4 ぼく

文字数 1,899文字

 正直な面接をこなすつもりはもうない。

 僕は検索エンジンに自分の名前を打ち込み、検索結果を精査した。今日びネットを辿ってくる企業くらいいくらでもあるだろう。日頃から自己の情報のメンテナンスくらいしておかないと、思わぬところで足をとられかねない。

 所属している研究室のページと、昔やっていた楽器関係のページが引っ掛かった。特に問題はないだろう。

 これからは言葉と態度を心と切り離して臨む。本心で喋るなど不要なことだ。難しかったのは決意するまでだけで、割り切ってしまえばあとは簡単だった。

(君が割り切ったなら、もう何処でも受かるだろうな。なんだか、置いてかれた気分だ)
 僕の友達はそう言って笑った。
(僕はまだ割り切れてないな。確かに、そういうもんだとは思うんだ。でも世の中、そんな風にしないと生きていけないなんて、信じたくないんだ。我ながら子供っぽいこと言ってると思うけど)

 寂しげに笑うその友達とは、子供の頃からの付き合いだ。中学も高校も一緒の腐れ縁。性格はまるで噛みあってないのに、何故だかウマがあっていつもつるんでいた。

 彼は昔から、馬鹿正直で誠実な、世の中にとってのいいカモだった。大学ではボランティアサークルなんてしていた。散々他人の世話を焼いて働きまわった挙句、なにを顧みられることもない。それでも気にせず笑っている彼を、僕は半分侮り、半分尊敬している。

 嘘をつけばいい。つかないにしろ、飾り立てればいい。

 エピソードを飾りつけ、綺麗にラッピングして並べてやれば面接官は納得する。みんなそうしている。就活は既に市場となり、一部企業の狩猟場だ。マニュアル化された面接に、自分の本当の想いなど、伝える必要も価値もない。

 社会にとって僕らは商品だか歯車だか消耗品だかだ。その程度の扱いをするものに、敬意を払う必要もない。

(まったく。きみもじゅうぶん、子供っぽいな)
 彼はそう言って笑い、僕は捲し立てていた持論の幼さに自分で憮然とする。彼は首を振る。
(きみの言うこともわかってる。面接官がそういう話を求めていることもね。相手の求める話をすることは、必要だとは思うんだ)
(商品を売るにはニーズと合致させる必要があるってことだ)
(わかってる。でも人は商品じゃないだろ)
(社会にとっては商品だ)
(それをやって受け入れられてしまったら、僕はこの先、世の中を侮ってしまうような気がするんだ)
 そう言う彼の目は真っ直ぐなのだ。
(子供っぽいことを言ってるのはわかってる。でも、じいちゃんに言われて育ったんだ。自分に正直に、誠実に生きろ。取り繕って生きるより、結局はそれが幸せの道だし、いつか絶対報われるものだからって。その教えは守っていきたいんだ。だから僕はきみの考えに同意できない)
(言ってろよ)

 完璧な嘘つきになると決めた僕の心は、彼の澄んだまなざしに千々に乱れる。僕は彼を嘲り、心配し、羞恥を感じ憧憬を感じる。清廉なカモは嫌いじゃない。それでもカモが無事に生き続けられるほど、この世は綺麗な湖じゃないんだ。

 僕は彼を尻目に、言葉と論理と適度な感情を弄び、真っ当な人間として活動をはじめた。そうして統御された表面的な人間性を完遂してはじめて、社会は僕を受け入れはじめた。けれど底の浅い虚飾をこそ得心したと頷く人々の姿に、僕の心は徐々に分離するばかりだ。浅薄。度し難い節穴。正直に生きる僕のカモが羨ましく憎い。何処にもない何かを信じてもがき続けられる彼の生き方へのこれは嫉妬だ。

 彼は彼で、僕に対して、君が羨ましいとも思うと笑った。それが彼と僕との関係だった。

 それで。
 僕らは賭けをすることにしたのだ。
 社会がどちらの生き方をとるのかを。

(普通に就活なんてしたって、面白くもなんともない。いっそ、どちらの意見が正しいか、審判の皆様にジャッジしてもらおうぜ)
(勝負とは懐かしいな)

 彼は笑う。僕も笑った。それで着慣れないスーツを着込んで空疎な言葉を吐くだけの時間が少しだけ救われたような気がした。二人とも、子供のころ遊んだ心地のままだ。社会に出て行く年齢になっても、結局のところ、僕らの心はまだ青臭いガキのままなんだろう。

 それでも、ずっと遊んでいるわけにはいかない。

 だからこれは最後の勝負だった。世の中は僕を見抜いてくれるだろうか。人を見る目。そんなものがこの世の中にあるのなら、僕はそれを見てみたいのだ。

 そうすれば、このくだらない世界へ飛び出していく意味をまだ持っていられる――そんな気がするから。
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