6 ぼく

文字数 880文字

〈いったい何考えてるんだ〉

 電話の向こうで、彼は憤慨した声を出した。僕はパソコンのモニタを見やった。

〈書き込み、見たのか〉
〈ああ。見たよ。どうしちゃったんだ〉
〈いつ見たんだ〉
 僕は部屋の壁掛け時計をみやった。彼は無視した。
〈なんでこんなことするんだ。悪ふざけにしても度が過ぎるぞ〉

 彼は本気で怒っている。その怒りを心地よく感じた。
 勝負をするときは真剣勝負――子供の頃からの二人の取り決めだ。

〈たれこんでみろよ〉
〈……どういう意味だよ〉
〈面接官に言ってやれよ。殺人予告を書いてるのは僕だってことをさ。今日のあのGD(グループディスカッション)のテーマ、傑作だったじゃないか。人事、絶対見てるぜ。この書き込み〉

 僕はとんとんと指先でモニタを叩いた。

〈たれこんじゃえば、僕の負けかもよ?〉
〈ハンデでもくれてるつもりなのか?〉
〈ハンデ? まさか。僕はきみと勝負したいだけだ。どっちの信念が勝ち残るのか。面接してもらいたくてうずうずしてる〉
〈きみは頭がいい。良すぎて時々ついていけない〉

 彼は吐息をついた。

〈何を考えてる? 社会への当てつけのつもりか? 殺人予告をするような奴を、見抜けずに内定を出すのかって〉
〈さてね〉
〈きみが単なる憂さ晴らしでこんなことするとは思えない。何故こんなことするんだ〉
〈ふふん。なぜやったか(ホワイダニット)ばかりだな。良くない。動機なんて犯人にとっては、嘘をついてなんぼのもんだ。そんなこともわからないのかい?〉
〈ふざけてるのか〉

 僕は笑った。彼は黙った。

〈……僕はきみを友達だと思ってる〉
 低い声で彼は続けた。
〈たとえ意見が食い違うことがあっても、いつも最後にはわかりあえてきた〉
〈ああ。今回もわかりあえると思う〉
〈これ以上続けるなら、黙っているわけにはいかない。警告しておく。次はないからな〉
〈宣戦布告だな。いいぜ〉

 僕は携帯を切った。マウスを手に取り、ファイルを一つ開く。もう一度時計を確認してから、ホイールを回してエディタをスクロールさせた。
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