結末 わたし

文字数 1,662文字

「申し訳ありませんでした!」

 やりなおし面接は、謝罪から始まった。
 本社の指示は、今回の件について学生に謝罪をしてはならないというものだった。曰く、ネットの記述は公開されたものであるため、選考材料にすることに一切の問題はなく、その当人確認について百パーセントの確証を得ることは事実上不可能であるため――

 前園は届いたFAXを破り捨てた。

(ミスを認めて謝罪もできない人間が人事なんて務めてたら、会社は傾きます。本社の言うことなんか聞いちゃいけません)

 きっぱりと言う前園を見て、寺田はあれはあとで後悔する顔だぜ――と笑ったが、反対はしなかった。

 久遠坂和之は皆から頭を下げられ、目を白黒させた。
 狼狽した様子で、いいんですよ、全然気にしてません――と言いかけ、いや、と思い直した様子で付け足した。

「ほんとは、ちょっと頭にきてたんです。でも、こんな風に謝ってもらえるなんて思ってなかったから、全然気にならないです。むしろ志望度上がりました。だって、組織に属したら、謝るのが簡単にできることじゃなくなることくらい、僕だってわかりますから」

 ちょっと失礼な言い方ですかね、と恐縮する久遠坂の姿は、面接のときよりもずっと素直にみえた。

「天峰の野郎はどうしたんだ?」
「まだ取調べ中とのことです。容疑は否認しているということですが、押収された天峰のPCからは、裏クチコミサイトへのアクセスの痕跡があり、遠隔操作のウイルスなどもみつからなかったとのことです」
「往生際の悪い奴だな」
「でも久遠坂さんの話を聞いていると、天峰も、根っからの嘘つきではないんだと思います」

 私が言うと、久遠坂が頷いた。寺田は、あいつが? と首を捻った。

「天峰、ボランティアサークルをやってるって言ってたでしょう。あれ、本当らしいんですよ」

 天峰はとても精力的に活動していたらしい。純粋な目的でやっていたのだ。ところが、どうも面接の方が上手くいかなかった。周りではサークルを適当に利用していた二本橋みたいな人間ばかりが、内定を取っていく。

 天峰は嘆いたのだろう。結局、社会は人間の表面しか見ようとしないものなのだと。
 面接のときに天峰が語っていたサークルの話を思い出した。あれは正直に生きることに絶望した天峰の、最後の本心だったのかもしれない。

 それでも世の中を信じて正直を貫こうとする久遠坂が、天峰は許せなかったのだ。

「でも僕、信じてますよ」
 久遠坂ははっきりとそう言った。
「たまに意見がすれ違うこともあるけれど、最後にはわかりあえる。そういう仲だから」



 面接がはじまった。
 私はノートパソコンの蓋を閉じ、久遠坂の目を見た。結局、前回の面接で、私は何一つ彼のことを見てなどいなかったのだから。今度こそ、人を見たいと思った。

 久遠坂は、以前よりずっと自然体の様子で受け答えした。

 いや、久遠坂は変わっていないのかもしれない。ネットで、テレビで、人の裏の姿ばかりを覗き見ていたから、私が自分で彼らのいいところを見られなくなっていただけなのかもしれない。
 休憩時間に、前園がふっと呟いた。

(我々は人の表面を見ていてはいけない。けれど裏を覗くのではない。人の奥にあるものを見通さないといけないのでしょうね)


「それでは最後に、志望動機を教えてください」
「御社は七星グループの一員として、システム業界の――」

 久遠坂は言いかけ、ふ、と笑って止めた。
 悪戯っぽい顔をして、こう言った。

「横上早紀さんがいるからです」

 ドアの向こうで盛大に何かが転げる音が響いた。
 開けて見ると、廊下で雄大が床に転がり、口もとをひくひくと引き攣らせている。どうやら、気になって来ていたらしい。
 私は吐息をついた。寺田と前園は顔を見合わせ、笑いを抑えるのに苦労している。雄大が立ち上がり、落ちちまえーと叫ぶ声が響く。窓の向こうは桜が色づいている。

 春は新入社員の季節である。
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