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文字数 2,751文字

「それでは、まずお名前をお聞かせください」
「久遠坂和之です」

 並んだ椅子の一つに着席し、和之はやや硬い声でそう答えた。傍目には、緊張しているように見える。
 いや、そう振舞っているだけだ。内心ではこの面接を馬鹿にしきっている。

 三次面接で和之を落とすことはもう決めていた。三次までは人事部が主幹ですべてを取り仕切るが、最終になると役員が入ってくるため、合否決定の自由が効かなくなる恐れがある。万一でも和之を入社させるわけにはいかない。

 早紀の仕事はプライベートを覗く。面接とプライベートの顔が違うのは当然だし、だからプライベートの言動をして面接の合否を決めるのは筋違いだという人もいる。だがいくら面接外とはいえ、あれほど他者を省みない発言をする人間を、積極的に雇おうという気になるだろうか。答えはノーだ。
 落とすのは決まっている。問題はやはり、通報するか否かだ。

(会社名を聞き出せないものかな。こういう奴は、一度ちゃんと警察に叱責でもされないと変わらないよ)
(会社名?)
(本社の意向があるから、僕らが通報はしにくい。でも殺害予告された何処かの会社の当人が、自分で発見したということで、通報する分には問題がない)

 殺害を予告されている当人たちに、その事実を伝えることはできないか。

(実際に通報するか否かは、当人たちが判断するだろうけどね。予告されている事実を伝えることまでは、必要だと思う。万が一、久遠坂がその人たちに本当に何か危害を加えたら、寝覚めが悪いよ)

 予告記事に書かれた伏字付きの会社名からは、当人達を探れなかった。和之本人から、会社名を直接聞き出す必要がある。
 早紀は面接を行いながら、タイミングを窺っていた。

「みんなで協調して何かを成し遂げた話、はありませんか」

 面接官の一人が、和之の話をやんわりと遮った。
 学生時代に打ち込んだことはという質問について、和之は、作曲活動について語っているところだった。ブログには就活の記述ばかりでそんな趣味があるとは知らなかったが、それまでの応答に比べ、喋りに熱がこもるのがわかった。和之の人間性を知らなければ、あるいは話に聞き入ったかもしれない。だが和之の本質を知っている早紀には、底の薄い話にしか聞こえない。

 遮った面接官が同じ思考をしたわけではないだろう。彼の思惑はまた別だ。人事部の面接官は、面接シートの各項目の所見を埋めなければならない。グループ会社内で選考基準に不公平が出ないよう、統一された評価基準が記載された選考シート。その各項目に応じて、論理的な理屈付けをした上で合否判定を出し、提出しなければならない。

 受験生数は多く、一人分のシートを埋めるのに時間は割けない。そしてシートには『協調性が期待される点』と評価項目がある。書かれるべきは多人数で何かを行った話であり、一人で趣味に打ち込んだ話ではない。面接官は、評価項目に書かれていない事項に興味が湧かない。彼らは、~~なので協調性が期待できる、というフレーズに合った話を引き出そうとする。

 これが現場の技術系の面接官となるとまた別で、学生生活に関する話などは聞き飛ばし、技術話を引き出そうとする。新人が現場で足を引っ張らずに仕事してくれるか否かが、彼らの興味のすべてだからだ。

 新卒面接とはなんだろう、と早紀は時々自問する。自分たちは学生の手足を好き勝手な方向から引っ張って、何をしようとしているのだろう。等身大の自分を語ってくださいと言いながら、聞きたいことしか聞こうとせずに、都合のいいことを喋らせようと躍起になっている。

 和之は、技術系の話は無難にこなしたので、寺田には評価が高かった。逆に二次面接では評価の良かった天峰章吾は、寺田とは話が合わないようだ。
 二人とも東征大学生。志望する職種も同じで、配属されれば寺田の擁する開発部隊にあたる。このタームの選考内定は全体で七名を予定しており、そのうち寺田の担当する部署には一名の割り当てだ。特別な事情がなければ、章吾か和之かのどちらか一方を採る選択になる。
 早紀としては章吾を推したい。だがブログの存在を知らない寺田にとっては、和之の方が食指の動く人材らしい。

「サークル活動の話などあったら聞かせてもらえますか」

 早紀が聞くと、章吾は逡巡するように間を空けた。
 章吾のブログのチェックも、既に済んでいた。更新自体は一年前で止まっていたが、いい記事があったのだ。彼は二本橋卓也と同じボランティアサークルに所属しており、ブログには二本橋のものと違って、誠実な人柄を思わせる記事が並んでいた。章吾は控えめに答えた。

「ボランティアサークルに入って、老人ホームの慰問などの活動をしていました」

 そうした活動をしていれば、普通面接では自分からアピールするものだ。二本橋の場合はあれだったが、アピールすること自体は必要なことなのだが……。

「面接で喋るためだけにボランティアサークルに入ってるような人も、中にはいますから。そんな風に思われたくないので、あまり語りたくなかったんです」

 二本橋卓也の記憶があるからだろう、寺田も前園も納得顔で頷いた。プラス印象になるはずだ。早紀も、和之の表裏の激しさを見ていただけに、心が洗われる思いだった。

「今後の採用活動の参考にしたいのですが」

 一区切りついたところで、早紀は切り出した。

「今までに受けた会社の選考で、印象に残っているものがあれば教えて頂けませんか」

 和之も章吾も、すっと身構えるのがわかった。自然な反応だ。学生は他社に関する話題を喋りたがらない。

「選考はこれが初めてです」
 和之が答えた。

 やはり正直に答えてはくれないか。ブログでは、和之は最低でも二社は選考を受けて落ちているのだが。だが問い詰めるわけにもいかない。
 章吾は、ある会社の面接で、面接官がよく話を聞いてくれたのが印象に残っているという話を語った。ありがちだが、語りにくい話題を即興で組み立てたらこんなものだろう。

「これも差し支えなければで結構ですが」
 早紀は食い下がった。
「いま他に選考が進んでいる会社があれば、良ければ名前を教えていただけますか」

「御社だけです」
 章吾が答えた。当然の受け答えだ。
 
 和之もそう答えるかと思ったが、ぽろっと零れるように口にした。
「株式会社ティルネットが、本日選考予定です」

 面接を終了し、前園たちとの合否判定の話し合いで、早紀は強く章吾を推した。
 寺田も前園もどちらを通すかは迷っていたようで、早紀の強い推薦に、ではそうしようという流れになった。
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