1-2 わたし

文字数 2,360文字

「なんか虚しいよ、タカちゃん」
「またですか早紀さん」

 乾杯を終え、ジョッキを呷ってから愚痴をこぼすと、高橋雄大は海老のしっぽを口にくわえたままくつくつと笑った。お通しをさっさと空にして唐揚げや焼きそばに手を伸ばし、丸い体をさらに丸くしようと頑張っている。

 雄大とは同期入社のよしみで、たまに居酒屋で安酒を一緒に飲む程度の仲だ。温和な気質の雄大は、何を愚痴ってもくつくつと笑って受け止めてくれる。いつの間にか、人事部内で零しにくい類の愚痴は雄大に零す、という習慣ができてしまっている。

 二本橋卓也のことを話して聞かせると、雄大は鞄からノートパソコンを取り出し、ブログを辿った。すっかりできあがってしまった様子で、記事を読みながらこれは凄いと繰り返し、一人で笑っている。

「こういうのどうやってみつけるんですか」
「基本は公共度の高いページを入り口に、徐々に私的なページを辿ってく。本名で検索して、サークルとか研究室のページを入り口に絞り込む。最近はSNSも非匿名が多いしやりやすいね。コツがいるけど慣れると早い」
「へえ。ちょっと格好いいな、ネットプロファイル。WEB系の開発者としては興味をそそられますね。どれくらいの割合で相手の情報が引き出せるもの?」
「履歴書の情報量にもよるね。ユニークな名前や経歴を持ってる人はすぐ見つかる。個人ページまで特定できるのは多くないな。掲示板の書き込み程度の情報も含めるなら結構とれる。確度が低い情報は参考にしないけど」
「ふうん。確実性には遠いけど、無視できない情報量っすね」
「毎日毎日、表で熱い想いの言葉を聞きながら、裏で垂れ流しの悪罵を読むわけ。人間不信になる」
「早紀さんは思いつめるからなあ。新卒面接なんてあることないこと言ってなんぼじゃないですか。適当に流しとけばいいんですよ」

 開発部署の雄大は、新卒面接に関してあっけらかんとしたものだ。彼らは人事の仕事を意に介しない。もちろん彼らにとっても、新しく配属されてくる新人は気になる存在のはずだが、その選抜については当たるも八卦当たらぬも八卦程度に考えている。

 人事部長の前園は、面接でのやりとりを通して学生の人間性がわかると信じている。そんな自信を持っていられるのは、入社直後の爽やかな仮面を決して外さない新入社員としか接しないせいだ。教育を終えて部署に送った後のことなど知らないし、プライベートでどうしているかなど思いもしない。前園は私が上げた調査詳細にも目を通そうとしない。本社の指示なのでしぶしぶ制度に従ってはいるものの、機械嫌いの前園にとって、ネットの情報を採用活動の選考材料に使うなど、到底受け入れがたい発想であるらしい。

 私の考えは違っていた。たかだか三十分の面接で、相手の本当の人間性など、わかるわけがない。
 昔からそんな風に考えていたわけではない。入社して人事部に配属された当初は、目を輝かせた学生が将来の夢や希望を語るのを聞くような、青臭いイメージを抱いていた。だが目を輝かせてやってくる学生などいなかった。学生たちは面接室に入るときに、輝いたシールをぺたりと貼って、退出したら丸めてゴミ箱に捨てるのだ。瞳の奥で彼らは、目を輝かせて何になる? と言っている。

(自分の言葉で話してほしいのです)

 昔、新卒で受けた面接で、私はある面接官にそう言われた。受ける会社受ける会社落ちて焦り、面接教本を熟読して、忠実になぞるように話をしていたら、にっこり笑って言われたのだ。

(あなたを雇うかどうか決めたいのです。本の著者を雇うかどうか決めたいのではありませんよ)

 それで何かが吹っ切れた。やけくそ気味に語り始めた内容は支離滅裂だったが、口から言葉が零れるのと一緒に、ずっと眠って凝り固まっていた気持ちが、起き出して胸に馴染んでいく気がした。結局途中で落ちてしまったが、あのときの面接官の言葉がなければ、私は就職活動を最後まで続けることができなかったかもしれない。

 だからこそ面接をするときは、相手の想いを引き出してやりたいと思う。それでも木霊のようなやりとりを繰り返すうちに、胸の内で情熱が薄れていく。そうしていつの間にか学生を「ハズレの少なそうな集団を作ったらたまたまあなたが入っていた」とふるい分けている。それに気付いたとき、私は仕事にやりがいを感じることができなくなっていた。

「まあまあ。そのうちいいことあるって。型に嵌まらない学生が来て、乾ききった早紀さんの心に情熱を注ぎ込んでくれるとかさ」

 そして確かに、型に嵌まらない学生は来たのだった。悪い意味でだが。
 雄大と飲んだ三日後のことだ。書類仕事を終え、学生の情報を蓄積しているところだった。ネット上には沢山の就活コミュニティサイトがある。そこで企業の名前を検索すれば、情報交換している学生の書き込みを大量に採取できる。そこから個人プロフィールに飛び、応募履歴書と突き合わせていけば、比較的容易に学生を特定することができるのだ。

 その書き込みへの一行リンクは、七星システムズの情報交換スレッドの中に、差し挟むように書き込まれていた。
 リンクから辿った書き込みに、私はマウスを握っていた手を止めた。


【投稿者:奏でる死神 〈株式会社ソ×テ×ト〉
 ジグ、ジグ、ジグ 墓石の上 踵で拍子を取りながら
 真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ ジグ、ジグ、ジグ ヴァイオリンで
 冬の風は吹きすさび 夜は深い 菩提樹から漏れる呻き声
 青白い骸骨が闇から舞い出で 人事の月○彰を殺害する
 ジグ、ジグ、ジグ 豪奢な衣装でふんぞり返って
 ジグ、ジグ、ジグ 骸骨のせっかくの骨を見てくれなかったから】
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