれても、わからないかもしれない。
「それでは次に、天峰さん。学生時代に力を入れていたことをお聞かせください」
「ボランティアサークルで、老人ホームの慰問などの活動をしていました」
天峰章吾の検索では何も引っ掛からなかった。そのサークルはウェブサイトを持っていないか、メンバーを記載していないのだろう。
「活動の中で得たこと、成長した点などを教えてください」
「人の喜んでくれる顔を見るのが好きでやっていました。活動の中で自分が成長したかどうかは、正直自分ではわかりません」
勘違いしている学生が多いが、ただボランティアサークルをやっていたというだけではアピールにならない。そこから何を学びとったか、どう成長したかが重要なのだ。
面接官が困ったように頬を掻いた。「活動の中で特に得たことはありませんでしたか」
「あえて言うなら、ホームを訪問したときにみなさんが喜んでくれた笑顔です。ボランティアですので、特に何かを得たいと思ってやっていたわけではありませんでした」
「では何を目的として活動していらしたんでしょうか?」
「周りの人に、少しでも喜んでもらえればと思って活動していました」
「その目標に対する結果は、どのようなものになりましたか?」
「結果、ですか」
「つまり天峰さんはサークル活動を行うことで、多くの方に喜んでもらいたいという目標を設定したわけなんですよね?」
「ええ。はい」
「ですのでその目標に対する成果を伺いたいのです」
「成果、ですか」
「そうです。いくつ老人ホームを回ったとか、何回訪問したとか、何人に介護をしたとか、その結果満足度が何パーセント向上したとか、そういった具体的な数字があれば、天峰さんがどれだけ成果を出すことができたか、聞く方もわかりやすくなりますよね」
「顔や名前は記憶していますが、数字にしていくつかという観点で考えたことはありませんでした」
「今度からは記録しておくといいと思いますよ。その数字を上げようと思えば、モチベーションも上がりますよね」
「そうですね。ただ、数字も大切だとは思うのですが、一人一人の顔を見て、喜んでもらいたいという気持ちが強いです」
「あるいは何処かで表彰されたとかがあると良いですね」
「そうしたものはお断りしていました」
「活動の結果どういう言葉を貰うことができたか、といったものでも結構です。どういう言葉を貰い、それについて何を感じたか。どう成長したか。そうしたエピソードはありませんか」
「言葉は沢山かけて頂けましたが、それを成果と言ってしまっていいのかは自分にはわかりません」
面接官は首を捻り、『活動の中で得たこと』の欄に『笑顔』、『活動の中で成長したこと』『活動の成果』の欄に『特になし』と記入した。
「お二人は同じ大学なんですね」
一段落したところで座をほぐすために水を向けると、二人は顔を見合わせた。
二人とも東征大学生。志望する職種も同じで、配属されれば寺田の下になる。このタームの選考内定のうち寺田の担当部署には一名の割り当てだ。どちらかは落とすことになる。
「ええ、まあ……」
久遠坂が微笑した。
ちょっと迷ってから、付け加えた。
「というか、実は友達です」
「ええ。友達です」
天峰が頷いた。
「たまに意見がすれ違うこともありますが最後にはわかりあえる。そういう仲だと思っています」
「それは素晴らしいですね」
こういうことはたまにある。同じ大学、学部だったりすると、希望する職種も大差がない。友人同士で就活の情報交換をしていると、同じ企業に目が向くことも多い。友達の方は殺人予告について、知っているのだろうか。
頃合いだ。
「参考までに伺いたいのですが、今までどのような所を受けて来られたんでしょうか?」
私が訊くと、二人はすっと身構えた。
「今後の採用活動の参考にしたいと思いまして。今までに受けた会社の選考で、この会社の選考は嫌だったなと思うものがあれば、教えて頂けたらありがたいのですが」
二人の動揺は自然な反応だ。学生は他社の話題を喋りたがらない。しかもネガティブなことを語れと言われて、素直に批判などできるわけがない。かわし方を見たい。
天峰は、ある会社の面接で、面接官に話が通じなかったのが辛かったが、自分の伝え方も悪かったと思うと話した。
「みなさんそれぞれの立場があり、いろいろな考えで物事を見ておられますから。伝わらなければ、それは自分の責任だと思います。うまく伝わるよう努力したいです」
考え考え喋っているが、話題からして特に不自然ではない。話も抽象的ではあるが自分の思うことを素直に喋っているように感じる。
「よろしければ、企業名など教えていただけませんでしょうか」
「いえ、それについては申し訳ありませんが。あちらの面接官の方に失礼ですから」
私はじっと天峰の目を見た。
天峰は目を反らさなかった。自然な態度に見えた。
「私は二社あります」
天峰とは逆に、久遠坂はざっくばらんな口調で言った。
「一社では、面接官の方とのジェネレーションギャップが強かったです。バブルの価値観が強くて、現代では違うのにな、と不満が残りました。溝が埋め切れませんでした」
「会社名はお教え頂けますか?」
「株式会社ソルテット様です」
私はふっ、と息を吸い込んだ。
ソ×テ×ト。ソルテット。
尻尾を掴んだ。
「……ありがとうございます」
「もう一社の方は、技術者の採用募集なのに、関連のないことばかり言及されるのが不満でした。型通りの質疑に終始してしまい、中身に関して見て貰えていない物足りなさを感じました」
続ける久遠坂の目の奥が――笑っているように感じた。
「こちらは陸瀬商事様です」
違う。
尻尾を掴んだのではない。挑戦してきているのだ。
「なので型通りでない質問を頂けると、きちんと学生を見ようとしてくださっているんだなと感じます。応えて正直に答えさせて頂きました。ありがとうございます」
久遠坂はぺこりと頭を下げた。